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御芳にて

改装の計画

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 朝市では、マキノの売り出したものがどれも好評だった。
初回はドーナツをやってみたが、次回からは作り置きのできるパウンドケーキを焼くことにした。当日の作業を減らせるし、しばらく置いた方が、味がなじんでおいしくなるから作り置きするのにうってつけだ。2~3日前から少しずつ焼いてラッピングしておけば当日持って行くだけ。英字プリントの半透明のワックスペーパーで包んで麻ひもをかけると、カフェっぽい。プレーンや紅茶入りココアマーブル、レーズンやピールを入たもの、いろいろな種類ができそうだ。少しずつ披露していこう。

 山菜ごはんも、いくらでも工夫ができそうだ。市販の山菜の具でなく、地元のお豆腐屋さんのお揚げを使うのもいいし、野菜やキノコも地元の物が使えそうだ。健康志向で十五穀米入りにしてもいいし、赤米や、雑穀、豆類も手に入るから、いろいろできそうだ。サンドイッチも生クリームとフルーツを挟んだフルーツサンドを作ったり、試行錯誤をしていこう。
 マキノは、自分の作ったものをたくさんの人の前に出せることが楽しくて仕方がなかった。始めたばかりだからかもしれないが、おばちゃん達が取り合いのように買ってくれる。今はその期待に応えたい。


朝市の広場のすぐそばに、グループのために乃木坂さんが間借りしているみたらし工房がある。
マキノが朝市に参加し始めて1か月が経った9月のある日、マキノはみたらしの製造の当番に当たっていて、工房に籠っておだんごを丸めたり串に刺したりしながら、その日一緒に当番に当たったおばちゃん達とおしゃべりに花を咲かせていた。
この日の話題は、サツマイモの話だった。ここ最近、獣害がひどくて、いくら植えても全部イノシシにやられてしまうのだそうだ。
「そういえばマキノちゃん、サツマイモ掘りしてみない?」
そう声をかけてきたのは、和久田板金さんの奥さんだ。
「え?サツマイモは今年は潰滅って言ったんじゃなかったですか?」
「うん。違う畑の話。」
和久田さんのご主人は、建設関係で、屋根の仕事を主にしている個人事業主さんだ。
サツマイモとどういう関係が?と思ったが、一畝一万円の出資をしてオーナーにならないかという話しだった。
和久田さんの知り合いの農園が、車で片道30分ぐらいのところにあってサツマイモを作っていて、作物の世話は全部してくれてあるので秋になると勝手に掘ればよいだけ、という簡単な契約だ。獣害にもやられないよう柵で保護してあり、収穫は補償されている。

 他のおばちゃん達にとっては、その農園がと遠い事と、たかがサツマイモに一万円の出資はハードルが高くて、個人が気楽に受けられる話ではなかったのだ。和久田さん自身は、知人の頼みだから契約していて、家族や親戚一同でイベントとして掘りに行って、隣近所に配っているらしい。

 興味がわいたので、マキノはその場で一畝契約することにした。一度芋ほりというものをしてみたかった。一万円でどれぐらい収穫できるのか想像もできなかったが、余れば朝市で売ることもできるし、大学イモやスイートポテトを作って出すこともできる。収穫まであと一か月ほど。楽しみが一つ増えた。

 そして、その話しをきっかけに仲良くなった和久田さんが、マキノと相性のよさそうな女性の設計士さんがいるというので、その方を紹介してもらうことになった。その女性設計士さんは、この近所の工務店の仕事や、マキノが今の家を紹介してくれた不動産屋さんの仕事も請け負ったりして、評判もいいらしい。

 信頼できそうな人が見つかったのは嬉しいが、改装が現実の話になってくると、一気にお金のことが心配になる。

バイトや朝市に励むかたわら、先日、町役場で助成金補助金について尋ねたところ、県や町に起業支援制度が設けられていて、そのうち確実に受けられる補助金もあるという返事が返ってきた。融資も、銀行に相談すると、県の制度で無利子で借りられる商品があるとのことだった。
いよいよ融資の額を決めるために工務店に見積もりを出してもらわなければいけない。とにかく通るかどうか申請してみることになった。


マキノは、夏にサクラが書いてくれた手書きの見取り図を出してきては何度も眺めた。
サクラは料理はからきしだったけど、空間認知に関しては天性のセンスがある。
もう一度一緒に考えてほしい・・慣れない事や自信のない事は、誰かに頼りたい・・そんな弱音を漏らしそうになる。けれど、でも自分で決めたことだから自分でしなきゃ。

ぐっとおなかに力を入れて覚悟を決める。自分の思うことを、しっかり設計士さんに伝えよう。じっくりと何がしたいかを押さえて、納得できるまで一緒にプランを考えるのだ。


下見に来てくれた設計士は、郁美さんという女性一級建築士だった。和久田さんが言うには、女性ならではの目線で動線を考えるので、水回りの設計が得意なのだそうだ。
郁美さんにサクラの落書きを見せると、素人さんとは思えないセンスだと、参考にするとほめてくれた。自分のことのように嬉しくなる。
 マキノが、郁美さんに伝えた希望は、保健所から営業許可をもらうための設備を整えることと、お客様をを迎えるための玄関と客間とトイレを整えることのみだった。

「最低限以外の希望も言ってちょうだいね。プランを作る時に参考にできるから。」
「はい。」
郁美さんから、優しさと激励を含んだ言葉で励まされた。

そう言ってもらったからには、予算のことや、具体的な想像のつかないことも、とりあえずは、考えてみたことを全部話すことにした。できてもできなくても、方針を分かってもらえたら、予算の範囲で近づけることもできるかもしれないと思ったからだ。

できるだけ厨房は広い方が嬉しいこと、お客さんの少ないとき向かい合っておしゃべりをしたいから座敷との境にカウンターが欲しいこと。座敷を広く店舗として使うとなると、下の階に行く階段が座敷席から見えることになるので、まずいように思うということ。他にも何点か。

それを聞いていて、郁美さんはあちこちの寸法を測ったりしながら、説明を始めた。
「それならね。まず台所はこの辺に業務用のシンクをつけてこの辺に手洗いをつけて・・」
郁美さんは、現状のラフな図面を手書きし巻尺であちこちを測ってノートのような物に書き込みながら、こういう棚があると便利だとか、日本家屋の改装の特徴や縁側の利用の仕方などを教えてくれる。
マキノに話をしながらプランを考えているようだった。

「じゃあ、これをもとに図面書いて見積りを出してくるね。だいたいの予算はある?」
「見積りが出てから融資を申請するんです。予算も全く見当がつきません。」
「そうだね。まぁ、ぱっと言われてもすぐに言えないか・・。」
「えと・・手持ちの現金と補助金とで300万は用意できると思います。でも改装費用だけじゃなく備品や仕入れもあるから、あとは融資に頼ろうと思っています・・。」
「そう。・・ふうん、えらいね。わたしも一人で会社を立ち上げたけど、最初はすごく勇気とパワーが要ったからねぇ。」
「へぇ・・。」
「こういう仕事はたくさんの専門の人が関わらないとできない事だから、結局一人でやってても工務店で雇われててもやることは同じなんだけどね。」
「どうして独立したんですか?」
「私って自己主張激しいから。納得できない仕事はできないのよ。」
郁美さんは、パワフルにあははと笑った。

「古民家のリフォームは、実はわたしの得意とするところなの。予算の枠の中でどこまで良いもの楽しいものを取り込んでいけるか。頼まれもしないのに、余計なことをいっぱい考えちゃう。」
あはははと、また笑った。
「お金をたくさん借りるのは怖いかもしれないけど、何とかなるものよ。後からやり直すほうが返って不経済だしね。他にも思いついたことがあったらどんどん希望を言ってちょうだい。できるかぎり応えられるように、頑張って良いプラン考えるから。」

 マキノはコクリとうなずいた。郁美さんの自信あふれる笑い声が心強い。プランができあがるのも楽しみだ。融資の事は不安だが、見積りが出たらそのままの金額で申請しよう。
 お店が始まらない事には返済額も想像つかないけれど、郁美さんの言葉をくりかえす。
「なんとかなる。」きっと何とかなる。がんばろう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


郁美さんが下見に来てから半月あまりが過ぎて十月になった。待ち焦がれていたプランが上がってきた。
「これでどうかな?見てわかる?」
実は、図面のことはよくわからなかった。郁美さんは、固まっているマキノにはかまわず、最初に見に来たときと同じようにあちこちを指さしながら説明を始めた。
「玄関の土間のこの部分はコンクリートを打って、こちらから調理場に入る。勝手口は既存の部分を活かすの。こっちの扉は少しずれてるし傷んでるから作り替え。それでここからはカウンターで板間。レジの場所はそのの玄関側の端にするといいと思う。カフェをするなら、お菓子とかケーキとか並べたいでしょ?それをレジをしている時や、ここを通る人が見えるように陳列するといいと思うの。売る物が無ければディスプレイでもいいし。それと、地階の居住区に行くための階段。ここは普段は閉めて一般客からは見えない。営業中はよほどじゃないと外に出るしかないんだけど、そんなに不都合でもないでしょう。」

・・すごいな。さすがプロだ。
「あとねぇ・・この見積もりにあともう40万ぐらいプラスしてくれたら、縁側から向かって右側にウッドデッキと下に降りる階段を追加できると思う。カフェにするならおしゃれだし、ぐるっと回って下に行く不便さを緩和できると思うの。」
と、見積もった金額を見せてくれた。
「不測の事態があったときはもっとかかる場合もあるよ。たとえば見えない大事な部分が傷んでたりね。実際に崩して見てみないとわからない。もちろん上を見ればキリがないし。逆にもっと安くしたかったら方法はない事もないけど・・。私の勝手な判断で、ここっていうぎりぎりの線のプランにしました。まぁよく考えてみて。」
「はいっ。ありがとうございます。で、工事にはどれぐらいの期間を要しますか?」
「そうね・・順調に行けば1か月半ぐらいかな。」
「はい・・。わかりました。」

マキノはうなずいた。図面の説明を受けた瞬間に心は決まっていた。ウッドデッキももちろん追加だ。郁美さんは信頼に足る人だ。心を砕いてくれているのが伝わって来る。

 見積りのままに融資を申し込むと、手続きは順調に進み、10日ほどで審査が通った。金額も申請した通りの額だ。この家が担保になるのは元から覚悟の上だったが、保証人は自分だけで連帯保証人は必要なく、補助金も思ったより出ることになった。
 金策の目途が立ったので着工は確定した。工務店の都合がつき次第工事にかかる。
予定通りに行けば、2週間後ぐらいから取り掛かれるそうだ。意外と速い。それが始まるまでに、やらなければいけない事がいっぱいありそうだ。
マキノは思いつく単語をルーズリーフに書きだした。
一つ目、改装の準備。とにかく2階を片付けて荷物を撤去することと、テーブル・店舗座敷机・厨房器具・食器を見に行って、少しずつでも揃えていくこと。
二つ目、パートに来てくれるような人を見つけること。開店までにまでにコーヒーの淹れ方を一緒に練習したり、メニューを一緒に考えたりするパートナーが欲しい。厨房の仕事が苦手だと言われてしまうと、自分ひとり裏側に引きこもらなくちゃいけなくなるから、接客も厨房もできる人だとありがたい。贅沢は言えないけれど、これはとりあえずの希望。
三つ目、営業のやり方を考えること。メニューと食材、調達方法の確保。その一環として、ペンションポムドテールに助言を乞う。あのおいしかったウィンナーもポムに張合って自分でもやってみたい。
四つ目、先月契約したサツマイモ掘りもあるのだった・・。

マキノは一旦ペンを置いて、これらをどうやって片付けていこう?と頭をひねった。
これはバイトもまとまった休みが必要だ。カフェの開始も現実味が出てきたから、いつバイトの卒業をするかもきちんとオーナーと話しておかなければ。
郁美さんの話では、改装は12月中ごろに完成するはず。店が整えばすぐにでも開業したいところではあるけれど、半年間お世話になり勉強させていただいたルミエールへささやかな恩返しとして、一年で一番忙しいクリスマスまでは在籍するべきか・・。


ルミエールのオーナーに、工事に入る前に休みが欲しい事と、バイト終了時期についての考えを伝えると、卒業を残念がりつつも、快く聞き入れて応援すると言ってくれた。
マキノもルミエールのお菓子には心残りがあったので、オーナーの顔色をうかがいながらも、お友達価格で卸してもらえるように頼んでみた。自分のお店でも、手作りのおいしいケーキを出したいけれど、人ひとり分の仕事量には限りというモノがある。ルミエールの商品を置かせてもらえるならばクオリティもビジュアルも申し分ない。
「あの、私のカフェで、ここのケーキを出しちゃダメですかね?」
「そうだね・・マキノちゃんのカフェに似合う焼き菓子を考えてみようか。シンプルでおしゃれで、日持ちする、こういうのをね。」
オーナーは、売り物のマドレーヌ一つを半分に割って、片方をマキノに渡した。
「お。ありがとうございます。」
「こちこそだよ。」
そして、もう片方を自分が食べて、ふむふむとうなずいて、笑った。
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