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99.決意の表明。と、やっぱりキス。
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電車がつく2分前に、ヒロトは駅に着いた。
平日のなんでもない時間帯だ。駅のロータリーにはタクシーが2台止まっているだけで、ガラガラだ。バスの停車する位置に堂々と車を停めても、誰も何も言わない。
車を降りて美緒を待つ。
しばらくしたら電車が入ってきて、改札を出る美緒の姿が見えた。
降りてきて客はたったの5人だった。
美緒は階段を降りながらこちらに気がついて低い位置で手を上げた。
「お土産あるよ。マキノさんにも。」
「そう?先に持って行く?」
「先にって他にどこか行くの?日持ちはするけど。」
「美緒に、見ておいてほしいものがあってね・・。」
「なになに?」
ヒロトは、さっきマキノと見せてもらったばかりの新しい店へと美緒を案内した。
場所は、ルポカフェと駅とのちょうど中間くらい。スーパーへ行くにはこちらの方が近い。
ヒロトは、さっき閉めたばかりの鍵を開けながら説明を始めた。
「今月中には今の工房引き上げて、こっちに引っ越し。」
「えらく急だね。」
以前、美緒には移転の話をしてあったので、あまり驚いた様子ははない。
お店も、厨房も素通りして、階段の前まで来て振り返った。
「マキノさんは、ここに扉を作ったらって言うんだけど、要ると思う?」
「なんで?ただの階段でしょ?」
マキノの店の階段は木造の民家だったから、木の階段だった。
けれど、この店の階段は無骨な鉄骨でできていて、降りるときにカンカンカンという靴音をが鳴る。
階段を降りたところの狭い部屋は、通路のようでもあり両側に棚があって、道具類や食器類が、むきだしのまま積み上がっていた。蒸し器や、寸胴、普段使わなそうな調理器具やら、松花堂の弁当箱。倉庫として使われているようだ。少々薄暗い。
「これが、荷物用のエレベーターだな。」
先を歩いていたヒロトが言った。
そのまま進むと二つのドアがあって、左側の方のドアを開けると、脱衣所とユニットバスになっていた。その前にちょっとしたスペースに洗濯機を置くときの排水溝付きのトレイが備え付けられていた。
「あ、ここには洗濯機が置けるな。美緒んち,洗濯機あったよな?」
「あたりまえでしょ。覚えてないの?ヒロトの服も洗ってるのに。」
そして、正面のドアの横には小さな下駄箱があり、ドアを開けるとフローリンクの廊下があって右側は6畳と8畳の座敷だった。部屋は明るくてすっきりしている。
廊下の正面には小ざっぱりした玄関があって、ここから外に出入りできるようになっていた。
2階の座敷と同じように、この下でも宴会ができるように考えたのだなと思われる。
「ここに住んだらいいって、マキノさんが言ってる。美緒はどう思う?」
「ここ?いいと思う。」
「狭くない?古くない?」
「充分じゃない?キッチンは厨房だもの。古いのも気にならないよ。お洗濯物は外に干せるのかな。ヒロトはここのほうが仕事がしやすそうだね。」
美緒が笑った。
「うん・・・仕事はここに来れば今の工房より10倍快適になるだろうな。」
「・・・じゃあ私になんて言うの?」
「え?・・ええと、・・・ええと・・・。」
「・・・・。」
美緒がにこにこして自分の言葉を待っている。
「美緒、ここだったら、一緒に住める?」
「・・お家賃は?」
「12万」
「この部屋だけで?」
「まさか、この建物全部でその値段。」
「激安だね。」
「都会と比べたらダメだよ。」
「それを支払えるぐらいの仕事は、できそう?」
「うん。たぶん。」
「それで?」
言いたいことはいっぱいあるのに言葉に詰まる。
「ええと・・この間,結婚はもうちょっと待ってほしいって言ったけど。なるべく早くがんばるから,オレと一緒に暮らしませんか?」
美緒がニコニコ笑ったまま何も言わない。
「・・あの・・・ダメなの?」
「いいよ 。ヒロト。 大好き。」
美緒がぐるっと両腕を背中に回してきた。
「頼りなくて悪いな。」
「わかってるから、大丈夫。」
「ああそぅ・・。」
「頼りないけど、頑張ってるから、すてきだよ?」
美緒が自分の目をじっと見上げた。
美緒は、ちゃんとした言葉を待っているんだよな・・?
ちゃんとした、言葉・・。
「一年半がんばろうと思う。その時・・まだ貧乏かもしんないけど、それでもよかったらオレと結婚してほしい。」
「うん。いいよ。」
「・・えっ?」
「なんで驚くのよ。」
「だって、そんなに簡単に返事していいの?」
「いいよ別に。お金のことは元から期待してないし。」
美緒はそう言いながら、一度背中に回した手を離して、ヒロトの下唇を指でそっとなぞった。
ずきゅん・・・と何かの感覚が全身を走る。
「み、美緒のお父さんお母さん・・がっかりしないかな?」
「気にしたら負けだよ。」
「こここ、これ、婚約って言うの?指輪いるのかな?」
「そうだね。キーホルダーの輪っかでもいいよ。」
「・・・。」
「ヒロト、もうわかったから、キスして。」
「・・・。」
― ― ― ― ― ― ― ―
今は、美緒の言う事をなんでも聞くことにしている。
言ってからしてもらっても嬉しくないそうだが、最近キスを要求されることが多い。
ふっくらした唇にキスをするたび『ずっと好きだったんだよ。』と号泣した美緒を思い出す。
美緒は、オレのために一年前からプレゼントを用意してて、それを渡すためにクリスマスイブの日にこんなところまで突然来た。それを思うと、いじらしくて、嬉しくて、そして愛しくて、美緒だけは、オレが守らなくちゃという気持ちになる。
・・自分の将来なんか、不安だらけだ。
でも、美緒がいいって言うのなら、オレは美緒を幸せにするために全力を尽くすだけだ。
美緒の笑顔を見て、ホントにオレでいいのか?という迷いを振り払う。
美緒を傷つけたことを、オレは一生忘れちゃいけない。
オレは美緒じゃなきゃダメだ。
美緒はオレを選んだ。
オレがやらなくては。
近いうちに、美緒の両親に、挨拶しに行こう。
6年と半年・・長い間つきあってきたことと。
田舎だけど、小さい店を任されて、頑張っていると。
大事にします。結婚のお許しをください。と言いに。
借金のことを言うかどうかは・・・美緒に任せる。
聞かれれば正直に答えよう。
そうだ、これだけは自分の両親にも言っておかなくちゃ。
あのバカオヤジにもだ。
何かあった時は、親よりも美緒を選ぶってことを。
アイツにはそれぐらいの危機感を持ってもらわないと。
「これから、マキノさんにお土産持って行きたいな。いい?」
「いいよ。」
「婚約の報告もしようね。」
「えっ?」
「キーホルダーの輪っかなら、ここにもあるよ?」
・・・いや、それは一応・・買うよ。
美緒が持ってきたマキノさんへのお土産は、自分で焼いたチーズケーキだった。
マキノさんは、チーズケーキと婚約の報告、両方をとても喜んでくれた。
平日のなんでもない時間帯だ。駅のロータリーにはタクシーが2台止まっているだけで、ガラガラだ。バスの停車する位置に堂々と車を停めても、誰も何も言わない。
車を降りて美緒を待つ。
しばらくしたら電車が入ってきて、改札を出る美緒の姿が見えた。
降りてきて客はたったの5人だった。
美緒は階段を降りながらこちらに気がついて低い位置で手を上げた。
「お土産あるよ。マキノさんにも。」
「そう?先に持って行く?」
「先にって他にどこか行くの?日持ちはするけど。」
「美緒に、見ておいてほしいものがあってね・・。」
「なになに?」
ヒロトは、さっきマキノと見せてもらったばかりの新しい店へと美緒を案内した。
場所は、ルポカフェと駅とのちょうど中間くらい。スーパーへ行くにはこちらの方が近い。
ヒロトは、さっき閉めたばかりの鍵を開けながら説明を始めた。
「今月中には今の工房引き上げて、こっちに引っ越し。」
「えらく急だね。」
以前、美緒には移転の話をしてあったので、あまり驚いた様子ははない。
お店も、厨房も素通りして、階段の前まで来て振り返った。
「マキノさんは、ここに扉を作ったらって言うんだけど、要ると思う?」
「なんで?ただの階段でしょ?」
マキノの店の階段は木造の民家だったから、木の階段だった。
けれど、この店の階段は無骨な鉄骨でできていて、降りるときにカンカンカンという靴音をが鳴る。
階段を降りたところの狭い部屋は、通路のようでもあり両側に棚があって、道具類や食器類が、むきだしのまま積み上がっていた。蒸し器や、寸胴、普段使わなそうな調理器具やら、松花堂の弁当箱。倉庫として使われているようだ。少々薄暗い。
「これが、荷物用のエレベーターだな。」
先を歩いていたヒロトが言った。
そのまま進むと二つのドアがあって、左側の方のドアを開けると、脱衣所とユニットバスになっていた。その前にちょっとしたスペースに洗濯機を置くときの排水溝付きのトレイが備え付けられていた。
「あ、ここには洗濯機が置けるな。美緒んち,洗濯機あったよな?」
「あたりまえでしょ。覚えてないの?ヒロトの服も洗ってるのに。」
そして、正面のドアの横には小さな下駄箱があり、ドアを開けるとフローリンクの廊下があって右側は6畳と8畳の座敷だった。部屋は明るくてすっきりしている。
廊下の正面には小ざっぱりした玄関があって、ここから外に出入りできるようになっていた。
2階の座敷と同じように、この下でも宴会ができるように考えたのだなと思われる。
「ここに住んだらいいって、マキノさんが言ってる。美緒はどう思う?」
「ここ?いいと思う。」
「狭くない?古くない?」
「充分じゃない?キッチンは厨房だもの。古いのも気にならないよ。お洗濯物は外に干せるのかな。ヒロトはここのほうが仕事がしやすそうだね。」
美緒が笑った。
「うん・・・仕事はここに来れば今の工房より10倍快適になるだろうな。」
「・・・じゃあ私になんて言うの?」
「え?・・ええと、・・・ええと・・・。」
「・・・・。」
美緒がにこにこして自分の言葉を待っている。
「美緒、ここだったら、一緒に住める?」
「・・お家賃は?」
「12万」
「この部屋だけで?」
「まさか、この建物全部でその値段。」
「激安だね。」
「都会と比べたらダメだよ。」
「それを支払えるぐらいの仕事は、できそう?」
「うん。たぶん。」
「それで?」
言いたいことはいっぱいあるのに言葉に詰まる。
「ええと・・この間,結婚はもうちょっと待ってほしいって言ったけど。なるべく早くがんばるから,オレと一緒に暮らしませんか?」
美緒がニコニコ笑ったまま何も言わない。
「・・あの・・・ダメなの?」
「いいよ 。ヒロト。 大好き。」
美緒がぐるっと両腕を背中に回してきた。
「頼りなくて悪いな。」
「わかってるから、大丈夫。」
「ああそぅ・・。」
「頼りないけど、頑張ってるから、すてきだよ?」
美緒が自分の目をじっと見上げた。
美緒は、ちゃんとした言葉を待っているんだよな・・?
ちゃんとした、言葉・・。
「一年半がんばろうと思う。その時・・まだ貧乏かもしんないけど、それでもよかったらオレと結婚してほしい。」
「うん。いいよ。」
「・・えっ?」
「なんで驚くのよ。」
「だって、そんなに簡単に返事していいの?」
「いいよ別に。お金のことは元から期待してないし。」
美緒はそう言いながら、一度背中に回した手を離して、ヒロトの下唇を指でそっとなぞった。
ずきゅん・・・と何かの感覚が全身を走る。
「み、美緒のお父さんお母さん・・がっかりしないかな?」
「気にしたら負けだよ。」
「こここ、これ、婚約って言うの?指輪いるのかな?」
「そうだね。キーホルダーの輪っかでもいいよ。」
「・・・。」
「ヒロト、もうわかったから、キスして。」
「・・・。」
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今は、美緒の言う事をなんでも聞くことにしている。
言ってからしてもらっても嬉しくないそうだが、最近キスを要求されることが多い。
ふっくらした唇にキスをするたび『ずっと好きだったんだよ。』と号泣した美緒を思い出す。
美緒は、オレのために一年前からプレゼントを用意してて、それを渡すためにクリスマスイブの日にこんなところまで突然来た。それを思うと、いじらしくて、嬉しくて、そして愛しくて、美緒だけは、オレが守らなくちゃという気持ちになる。
・・自分の将来なんか、不安だらけだ。
でも、美緒がいいって言うのなら、オレは美緒を幸せにするために全力を尽くすだけだ。
美緒の笑顔を見て、ホントにオレでいいのか?という迷いを振り払う。
美緒を傷つけたことを、オレは一生忘れちゃいけない。
オレは美緒じゃなきゃダメだ。
美緒はオレを選んだ。
オレがやらなくては。
近いうちに、美緒の両親に、挨拶しに行こう。
6年と半年・・長い間つきあってきたことと。
田舎だけど、小さい店を任されて、頑張っていると。
大事にします。結婚のお許しをください。と言いに。
借金のことを言うかどうかは・・・美緒に任せる。
聞かれれば正直に答えよう。
そうだ、これだけは自分の両親にも言っておかなくちゃ。
あのバカオヤジにもだ。
何かあった時は、親よりも美緒を選ぶってことを。
アイツにはそれぐらいの危機感を持ってもらわないと。
「これから、マキノさんにお土産持って行きたいな。いい?」
「いいよ。」
「婚約の報告もしようね。」
「えっ?」
「キーホルダーの輪っかなら、ここにもあるよ?」
・・・いや、それは一応・・買うよ。
美緒が持ってきたマキノさんへのお土産は、自分で焼いたチーズケーキだった。
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