66 / 110
66.早朝の、お仕事見学
しおりを挟む
アラームの音は小さくしてあったが、ヒロトは、それが鳴るまでに目が覚め、ムクリと起きた。
カフェの下で泊まるのは初めてだったが、あったかくて気持ちのいい布団だった。
辺りはまだ真っ暗だ。・・寒い。布団から出るのが辛い。頭の芯がぼーっとしている。
ファンヒーターだけつけて、また布団に戻って丸くなった。
40分かけて通勤しなくていいと思うと精神的な負担が違った。
工房にも座敷があるから布団を持ちこめばもっと楽だろうが、そこまであの工房を占有していいのかどうかわからない。まだ始まったばかりなのに、こんなことを考えるのは時期尚早だな。
眠いのもあるけど、体のあちこちに疲労が残っている。わずかに休みたい・・という体の声も聞こえるが、そんなものはぶるんと振り切る。意を決して布団から脱出した。
ファンヒーターの前に座り込んでハイネックのヒートテックTシャツの上に白のシャツを着た。そして黒のストレートのジーンズ。ロールアップにしているのはおしゃれだからではなくて、単に丈が長いからで、職場は変っても今まで通りの白黒の仕事服だ。そして厚手のセーターとダウンジャケットを着こむ。
昨夜は、川のせせらぎを遠く聞きながら、いろいろ考えていたが、いつのまにか寝落ちていた。
頭に残っているのは、マキノさんが言った「美緒を迎えに来い。」という言葉だけだ。
額面通りに受けとめれば、しなければいけない事はわかる。マキノさんの自宅まで朝5時半に行けばいいのだ。
美緒と今日も会える。それはわかった。それだけでいいとも思えた。
しかし、その意味することが何なのかよくわからなくて、考えることは放棄した。
仕事の段取りを頭の中に並べてみる。
今日はスーパー出しと弁当。工房に言ったらすぐに炊飯器のスイッチを入れる。
今日は、おばちゃん達がみたらしを作りに来る。たぶん正午を過ぎてからだろう。
湯沸かし器の熱いお湯でタオルをぬらして、寝ぐせを整え身支度をし布団を片付けた。
さあ・・。マキノさんの家へ・・・。
と思ったとたん、バクンと心臓がはねる。昨日から・・こればっかりだ。
遊はまだ寝ていた。もう学校は冬休みに入っている。
布団の上から「いってくる。」と声をかけた。
「んー。がんば。」と少し鼻にかかった遊の寝起き声が返ってきた。
玄関を出て、車に乗り込む。真っ暗な国道を走る。妙な感じだ。バクンバクン・・。
マキノさんの家の前までくると、玄関の外灯がついていて、美緒とマキノさんが並んで立っているのが見えた。
バクン。バクン。バクン。
「おはようございます。」
「いってらっしゃい。がんばれ。」
「はあーい。」
美緒は、車に乗り込むと、元気よくマキノさんに手を振った。
・・なんだか、機嫌がいい。
すっかり仲良くなったようだ。
工房の前に車を停めて、鍵を開ける、建物の中も冷え切っている。
迎えに行くより先にこっちに来てヒーターと炊飯器のスイッチ入れときゃよかったな。
「寒いだろ?」
「うん。寒いね。」
美緒は、寒い寒いと言いながらも興味深そうにあちこちを見渡している。
自分は、美緒を放置して昨夜から今朝に段取りを考えていた通りに仕事を始める。
サラダ巻をするために用意していた材料を出してきて、野菜とたまごをハムをそれに合うサイズに切って行く。手が冷たくて動きにくい。
やりかけて、ふと気がついて、目の前にあった材料をパンに挟んで簡単にサンドイッチを作った。
「朝メシ、まだだろ?」
「まだだけど。これもあるよ?マキノさんが持たせてくれた。」
バッグから、ラップに包んだおにぎりとお湯を注ぐタイプの味噌汁を出してきた。
マキノさん・・サンキュー・・と心の中で拝む。
「こっちには、お茶しかないんだ。」
「わかった。ヤカンはこれ?お湯沸かしてお茶入れるね。そんなことより、さっさと指示出してよ。せっかく手伝うためにいるんだから。」
「ああそうか。じゃあ、シールに日付を押して、パックに貼ってほしい。」
ヒロトは、スーパーからもらってあるシールが入っている箱を棚から卸して、パックに一つ貼って、一つ見本を作って見せた。
「わかった。」
しばらく2人は黙って作業を進めた。
材料を出してきて、肉を炒めて、エビとブロッコリーをゆでて、たまごはもう焼いてあるから、少し取り分けて錦糸卵に切る。・・・。ようやく部屋が温まってきた。
さっき炊飯器のスイッチが切れたから、あと10分で酢飯に合わせる。それまでに、いなりずしの具を用意する・・・。
ヤカンがカタカタと音を立てお湯が沸いて美緒がお茶を入れてくれた。
おにぎりは、包んであったラップを半分まで開いて、作業をしているそばに並べた。
仕事の手は止めずに、時々それを手に取ってかぶりつく。
時間がもったいないから。口と手を同時に動かすのだ。美緒が、よくわかっていて感心する。
美緒は、スイーツのお店でチーフの補佐をしていたから、黙っていても作業の流れを読もうとする。
・・・あのお店を辞めて、一年間どんな仕事をしていたんだろう。
今はパティシエではないと言っていた。
ヒロトは昨日の続きの話をしたくなって、声をかけた。
「なあ、あの・・美緒?」
「なあに?」
声をかけたものの、また何を話せばいいのかわからなくなった。
「昨日は,財布を・・・ありがとう・・。」
「いいえ、どういたしまして。」
「今日もこうして,手伝いに来てくれて・・。」
「・・・。」
ヒロトは、またそのまま黙ってしまった。
「ヒロトってさ、昔からそうだよね。」
「・・何が?」
「自分からは何も言わずに、人から言われたことを優先してしまう。」
「・・そんなこと、ないんだけどな・・・。」
「ヒロトはさ、私に何かを聞きたいのでしょう?」
「・・・まぁ・・。」
「私にしゃべらせるより、自分のことから言うほうがいいと思うよ。」
美緒は、まるでオレを試すかのようににっと笑った。
自分が言わなければいけないこと・・・いっぱいある。
あると思うけど、言えない。
るり子のことは、分かっているようだし、おやじのこともわかっているようだし、
何を端折って何を言うべきなのか・・・。
考えながら作業すると、手元のスピードが落ちる。
それを察知した美緒が、上司のように指図しては、次の仕事を要求してくる。
「シールはとっくに終わってるよ。次は何をすればいいの?」
「あっ、はい。・・ええと、鶏モモ4kgを解凍してあるから一口大に切って。」
「2袋?わかった。から揚げにするぐらいの感じかな?」
「うん。」
「これをこう切ってこう切って・・これぐらい?」と美緒が切る線を指で示す。
「もう少し大きく。半分に切って半分に切ってもう一度半分ぐらいに。」
「はい。」
ヒロトは、酢飯を合わせるために焚きあがったごはんを釜から持ち上げて半切りにドンとひっくり返した。2升釜だから扱いやすい。釜の底の形になっているごはんを少しくずして、合わせ酢を一気に流してザクザクと混ぜる。
さっきの続きのつもりで言葉をひねりだした。
「オレね、今は何も言えないし、自分のことすら決められないんだよ。」
何かを伝えなくちゃと言う焦りがあるのに、本当に何も言えない。
・・・本当は、事情とかいきさつとか言い訳なんて関係なしに、
美緒に合いたかったんだということを、伝えたい思いがあった。
・・でも、自分の望みや欲しいものなど言っていいとは、思えなかったのだ。
輝く未来があるわけもないのに、今まで大事にしたわけでもないのに、今更、本当は好きだったとか、そばにいて欲しいとか、言えるわけがない。
ははっ・・ふいに美緒が笑った。
「きっと、何も決められないまま、何年も経つよ。」
「・・・。」
返事ができないまま時間が過ぎていく。
ごはんは、暖房を入れていない座敷に置いておけばすぐ冷める。弁当の段取りをしながら、何度か酢飯の上下を返すのだ。次の言葉を探していると美緒から何度目かの檄が飛んだ。
「ヒロト。手は止めないように。」
「わかってるよ。」
「スーパーに卸すのって、これだけしかないの?」
「うん。今はそれだけ。昨日クリスマス仕様のを多めに出したから、今日は控えてる。年が明けたら、卸す店舗を増やすから、最低でも3倍、うまくいけばもっといけると思う。」
「ふうん・・それならいいかなぁ。この数量にこれだけの時間と手間かけるのは効率悪いなと思った。それに、誰かもう一人でも、短時間でもいいから手伝ってもらったら全然違うんじゃないかな。」
「・・頼むのが申し訳なくてさ。」
「お給料出せばいいだけでしょ?仕事すれば対価があって当然で、カフェでもこっちでも同じじゃない?」
「そうなんだけど・・向こうも忙しいだろ。」
「じゃあ、こっち専用の人を探せば?」
「そうだなぁ。」
美緒の言うことはもっともだと思う。オレは、商売をしていく覚悟が足りないんだろうか・・。
いつの間にか外が明るくなってきていた。
ヒロトはお弁当の分の米を砥いで、副菜の用意にかかっていた。
このおかずは、カフェのランチでも使うのだ。工房とカフェを分けようとしている時に、混同するとややこしいかもしれないけど、敏ちゃんがなんとかするはずだ。
「自分の一番正直な気持ちが、・・一番言いにくい。」
だいぶ経ってから、かなりの勇気を出してヒロトは言った。
「気持ち?・・・素直になればいいだけじゃない。」
「言おうと思うんだけど、過去も未来が真っ暗で・・・。」
「浮気した過去と、借金に追われる未来だね。」
「・・・。」
「わたしがここまで来たこと、ヒロトはどう思ってるの?言ってみて。」
「・・えと・・う、う、・・うれしかったけど、オレと関わると将来はロクなもんじゃないと思ってる。」
「だからそれは、もう私とはつきあわないっていう意味?」
「・・・。」
「浮気して私が怒ってるし、自分はお父さんの借金かぶろうと思ってるし?」
「・・・。」
「手が止まってるよ。ごはんに空気入れるんでしょ?上下返そうか?」
「あ。うん。頼む。」
美緒は、その手には少し大きすぎるしゃもじで、酢飯を切るように混ぜている。だんだん酢飯がふんわりとなじんできた。
美緒は、その作業を終えると、次の仕事を請求せずに、ヒロトにまっすぐ向き直った。
「ヒロトが煮え切らないなら、先に私から言おうか?」
「・・・?」
「私はね。」
美緒は、胸に手を当て深く息をすってゆっくりとはきだした。
「私は、ずっと、・・ずっとヒロトのこと好きだったよ。」
そう言った後、美緒はしばらく黙った。
言い方が唐突だったこともあるけれど、ヒロトは少し驚いて美緒の顔を見た。
カフェの下で泊まるのは初めてだったが、あったかくて気持ちのいい布団だった。
辺りはまだ真っ暗だ。・・寒い。布団から出るのが辛い。頭の芯がぼーっとしている。
ファンヒーターだけつけて、また布団に戻って丸くなった。
40分かけて通勤しなくていいと思うと精神的な負担が違った。
工房にも座敷があるから布団を持ちこめばもっと楽だろうが、そこまであの工房を占有していいのかどうかわからない。まだ始まったばかりなのに、こんなことを考えるのは時期尚早だな。
眠いのもあるけど、体のあちこちに疲労が残っている。わずかに休みたい・・という体の声も聞こえるが、そんなものはぶるんと振り切る。意を決して布団から脱出した。
ファンヒーターの前に座り込んでハイネックのヒートテックTシャツの上に白のシャツを着た。そして黒のストレートのジーンズ。ロールアップにしているのはおしゃれだからではなくて、単に丈が長いからで、職場は変っても今まで通りの白黒の仕事服だ。そして厚手のセーターとダウンジャケットを着こむ。
昨夜は、川のせせらぎを遠く聞きながら、いろいろ考えていたが、いつのまにか寝落ちていた。
頭に残っているのは、マキノさんが言った「美緒を迎えに来い。」という言葉だけだ。
額面通りに受けとめれば、しなければいけない事はわかる。マキノさんの自宅まで朝5時半に行けばいいのだ。
美緒と今日も会える。それはわかった。それだけでいいとも思えた。
しかし、その意味することが何なのかよくわからなくて、考えることは放棄した。
仕事の段取りを頭の中に並べてみる。
今日はスーパー出しと弁当。工房に言ったらすぐに炊飯器のスイッチを入れる。
今日は、おばちゃん達がみたらしを作りに来る。たぶん正午を過ぎてからだろう。
湯沸かし器の熱いお湯でタオルをぬらして、寝ぐせを整え身支度をし布団を片付けた。
さあ・・。マキノさんの家へ・・・。
と思ったとたん、バクンと心臓がはねる。昨日から・・こればっかりだ。
遊はまだ寝ていた。もう学校は冬休みに入っている。
布団の上から「いってくる。」と声をかけた。
「んー。がんば。」と少し鼻にかかった遊の寝起き声が返ってきた。
玄関を出て、車に乗り込む。真っ暗な国道を走る。妙な感じだ。バクンバクン・・。
マキノさんの家の前までくると、玄関の外灯がついていて、美緒とマキノさんが並んで立っているのが見えた。
バクン。バクン。バクン。
「おはようございます。」
「いってらっしゃい。がんばれ。」
「はあーい。」
美緒は、車に乗り込むと、元気よくマキノさんに手を振った。
・・なんだか、機嫌がいい。
すっかり仲良くなったようだ。
工房の前に車を停めて、鍵を開ける、建物の中も冷え切っている。
迎えに行くより先にこっちに来てヒーターと炊飯器のスイッチ入れときゃよかったな。
「寒いだろ?」
「うん。寒いね。」
美緒は、寒い寒いと言いながらも興味深そうにあちこちを見渡している。
自分は、美緒を放置して昨夜から今朝に段取りを考えていた通りに仕事を始める。
サラダ巻をするために用意していた材料を出してきて、野菜とたまごをハムをそれに合うサイズに切って行く。手が冷たくて動きにくい。
やりかけて、ふと気がついて、目の前にあった材料をパンに挟んで簡単にサンドイッチを作った。
「朝メシ、まだだろ?」
「まだだけど。これもあるよ?マキノさんが持たせてくれた。」
バッグから、ラップに包んだおにぎりとお湯を注ぐタイプの味噌汁を出してきた。
マキノさん・・サンキュー・・と心の中で拝む。
「こっちには、お茶しかないんだ。」
「わかった。ヤカンはこれ?お湯沸かしてお茶入れるね。そんなことより、さっさと指示出してよ。せっかく手伝うためにいるんだから。」
「ああそうか。じゃあ、シールに日付を押して、パックに貼ってほしい。」
ヒロトは、スーパーからもらってあるシールが入っている箱を棚から卸して、パックに一つ貼って、一つ見本を作って見せた。
「わかった。」
しばらく2人は黙って作業を進めた。
材料を出してきて、肉を炒めて、エビとブロッコリーをゆでて、たまごはもう焼いてあるから、少し取り分けて錦糸卵に切る。・・・。ようやく部屋が温まってきた。
さっき炊飯器のスイッチが切れたから、あと10分で酢飯に合わせる。それまでに、いなりずしの具を用意する・・・。
ヤカンがカタカタと音を立てお湯が沸いて美緒がお茶を入れてくれた。
おにぎりは、包んであったラップを半分まで開いて、作業をしているそばに並べた。
仕事の手は止めずに、時々それを手に取ってかぶりつく。
時間がもったいないから。口と手を同時に動かすのだ。美緒が、よくわかっていて感心する。
美緒は、スイーツのお店でチーフの補佐をしていたから、黙っていても作業の流れを読もうとする。
・・・あのお店を辞めて、一年間どんな仕事をしていたんだろう。
今はパティシエではないと言っていた。
ヒロトは昨日の続きの話をしたくなって、声をかけた。
「なあ、あの・・美緒?」
「なあに?」
声をかけたものの、また何を話せばいいのかわからなくなった。
「昨日は,財布を・・・ありがとう・・。」
「いいえ、どういたしまして。」
「今日もこうして,手伝いに来てくれて・・。」
「・・・。」
ヒロトは、またそのまま黙ってしまった。
「ヒロトってさ、昔からそうだよね。」
「・・何が?」
「自分からは何も言わずに、人から言われたことを優先してしまう。」
「・・そんなこと、ないんだけどな・・・。」
「ヒロトはさ、私に何かを聞きたいのでしょう?」
「・・・まぁ・・。」
「私にしゃべらせるより、自分のことから言うほうがいいと思うよ。」
美緒は、まるでオレを試すかのようににっと笑った。
自分が言わなければいけないこと・・・いっぱいある。
あると思うけど、言えない。
るり子のことは、分かっているようだし、おやじのこともわかっているようだし、
何を端折って何を言うべきなのか・・・。
考えながら作業すると、手元のスピードが落ちる。
それを察知した美緒が、上司のように指図しては、次の仕事を要求してくる。
「シールはとっくに終わってるよ。次は何をすればいいの?」
「あっ、はい。・・ええと、鶏モモ4kgを解凍してあるから一口大に切って。」
「2袋?わかった。から揚げにするぐらいの感じかな?」
「うん。」
「これをこう切ってこう切って・・これぐらい?」と美緒が切る線を指で示す。
「もう少し大きく。半分に切って半分に切ってもう一度半分ぐらいに。」
「はい。」
ヒロトは、酢飯を合わせるために焚きあがったごはんを釜から持ち上げて半切りにドンとひっくり返した。2升釜だから扱いやすい。釜の底の形になっているごはんを少しくずして、合わせ酢を一気に流してザクザクと混ぜる。
さっきの続きのつもりで言葉をひねりだした。
「オレね、今は何も言えないし、自分のことすら決められないんだよ。」
何かを伝えなくちゃと言う焦りがあるのに、本当に何も言えない。
・・・本当は、事情とかいきさつとか言い訳なんて関係なしに、
美緒に合いたかったんだということを、伝えたい思いがあった。
・・でも、自分の望みや欲しいものなど言っていいとは、思えなかったのだ。
輝く未来があるわけもないのに、今まで大事にしたわけでもないのに、今更、本当は好きだったとか、そばにいて欲しいとか、言えるわけがない。
ははっ・・ふいに美緒が笑った。
「きっと、何も決められないまま、何年も経つよ。」
「・・・。」
返事ができないまま時間が過ぎていく。
ごはんは、暖房を入れていない座敷に置いておけばすぐ冷める。弁当の段取りをしながら、何度か酢飯の上下を返すのだ。次の言葉を探していると美緒から何度目かの檄が飛んだ。
「ヒロト。手は止めないように。」
「わかってるよ。」
「スーパーに卸すのって、これだけしかないの?」
「うん。今はそれだけ。昨日クリスマス仕様のを多めに出したから、今日は控えてる。年が明けたら、卸す店舗を増やすから、最低でも3倍、うまくいけばもっといけると思う。」
「ふうん・・それならいいかなぁ。この数量にこれだけの時間と手間かけるのは効率悪いなと思った。それに、誰かもう一人でも、短時間でもいいから手伝ってもらったら全然違うんじゃないかな。」
「・・頼むのが申し訳なくてさ。」
「お給料出せばいいだけでしょ?仕事すれば対価があって当然で、カフェでもこっちでも同じじゃない?」
「そうなんだけど・・向こうも忙しいだろ。」
「じゃあ、こっち専用の人を探せば?」
「そうだなぁ。」
美緒の言うことはもっともだと思う。オレは、商売をしていく覚悟が足りないんだろうか・・。
いつの間にか外が明るくなってきていた。
ヒロトはお弁当の分の米を砥いで、副菜の用意にかかっていた。
このおかずは、カフェのランチでも使うのだ。工房とカフェを分けようとしている時に、混同するとややこしいかもしれないけど、敏ちゃんがなんとかするはずだ。
「自分の一番正直な気持ちが、・・一番言いにくい。」
だいぶ経ってから、かなりの勇気を出してヒロトは言った。
「気持ち?・・・素直になればいいだけじゃない。」
「言おうと思うんだけど、過去も未来が真っ暗で・・・。」
「浮気した過去と、借金に追われる未来だね。」
「・・・。」
「わたしがここまで来たこと、ヒロトはどう思ってるの?言ってみて。」
「・・えと・・う、う、・・うれしかったけど、オレと関わると将来はロクなもんじゃないと思ってる。」
「だからそれは、もう私とはつきあわないっていう意味?」
「・・・。」
「浮気して私が怒ってるし、自分はお父さんの借金かぶろうと思ってるし?」
「・・・。」
「手が止まってるよ。ごはんに空気入れるんでしょ?上下返そうか?」
「あ。うん。頼む。」
美緒は、その手には少し大きすぎるしゃもじで、酢飯を切るように混ぜている。だんだん酢飯がふんわりとなじんできた。
美緒は、その作業を終えると、次の仕事を請求せずに、ヒロトにまっすぐ向き直った。
「ヒロトが煮え切らないなら、先に私から言おうか?」
「・・・?」
「私はね。」
美緒は、胸に手を当て深く息をすってゆっくりとはきだした。
「私は、ずっと、・・ずっとヒロトのこと好きだったよ。」
そう言った後、美緒はしばらく黙った。
言い方が唐突だったこともあるけれど、ヒロトは少し驚いて美緒の顔を見た。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ことりの台所
如月つばさ
ライト文芸
※第7回ライト文芸大賞・奨励賞
オフィスビル街に佇む昔ながらの弁当屋に勤める森野ことりは、母の住む津久茂島に引っ越すことになる。
そして、ある出来事から古民家を改修し、店を始めるのだが――。
店の名は「ことりの台所」
目印は、大きなケヤキの木と、青い鳥が羽ばたく看板。
悩みや様々な思いを抱きながらも、ことりはこの島でやっていけるのだろうか。
※実在の島をモデルにしたフィクションです。
人物・建物・名称・詳細等は事実と異なります
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる