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29.スタッフ増員について。
しおりを挟む翌日、遊は自宅から持って帰った衣類などを下の部屋へ放り込んだ。
もともとあったマキノの私物はほぼ自宅へと運んだが、今の厨房ができるまで使っていた小さい冷蔵庫は遊に使用を許可することにした。
あと、自宅に持って帰らない物も手前の部屋に運び出して、奥の部屋は完全に遊の個人的スペースとして確保することになった。
遊はいざ引っ越しとなると、カズや男子寮のみんなとの生活を惜しんで、作業がなかなか進まなくなったようで、通勤するたびに少しずつ荷物を運んでいる。花矢倉の皆さんには充分に感謝し、たっぷりお手伝いなどして、9月までに移ってくればいいだろう。
遊のことが落ち着いて、いよいよスタッフ募集が急務になってきた。
高校と言っても遊が行くのは通信制なので、登校する日数を選ぶことができて、週に1日でもいいし、3でも5でもよかったが、勉強と仕事の両立を、遊なりのラインを定めて、週に3日行くことにしたようだった。
週に3日、遊が不在。
真央ちゃん未来ちゃんの代わりも探さないといけない。
これは、9月からは大幅な戦力ダウンだ。
できれば運転のできる人,そしてできれば、お料理のカンのいい人・・・。
いやそれは言うまい。
お料理なんて、下準備さえしておけば誰にでもできることだから。
「マキノさん。」
有希ちゃんがためらいがちに声をかけてきた。
「なあに?」
「あまりお勧めできないかもしれないけど、ちょっと・・・ええと。」
「なんだろう。」
「うちのお兄ちゃん、ホテルのシェフ見習いなんだけど、そこに辞めたい辞めたいって言ってる人がいるんですって。」
「ほほう。ほほう。」
「マキノさん男の子がいいなって・・以前言ってたと思って。」
「辞めたいっていうのは、どう言う感じなのかな。」
「兄ちゃんが言うには、病んでるんですって。」
「病んでる・・って?」
「すぐ落ち込むって。でもコミュニケーション能力は高いとか。」
「それだけじゃ、よくわかんないね。」
「うん・・・すみません。」
「いえいえ、いいんですよ。ああでも・・通うのが遠くない?それにホテルで働いてたのなら、お給料が高いんじゃない?何才かな?」
「兄ちゃんと同い年って言ってたから25歳ですね。んで、兄ちゃんのお給料はお安いって言ってますけど。」
「本人のお安いっていうのはあんまり信用できないなぁ。それに・・・ちゃんとしたところは福利厚生もちゃんとしてるから。まぁそれはいずれうちも頑張らないとだけど。」
マキノはしばらく考えてから、ふむ、とうなずいた。
「その子が今の職場を辞めたいって本気で言ってるのなら・・。こんな田舎でよかったらお仕事しませんか?一度お話ししたいって言っといてくれる?」
「はい。・・でもいいんですか? 病んでるのは。」
「それは会ってから考える。」
「マキノさんて、決断が早いですよね。チャレンジャーというか。」
「まあね。よく言われる。」
「ただいま。」
春樹が帰ってきた。
今日のごはんは中華風。八宝菜とエビ春巻きとたまごのスープ。
「またママさんバレーのおばちゃんが遊びにおいでって言ってたよ。」
ママさんバレーのキャプテンの美智子さんは、小学生たちの登下校時に立哨指導してくれる「見守り隊」のボランティアをやっていて、校門前で子ども達を迎えている春樹さんと、ときどき言葉を交わす。
「んーわかった。今度はもう無理強いしないから。是非行きたい人だけで行こう。春樹さんは?」
「用がなければ行くよ。」
ママさんバレーの火曜日は、遊と有希ちゃんが喜んで参加すると言った。少し早めから片づけを始めて、8時前にはみんなで店を出た。
一度参加しているので、今日は、戸惑いなく準備に加わることができる。
ネットにロープをかけるところまでして、結び方に自信がないので、そこだけやってもらおうとママさんバレーの人を待っていたら人懐こい丸い顔をしたおばさんが来てくれた。
その人は、ロープをぎゅうぎゅう縛りながら、マキノに話しかけてきた。
「ねえねえ、マキノさんのお店ではアルバイトの募集はもうしてないの?」
「実は、絶賛今募集中なんですよ。どなたか来てくれそうな方がいらっしゃるんですか!?」
話しかけてきたおばさんが、自分の鼻を指さした。
「わたし。」
「あら・・じゃあええと、車の免許は?」
マキノは改めてじっと顔を見た。イズミさん達よりももう少し年齢層は高そうだ。
「あるわよ。この辺に住んでいて車がなかったら生きていけないもの。」
「時間とか、週にどれぐらい入れるとか土曜日日曜日はどんな感じですか?」
「土日も用がなければ大丈夫だけど。年寄りがいるから実は長時間は厳しいのよ。」
「あ~了解です。もしかしてその方がこちらも都合良いかも。」
「年寄りといるからこそ、外に出たいんだけどね。」
あははははと、明るく笑った。
「お名前と電話番号、教えていただけますか?」
マキノは、聞き取り調査というわけではないが、スマホに登録しながら少し話をした。
そのおばさん・・もといお姉さんは、千尋さんというお名前で、45歳。子どもさん2人は、共に成人して家を出ていて,今はご主人とそのご両親と4人の生活をしていた。
短時間勤務を希望の旨は、敏ちゃんに伝えてシフトを組んでもらえば大丈夫だろう。他の主婦チームも丸一日よりも、短い時間のほうが都合良いかもしれない
「今度お仕事の説明をしたいので、一度遊びに来てください。」
「あら。面接もせずにそんなに安請け合いしていいの?」
「いいんですよ。時間のある時に、いつでもどうぞおいでくださいね。」
バレーボールの方は、マキノは前回肩がはずれて騒ぎを起こしているので、今回は打たせてもらえなかった。主に春樹にクギを刺されたのだ。
でも、前回とくらべると、強いボールを受けても痛くない。足も動くようになっている。
もう少し練習すればチームのお役に立てるようになれるかもしれないのにな~。
バレーボールを楽しんだだけでなく、なんだか簡単にスタッフが一人増えそうなので、すこし気分が軽くなった。
千尋さんは、翌日さっそく面接に来てくれた。
まずは、お昼の配達要員として活躍してほしいので、早出の日は7時半から1時まで。遅出の日は11時から5時までを基本とした。お昼の忙しい時間帯に人員を強化できて主婦チームのみなさんは1回あたりの負担が減り、双方にとっていい感じになりそうだった。
真央ちゃん未来ちゃんはもう9月から入試まではバイトをお休みすることになった。たまに息抜きに遊びに来るとは言っている。そうなると高校生バイトも募集したいが、5時には遊が帰ってこれるので、曜日限定になるかな。
遊ほど、仕事ができる高校生はあまりいないだろうしなぁ。
春樹やスタッフみんなとミーティングをして、マキノは9月以後定休日を設けることにした。敏ちゃんの試算では充分やりくりできるそうだ。
「お仕事しない分、私のお給料減らしてくれればいいんですけど。」とマキノは言ってみたが、敏ちゃんは自信たっぷりに言いきった。
「オーナーとして責任を負ってるだけで,給料は発生するんだよ。イヤと言うほどタダ働きをして、ここまで回るように持って来たことへのご褒美が少しずつ戻ってくるってことよ。」
「税金はどうなるのかなぁ・・。」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だってば。」
経理に関しては、どうしても積極的になれないマキノだが、敏ちゃんの言葉で安心する。
「敏ちゃん。ありがとう。本当に助かります。
高校生のバイトは1年生から来てもらっても2年半が限界か・・・。
やっぱり若い主婦さんがいいのかな~。
でも、せっかく元気いっぱいのパワー、あの雰囲気は好きなんだけどな~。
これからも、年度がが変わる度に悩むのかな。
マキノはふうと、息をついた。
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