上 下
28 / 48
@さくらside

8.4月1日21:38 涙@さくらside

しおりを挟む
 え?
 藤堂さんが私の頭を撫でてくれている。
 向こうの肘をカウンターについて頭を支え、優しい表情の顔を私を覗き込むように傾けて。
 私はどうしたらいいのかわからないまま、視線を逸らせずこの顔をじっと見つめ返してしまう。
 こんな時にどうしたらいいか、正解なんてわかるはずない。

「えらいね。よくあんな部長の下で頑張って来たね。みんなが飲んで騒いでる横で、会場中駆け回って、申請書がめんどくさいっていう奴らにちゃんと説明して、残業してる俺に紅茶淹れてくれて…」

 私の目から、涙がぽろぽろこぼれてしまった。
 だって、そんなの、一番認めてほしいと思ってた憧れの人に、誰も見てないと思ってた自分の頑張りを、から回ってるだけかもって自分自身ですら思ってたのに、気づいてもらえれたなんて。

「あ…ごめんなさ…い」
 眼鏡をはずしてカバンの中のポケットに入れ、ハンカチを探る。
 恥ずかしい。泣くなんて。

 藤堂さんが私の頭をぐいっと自分の肩に寄せる。
「うん。泣いちゃえ。さくらは、頑張ったんだから。」
 ああ、もう駄目だ、涙止まらない。

 このままじゃ、藤堂さんのジャケットを汚してしまう。
 私は手で何とか自分の涙をぬぐう。

「いいよ、俺の肩濡らして。泣かしたの、俺なんだから。」
 止まらなくなって、しゃくりあげて子供みたいに泣いてしまう。
 こんな風に、泣かせてくれる場所が無かった。

「さくらは、いい子だよ。」
「そんなの言われたら」
「いいって」
 なんて大きな人なんだろう。「泣くな」じゃなくて、泣かしてくれる。
 憧れて、ずっと見ていた仕事ができて、面倒見のいい藤堂さん。さらにこんな心の広いところを知ってしまった。
 しかも、私に対して、こんな風に…。

 藤堂さんに包まれて私は居酒屋の周りの世界から遮断されて、心の中にあった黒いものを涙と一緒に排出した。

「さくら、出ようか」
 申し訳ないな、私が泣いたりしたから。
「すみません」
「ゆっくり出てきて?」

 藤堂さんが立ち上がって、私の頭をポンポンとして、伝票をもって先に出ていく。
 カバンからハンカチを出して涙を拭きながらついていく。
 他のお客さんが何事かとみていて、恥ずかしい。藤堂さんにも恥ずかしい思いをさせてしまった。

 店を出ると、藤堂さんは、財布を出そうとした私の手を制してつかんだまま、駅と反対の方へ引いていく。
 涙でぬれてて、申し訳ないな。でも、藤堂さんのぬくもりが、嬉しい。

 オフィスビルが並び、周りの飲食店は金曜の夜でににぎわっている。
 その隙間にある小さな公園に、私は藤堂さんと並んで座っていた。
 泣いてる私を人目のないところに連れて来てくれたんだ。

「ああ、あの、藤堂さん、落ち着いたら、私、帰りますから、藤堂さんはもう…」
 これ以上、迷惑かけたくない。困らせたくない。

「泣いている女の子、置いていけるわけ、ないでしょ。」
 落ち着くまで、付き合ってくれるつもりなの?
 藤堂さん、いいひとすぎるよ。責任感の強い管理職なのは知ってるけど、ただの他部署の後輩にここまでしてくれるなんて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

処理中です...