境界のクオリア

山碕田鶴

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56.合縁 七

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「とにかく、文化祭の日が俺たちのデビューだったわけ。曲は全部、ササイさんが昔やっていたバンドから選んでさ」
「明美さんは、曲も全然知らなかったんですよね?」
「一回聴けば歌えるって、前に言ったでしょ。三曲なんて楽勝よ」
「そう、明美さんスゲーの。本当に一回で覚えて、でもその後の練習量がハンパなくて。練習中に俺たちの音がずれると、歌いながら違うって叫ぶし。作曲者本人が明美さんにキー合わせてアレンジして、直接教えてくれて、もう今考えたらあそこで俺たち一生分の幸運を使い果たしたね」
「明美さんはしょっちゅうライブで歌っていたし身バレもないから平然としていたけれど、俺たちは一年生だし、舞台の上なんて慣れていないし人前で演奏なんて初めてだし……もうガッチガチなの。まあ、舞台袖で控えていたササイさんも明美さんも想定していたらしくて、弾けなくなったらリズムだけ合わせてなんか音出しとけって」
「ホント音出すので精一杯だったね。ドラムのワタルがきっちりリズムキープしたお陰で総崩れはしなかったし、明美さんの歌の迫力で観られるステージではあったんだけど。アンバランスなせいでさ、やっぱ客が段々と、なぜ女装?  誰?  とか考え始めちゃって、集中してもらえなくなってきて……」
「ラスト曲入る前に、ササイさんが袖からバツ印出して、演奏はやめておけって」
「俺たち明美さんに申し訳なくてさ。でも、明美さん笑ってるの。俺たちに手をヒラヒラさせて出ていけって。最後、アカペラで歌う気でさ」
「あれは、あんたたちが限界だったからよ。ド素人がよくニ曲も演奏しきったわよね。受験エリートの集中力恐るべしだわ」

 明美は楽しそうに笑った。

「だけど、明美さんが次でラストですって言って、俺たちが袖に引っ込もうとしたらさ。……ササイさんがギター持っていたの」
「俺たちは急いで明美さんに合図して、ラストの曲は舞台袖のササイさんのギターで始まったんだ」
「当然なんだけどさ、ササイさんが弾き始めたら、体育館の空気が変わるわけよ。あれ、わざとイントロ長めに入れて露払いしていたよな。雑音が消えて、後は明美さんの歌だけになっていた。俺たちも生演奏なんて初めてで、しかも目の前でさあ。ただただ圧倒されて」
「明美さんは勝ったんだ。……なんかわかんないけどそう思った」

 晴久は明美を見ながら、晴久に膝枕をして歌詞のない曲を歌う明美を思い出していた。

「歌が終わったら、音が消えたんだよ。体育館の音がないの。ホントにシーンってやつ」
「明美さんも終わったらすぐ袖に消えてさ。控えの奥でササイさんに抱きついて泣いていた。映画のワンシーンかってくらい絵になっててかっこよくてさあ、もうトラウマレベル」
「トラウマって何よ。失礼ね」
「だって、当時高校一年生の多感な少年ですよ?  二こ上ってもう大人にしか見えない頃でしょ?  それで美男美女のあんなシーン見たら、もうドラマも映画も何観ても全然面白くないの。女優もアイドルもかわいくなくて、俺どうしようって本気で悩んだんですよ?」
「うひょひょひょ。もっと早く言ってよー。ワタル君、散々俺を笑い者にしてきたくせにー」

 憲次郎がテーブルの下でワタルの足を蹴っているらしい。ガタガタ音がする。
 ワタルはすかさず反撃する。

「お客君知ってる?  ケンさあ、アキさんにベタ惚れでさ。大学の学園祭のステージで自分の高校の先輩だと知った衝撃をずーっと引きずっていたわけよ。もう、かわいそうなくらい笑えるの。ギャハハハ」

 憲次郎には、こうして隣で笑ってくれる人がいる。晴久は、それがとても嬉しかった。
 晴久自身、石崎の正体を知ってショックだった時に明美に笑われて、何か救われた気がした。そういう経験をして、そういう気持ちを知って、こうして今、何となく共感している。
   全て、石崎との出会いで知った感情だ。

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