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40.天明 三
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「その……なんだか世界の違う人なんだろうなと思ったら、知ったらもっと遠くなりそうで……」
取ってつけたような言い訳。もっともらしい薄っぺらな理由は、ササイシンを崇拝する明美にはササイを小馬鹿にしているとしか受け取られないだろう。
晴久の予想どおり、明美の口調が急に冷たくなった。
「君が知っても知らなくても、ササイさんは別世界の人だよ。調べるったって、ちょっと名前が出てる人ならどこで何やっているかくらい公開情報だよ」
明美は晴久を見ながら呆れたように溜息をついた。
「ほんっとササイさんのこと何も知らないよね。知ろうともしない。オレ、勘違いしてたかも。ムカつくくらい二人で仲良しなんだと思ってた。ササイさんがそんなに一方的にべったりな人だとは思わなかったなあ」
「あの……僕と石崎さんは仲良しとかそういう関係ではないんです」
「それ、嫌み? 君とササイさんの関係なんて、オレは知らない。でも、あんなに引きこもりだったササイさんが、仕事の後帰って来ないとか元気そうとか……。ササイさんはなんにも言わないけど、嫌な影がつきまとってるなーってずっと感じてた。君なんでしょ? オレはライブハウスで最初に会った時、ああ、この子だってすぐ思った。ササイさんのことを全然知らない、名前すら聞いていないこんな子がなんでってね。ま、これはオレのひがみだけど」
明美が恨みがましく見てくるのを晴久は見返した。
それは、僕の問題ではない。僕がどうにかできることではないから。
「お客君は、よくわかんないトコ強気だよね。あーあ。ササイさんって実はスッゲー猫かぶってて、君の前だけ本音なのかなあ。だとしても、君の言う石崎さんをササイさんと分けて、ササイシンの方はいらないって言うの? どっちもササイさんだよ? ササイシンは知らなくていいって言われちゃうササイさんはどうなるの? 見たいとこだけ見られるのって、仕事ならいいけど個人的つきあいだったらオレ嫌だよ。アケミはいいけどアキヨシは知りたくないって言われたらやっぱり嫌だよ。一部分しか見ないって言われたら、それ、オレじゃなくてあんたの作ったオレだろうって思う。君、オレのことはまんま受け入れてるのになんでササイさんだと構えちゃうの? 全部知る必要はないよ。でも、ササイシンに興味なくてどうでもいいなら、ササイさんに近づかないでよ」
明美は晴久を見たまま強い言葉を投げ続けた。晴久も、明美から目を逸らさなかった。
明美にそんなことを言わせたかったわけではない。ササイシンがいらないなんて思ってはいない。知らなくていいなんて考えてはない。
自分の不用意な言葉が明美を傷つけた。
明美は石崎のために怒っている。
「ああ、そうか。……違うのね」
しばらく晴久を見つめていた明美が、独り言のように言った。
明美がふいに晴久の首に腕を回してきた。晴久は強引に抱き寄せられた。
「ちょっと明美さん、なんでくっついてくるんですかっ? え?」
明美が片手で晴久の両目を覆って視界を塞いだ。そのままで、明美は晴久の頭にそっと頬ずりをした。
「アタシは、この方がアタシらしいの。アタシの中では全部一緒だけど、見た目で勝手に分けられちゃうからね。いくら無敵のアケミ様でも、すっぴんで君と話す勇気はないから」
明美はアキヨシの姿を目隠しで消し去っていた。今晴久の横にいるのは、ライブハウスで会った時と同じ威圧感を持った明美だった。
取ってつけたような言い訳。もっともらしい薄っぺらな理由は、ササイシンを崇拝する明美にはササイを小馬鹿にしているとしか受け取られないだろう。
晴久の予想どおり、明美の口調が急に冷たくなった。
「君が知っても知らなくても、ササイさんは別世界の人だよ。調べるったって、ちょっと名前が出てる人ならどこで何やっているかくらい公開情報だよ」
明美は晴久を見ながら呆れたように溜息をついた。
「ほんっとササイさんのこと何も知らないよね。知ろうともしない。オレ、勘違いしてたかも。ムカつくくらい二人で仲良しなんだと思ってた。ササイさんがそんなに一方的にべったりな人だとは思わなかったなあ」
「あの……僕と石崎さんは仲良しとかそういう関係ではないんです」
「それ、嫌み? 君とササイさんの関係なんて、オレは知らない。でも、あんなに引きこもりだったササイさんが、仕事の後帰って来ないとか元気そうとか……。ササイさんはなんにも言わないけど、嫌な影がつきまとってるなーってずっと感じてた。君なんでしょ? オレはライブハウスで最初に会った時、ああ、この子だってすぐ思った。ササイさんのことを全然知らない、名前すら聞いていないこんな子がなんでってね。ま、これはオレのひがみだけど」
明美が恨みがましく見てくるのを晴久は見返した。
それは、僕の問題ではない。僕がどうにかできることではないから。
「お客君は、よくわかんないトコ強気だよね。あーあ。ササイさんって実はスッゲー猫かぶってて、君の前だけ本音なのかなあ。だとしても、君の言う石崎さんをササイさんと分けて、ササイシンの方はいらないって言うの? どっちもササイさんだよ? ササイシンは知らなくていいって言われちゃうササイさんはどうなるの? 見たいとこだけ見られるのって、仕事ならいいけど個人的つきあいだったらオレ嫌だよ。アケミはいいけどアキヨシは知りたくないって言われたらやっぱり嫌だよ。一部分しか見ないって言われたら、それ、オレじゃなくてあんたの作ったオレだろうって思う。君、オレのことはまんま受け入れてるのになんでササイさんだと構えちゃうの? 全部知る必要はないよ。でも、ササイシンに興味なくてどうでもいいなら、ササイさんに近づかないでよ」
明美は晴久を見たまま強い言葉を投げ続けた。晴久も、明美から目を逸らさなかった。
明美にそんなことを言わせたかったわけではない。ササイシンがいらないなんて思ってはいない。知らなくていいなんて考えてはない。
自分の不用意な言葉が明美を傷つけた。
明美は石崎のために怒っている。
「ああ、そうか。……違うのね」
しばらく晴久を見つめていた明美が、独り言のように言った。
明美がふいに晴久の首に腕を回してきた。晴久は強引に抱き寄せられた。
「ちょっと明美さん、なんでくっついてくるんですかっ? え?」
明美が片手で晴久の両目を覆って視界を塞いだ。そのままで、明美は晴久の頭にそっと頬ずりをした。
「アタシは、この方がアタシらしいの。アタシの中では全部一緒だけど、見た目で勝手に分けられちゃうからね。いくら無敵のアケミ様でも、すっぴんで君と話す勇気はないから」
明美はアキヨシの姿を目隠しで消し去っていた。今晴久の横にいるのは、ライブハウスで会った時と同じ威圧感を持った明美だった。
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