182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

90-(2)

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 高瀬は意識の空間の中に姿を現した。

「高瀬!  大丈夫か⁉︎  このままだと身体がもたない。何とか助けを呼んで……」
「行け、シキ……。やっと……別れられるな。今なら……ここから出られるだろう?  あなたはなんだか薄く……なって見える……」
「高瀬……」
「大丈夫だ。……あなたはチャンスを掴んだ……瀕死……今しか、ないぞ……」

   高瀬は笑っていた。

「私より、まずは自分の身だろう⁉︎」
「大丈夫……チップ……壊れたな。さすがに……探しに来る。それに、こんな時には天使が来るのだろう?  生きたい。まだ……思う。はっきりと、そう……願う。私でも……助けてもらえる……だろうか……」

   高瀬の意識が薄れていく。力なく倒れるようにした高瀬は、それでも手だけをヒラヒラさせて、私を追い払う仕草をした。
   そうだ。高瀬の肩には、生体反応も感知発信するICチップが埋め込まれている。発信が途絶えれば、すぐにセキュリティが確認に来るはずだ。
   死神はいきなり肩を刺してきた。
   はじめからICチップを狙って、破壊する気だったか。
   背の傷も、たぶん深くはない。
   とにかく、今ならきっと出られる。

「高瀬、イオンは邦彦様を絶対に見捨てたりしない!  必ず来るから待っていろ!」

   高瀬から抜け出す。
   外へ……。
   手を伸ばした。
   薄い膜を透過するようなぬるりとした感触。
   滑り抜けた。引き戻される感覚はない。
 粘度の違う空気の中へゆっくりと這い出す。
   肉体を持たず、守られるものの何もない死霊に戻っていく。
 深呼吸をしても息をする実感がない。
 音も、光も、匂いも全てが薄く、感覚がぼんやりと遠い。
   目の前には、意識のない高瀬が地面に倒れていた。
   私をとらえ続けた監獄。私を守り、共に生きた肉体。
 私は高瀬から出られたのだ。
 死神の気配はない。だが、私が視える照陽の人間が近くにいるかもしれない。とにかくここを離れなければ。
 すまない、高瀬。
 目の前のビルに沿ってとりあえず屋上まで飛び上がることにした。
 身体は軽く心もとない。
 ふらふらと浮き上がりながら、路上の
 高瀬を見下ろした。
   高瀬に近づく若い男がいる。
   人間?  いや、アンドロイドか?
 白いシャツをまとった、優雅で美しく、天界の住人のようなたたずまいの……天使だ。

「リツ⁉︎」

 リツに違いなかった。
   容姿は十五年前と全く変わらないが、高貴な気配すら漂わせる青年には、見る者を安心させる落ち着いた雰囲気と存在感があった。
   まさに、魂を救う天使……。
 リツは高瀬にそっと触れた。
 高瀬の顔を覗き、地面にひざまずくと高瀬を抱き起こすように頭を膝に乗せ、髪をなでた。リツの袖が高瀬の命で染まっていく。
 リツは静かに微笑んでいた。意識の声で高瀬に呼びかけているのだろうか。

「リツ。そいつは世界で最も完璧にイオンをメンテナンスできる男だ。どうか、彼を頼む」

 私の声はきっと届かない。
 だが、次の瞬間リツは天を仰ぎ、はっきりと私と目を合わせて笑顔になった。

 相馬……。

 面影すらない名を心の中で呼び、私はリツに別れを告げた。
 リツは笑顔のまま高瀬の耳元に顔を寄せた。

 タ  カ  セ。

 私が最後に見たリツの唇は、はっきりとそう動いていた。

『お前の望みをくれてやる。機会をどう生かすかはお前次第だ』

   死神によって社畜の証は壊された。取り憑く悪霊も去った。高瀬を縛るものは何もない。
   お前が何を望むのか、私は知らない。
   だが、きっと今その機会を手にしたのだ。
   そう思わないか、高瀬?
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