182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

87-(1)

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「いいか、高瀬。じっとしていろよ。何も考えるな。私が広がっていくのをただ肉体で感じろ」
「……自分の口であなたの言葉を聞くのは気味が悪いな」
「だから考えるな。まだ首から上しか繋げていない」

 高瀬の自宅ベッドで、私は今まさに高瀬と繋がろうとしていた。
 高瀬が目を覚ました状態のまま、高瀬の身体の感覚を一時的に私も共有しようというのだ。
 高瀬を肉体から完全に剥離することはしないしできないが、私を優先して割り込ませることは可能だ。
 私もやるのは初めてだ。高瀬が希望するから気持ち悪いのを覚悟で試みている。
 魂と肉体が繋がる感触をリアルアバターで再現する。そのための詳細を記録して報告するには、高瀬を介さず高瀬の身体を借りて私が直接データ入力した方が早い。
 高瀬は自分でも繋がる感触を確かめたいらしいが、これだとアバター側の立場だな。

「ゆっくりと私は延びていく。脊髄から末端へ神経が広がるように、内からお前を押し広げて侵食し、絡まり、浸みていく……」
「……うくっ……はっ。あ、あっ……」

 背筋にぞくりと熱い感覚が走る。高瀬が感じれば、私も感じる。

「おい、変な声を出すな」
「出していないっ、あっ」

 私が着ぐるみに身を包むように高瀬の肉体を動かせるようになった頃、高瀬は放心状態で生きる屍となっていた。

「しばらく借りる。ゆっくり休んでいろ」

 ベッドから起き上がった私は、書斎へ向かった。久々に外界を直接感じることができた喜びで自然と笑みがこぼれるが、やけにぎこちない。
   こいつは作り笑いしかしたことがないのか?  笑う喜びを知らないこの肉体が哀れだ。
 さて。他人の肉体を乗っ取る自分の感覚をどう説明すればいいのか。
 アンドロイドを動かすプログラムならわかるが、人間の脳の生理学は門外漢だ。私は肉体に繋がる感触を主観で詳細に表現し、記録していった。
 AI搭載のイオンを「魂の器」として手動運転にに切り替える際の手法も全て開示した。リアルアバターとの神経接続で参考になるはずだ。
   「魂の器」について記録したのは初めてだった。システム自体ブラックボックス化して公表しなかったから、高瀬が残務処理でまとめたイオンの報告には入っていない。
 こうして記録に残すことで、イオンの開発が終わったことを実感する。
 あれは私の子だ。名もなくどこにも存在しない私の、生きた証だ。
 そのイオンたちも私と同様、今はこの世に存在しないことになっている。
 ただの偶然か。死んだはずの吉澤識がこの世に関わることの因果か。
 まあ、大した問題ではなかろう。私を知る人間も私の知る人間も、誰もが二百年を待たずにこの世から消えてなくなるのだから。

「おい高瀬、生きているか?」

 気配の全くない高瀬を呼ぶと、身体の内側からかすかに返事が聞こえたような気がした。
 いつもと立場が逆だ。自分の内にもう一人いるというのは、気持ちのいいものではないな。

「全て終わった。不足があれば、あとはその都度お前に説明すれば足りるだろう。これから離脱する」

 今度はきっと高瀬が自分の肉体と繋がる感触を味わえるはずだ。
 侵食したのとは逆に、少しずつ高瀬の肉体を離れていく。私は再び現実から遠くなり、全身に高瀬が戻っていく。

「ふう……」

 高瀬の吐息が熱い。
 先ほどの暴力的な刺激とは違い、静かに満ちる快感に包まれたに違いない。
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