182年の人生

山碕田鶴

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2043ー2057 高瀬邦彦

82-(1)

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 私がこれまで他人の肉体を奪ったのは、自らの肉体が生を終えた時だった。
 相手は、私が勢いで魂を押し出したから肉体を離れたのだ。
 まだ十分に生きられる肉体から自力だけで離脱するには、相当の力が要るのだろう。しかも、この肉体に私は深く入り込み、意識すれば感覚を共有できてしまう。ただつきまとっているのとは違うのだ。
 せめてこの肉体が瀕死の状態になれば、抜け出ることは可能であろうか。
   瀕死。瀕死か……。

「グダグダと物騒な長話を聞かせるのは十分にモラハラだ。黙っていろ」

 モラハラと言いながら、高瀬は私を高圧的な言い方で威嚇する。
 ただの独り言だ。聞き耳をたてるな。

「無視しても聞こえる。不快だ」

 私が高瀬の身体から出られない現実に、高瀬は当然ながら衝撃を受けた。
   衝動に任せて私を意識の中で散々痛めつけるうちに、どうやら一線を越えたらしい。私に対してそれなりにあった敬意も遠慮も全て吹き飛んだ。
   居候から同居人に格上げされて、言葉遣いも態度も親密さを増している。
 馴れ合うつもりはないが、この方が高瀬の精神衛生上だいぶマシであろう。私が元凶ながら、高瀬が不憫でならない。
 昨日から泊まり込む研究棟の実験室で、高瀬はイオンのデータをまとめていた。
 相馬が細工をしたり私が消去したりして、イオンの自我を生む実験の記録はほぼ何も残っていない。
 それでいったい高瀬は何を提出する気なのか。

「イオンは、実験が進められないほどの不具合が発生していた。設定外の不規則行動は安全基準を逸脱するものだった。五感センサーの感度が最大レベルになったことによるアクシデントだ。不具合が出ないレベルまでセンサー感度を落とすか、命令遵守を強化するプログラムを作らなければ、イオンの存続は難しい。そう検討していたところで、爆発事故が起きた。以上だ」

 ほう、さすがだな。物は言いようだ。上手くまとまった。これでイオンの存在は完全に過去のものだ。

「ただの不具合を機械の自我だと言うからややこしくなる。あなたは、自分がどれだけ危険な研究をしたか自覚はないのか?  自我のことではない。テレパシーの件だ。こんなものを実用化したら、一企業の利益やスパイ養成の話では済まなくなる。全世界が監視社会になるぞ。しかも、言論や行動の監視だけでなく、声に出さない思想そのものの監視だ」

 報告書にテレパシーのことは書かないのか?

「イオンは廃棄が決まっている。記録に残せば面倒が増えるだけだ」

 イオン五体を引き取る照陽は驚くだろうな。霊能者までアンドロイドの時代とは。
   あるいは先に引き取ったリツを見て、既にイオンの能力には気づいているか。
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