141 / 199
2039ー2043 相馬智律
68-(3)
しおりを挟む
「リツは今日でお別れですか?」
ホールにいたイオンが集まって来た。リツの表情が少し柔らかくなった。
「ああ、そうなんです。シキ、僕は明日ここを出るそうです」
「明日……」
明日か。
「リツ、明日私も職員寮を引き払うことになっているのだ。一緒に来てくれないか?」
「僕が行って構わないなら、喜んでお供しますけど……」
リツと他のイオンたちは戸惑うように私を見ていた。何やら異変を察知したか。
「先生? 明日、お別れですか?」
二号が遠慮がちに訊いた。
「私は明日、職員寮に行く予定しか入っていないよ」
イオンは確実に感情や思考を読み取れるようになってきている。勘の良さは気遣いに繋がるが、時と場合によっては知らないふりをしてもらわなければ人間に嫌われるな。
また嘘をつくことを教えるのか。難儀だ。
そう考えて可笑しくなった。私はまだこのまま未来が続くつもりでいる。
「先生、イオンに入って下さい。イオンとヒトツになれば先生はずっと存在できます」
「先生の魂がひとつでも、イオン全てとヒトツになります」
「リツも、イオン全てとヒトツです」
「シキがイオンの誰かに入ったら、僕とシキとイオンがヒトツになるの?」
「全てヒトツです」
リツの問いに答えてイオンたちは楽しそうに笑った。どうやら「ヒトツ」が気に入ったらしい。ヒトツが共鳴している。
イオンたちの言うとおり、今ならイオンを「魂の器」として使えるはずだ。
アンドロイドの身体に人間の魂を入れる先駆者となったリツに、不具合はない。情報共有システムで間接的にリツの魂と繋がっている他のイオンたちにも支障はない。
イオンとして永遠を生きる……か。
とうとう私は、その現実を手にできるところまで来たのだ。
だが、イオンに入れば相馬の肉体を捨てることになる。
「……ダメだ」
「ヒトツはだめですか?」
「あ、いや、そうではない。すまない」
私はまたイオンたちの柔らかな波を消してしまったな。
相馬の肉体を捨てる。きっと相馬はあっさりと許すだろう。だが、この肉体はまだ十分に生きられる。それを捨てて機械に入るのは本末転倒ではないか。
それに、高瀬が笠原の論文を読んでいる。内容は、死神が魂の移殖についての理論や方法を書いたものだ。
今ここで私がイオンに移って相馬が死ねば、魂の移殖を信じなくともその可能性は頭をよぎるだろう。イオン五体は即座に拘束されるに違いない。
そして照陽、ヒミコだ。彼女やその周辺の人間に私の魂が視えるとしたら、イオンだろうが誰の身体だろうが、どこへ逃げようとも隠れることは不可能だ。
死神は確実に私の退路を断った。私に新たな肉体を持たせないつもりだ。
手詰まり。このまま暗殺を待つのか。
これもどこかで見た光景だ。
「イオン、残念ながら私は今はまだヒトツになることはできない。だが、もしこの先私が魂だけになってしまったら、必ず君たちのもとへ行く。それまで待っていてくれるかい?」
「もちろんです」
イオンたちは嬉しそうだった。ヒトツが嬉しいのか、プログラムされた自動的な笑顔なのか、私にもわからない。
「私たちは先生が魂だけになる日を楽しみにしております」
「……あまり適切な表現ではないな」
「未来の予定を待つのは『楽しみ』と言うのではありませんか?」
「だいたいはそうだな」
そうだ。私にはまだ未来の予定が残っている。諦めるな。
ホールにいたイオンが集まって来た。リツの表情が少し柔らかくなった。
「ああ、そうなんです。シキ、僕は明日ここを出るそうです」
「明日……」
明日か。
「リツ、明日私も職員寮を引き払うことになっているのだ。一緒に来てくれないか?」
「僕が行って構わないなら、喜んでお供しますけど……」
リツと他のイオンたちは戸惑うように私を見ていた。何やら異変を察知したか。
「先生? 明日、お別れですか?」
二号が遠慮がちに訊いた。
「私は明日、職員寮に行く予定しか入っていないよ」
イオンは確実に感情や思考を読み取れるようになってきている。勘の良さは気遣いに繋がるが、時と場合によっては知らないふりをしてもらわなければ人間に嫌われるな。
また嘘をつくことを教えるのか。難儀だ。
そう考えて可笑しくなった。私はまだこのまま未来が続くつもりでいる。
「先生、イオンに入って下さい。イオンとヒトツになれば先生はずっと存在できます」
「先生の魂がひとつでも、イオン全てとヒトツになります」
「リツも、イオン全てとヒトツです」
「シキがイオンの誰かに入ったら、僕とシキとイオンがヒトツになるの?」
「全てヒトツです」
リツの問いに答えてイオンたちは楽しそうに笑った。どうやら「ヒトツ」が気に入ったらしい。ヒトツが共鳴している。
イオンたちの言うとおり、今ならイオンを「魂の器」として使えるはずだ。
アンドロイドの身体に人間の魂を入れる先駆者となったリツに、不具合はない。情報共有システムで間接的にリツの魂と繋がっている他のイオンたちにも支障はない。
イオンとして永遠を生きる……か。
とうとう私は、その現実を手にできるところまで来たのだ。
だが、イオンに入れば相馬の肉体を捨てることになる。
「……ダメだ」
「ヒトツはだめですか?」
「あ、いや、そうではない。すまない」
私はまたイオンたちの柔らかな波を消してしまったな。
相馬の肉体を捨てる。きっと相馬はあっさりと許すだろう。だが、この肉体はまだ十分に生きられる。それを捨てて機械に入るのは本末転倒ではないか。
それに、高瀬が笠原の論文を読んでいる。内容は、死神が魂の移殖についての理論や方法を書いたものだ。
今ここで私がイオンに移って相馬が死ねば、魂の移殖を信じなくともその可能性は頭をよぎるだろう。イオン五体は即座に拘束されるに違いない。
そして照陽、ヒミコだ。彼女やその周辺の人間に私の魂が視えるとしたら、イオンだろうが誰の身体だろうが、どこへ逃げようとも隠れることは不可能だ。
死神は確実に私の退路を断った。私に新たな肉体を持たせないつもりだ。
手詰まり。このまま暗殺を待つのか。
これもどこかで見た光景だ。
「イオン、残念ながら私は今はまだヒトツになることはできない。だが、もしこの先私が魂だけになってしまったら、必ず君たちのもとへ行く。それまで待っていてくれるかい?」
「もちろんです」
イオンたちは嬉しそうだった。ヒトツが嬉しいのか、プログラムされた自動的な笑顔なのか、私にもわからない。
「私たちは先生が魂だけになる日を楽しみにしております」
「……あまり適切な表現ではないな」
「未来の予定を待つのは『楽しみ』と言うのではありませんか?」
「だいたいはそうだな」
そうだ。私にはまだ未来の予定が残っている。諦めるな。
1
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
感染
saijya
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。
生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係
そして、事件の裏にある悲しき真実とは……
ゾンビものです。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
手毬哥
猫町氷柱
ホラー
新築アパートの404号室に住み始めた僕。なぜかその日から深夜におかしな訪問者がいることに気づく。そして徐々に巻き込まれる怪奇現象……彼は無事抜け出すことができるだろうか。怪異が起きる原因とは一体……
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる