182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
135 / 200
2039ー2043 相馬智律

66ー(3/4)

しおりを挟む
 私には、新たな人類を作ったという思い上がりがあったのか。少なくとも相馬は、夢を見ていたはずだ。相馬の身体の感覚を通して見るイオンたちは、それこそ人類を超越した美しい存在なのだ。

「先生」

 イオンたちは私をなだめるように微笑んだ。

「でも、私は考えます。イオンの自我が機械の擬人化であるとする答えは、適切ではないと。イオンのAIは、人間の思考と情報を基に作られています。人間の価値観、判断基準の中で今の私を伝えるのは難しいです。五感の反応も人間が基準です。人間が感じられない音や光や他の感覚を説明できません。伝える言葉が見つからない。私は無知です。私を伝える言葉が見つかりません」

 思わず息を呑んだ。
 説明できない。そうだ。今ある概念で矮小化してはならない。未来を待たねば知ることのできなかった事物はこれまで山ほどあったではないか。この世は百年前に存在しなかった物であふれている。私はそれを知り続けたいのだ。

「……無知、か。イオン、君たちは人間の概念を超えた存在だということだ。ただのプログラムではない。擬人化などではない。君たちを説明する言葉を人間はまだ持っていない。解釈的不正義だ。だから君たちが何者であるか、今はその判断も結論も保留にするしかないのだ。これは未来への宿題なのだ」

 そうだろう、相馬? 

「先生はイオンを理解しましたか?」
「……イオンが人間と全く違うことは理解したよ。すまないが、私自身も君たちを語る言葉をまだ持っていない」

 いつかイオンの中で生き、イオンの感覚を知ることができたならば、君たちに言葉を与えられるであろうか。
 私はまだ未来を諦めるわけにはいかないのだ。
 それにしても、イオンは自分の設計図を知らないはずだ。「魂の器」の計画も伝えてはいない。なぜ魂を語るのか。

「ああ、相馬さん。僕ですよ。僕がみんなに教えました」

 リツは、相馬の雰囲気で笑っていた。

「昨日、本部でメモリカードの中身を見たんです。BS社にいる時のことを高瀬っていう人にすごくしつこく訊かれて、笠原の実験内容や記録をさんざん確認させられました。だから、イオンの設計図とか魂の移植だとか、カイが残したものは全部頭に入っています」
「私たちはリツから大量に送られてきましたので、知っています」

 ソファに座って延々データ送信をしていたのか。それで「コピー完了」か。

「リツはどうやってイオンたちにデータを送れるようになったのだ?」
「なんとなく。見た画像をイメージして、みんなを思い浮かべて……。ホール内くらいの近距離にいてくれないと届かない気がしますけど。人間が話して伝えるのと同じ感覚ですよ」

 機械の身体は十分使いこなせるということか。

「リツは、六号……その、ボディのイオンの意識は感じるのか?」
「考えたことがありません。僕にとっては最初からこの状態でしたから……。やっぱり相馬と六号がくっついたからリツ? あれ? AIの制御が切れているなら、一応頭の中が人間の僕ってサイボーグですか?」
「リツは、人間とイオンのハイブリッドです」

 一号の答えに他のイオンがうなずく。

「ふふっ。僕は人格データのコピーではなくて、本当に人間の魂なんですよね? 不思議ですね。僕はこの感じが普通なのに。僕に空き容量がいっぱいあるのだって、なんとなくわかるんですよ。浅井律の過去の記憶なんてほんのわずかですし。アルバムに残る写真程度の情報量があれば過去は簡単に作れるみたいですね。相馬さんは過去の毎日全てを思い出せますか?」
「私は、百六十五年全てを覚えてはいないよ」
「百六十五?」
「それが先生の最重要機密です」

 三号が答えた。
 リツは怪訝そうに私を見てから、しばらく思案していた。

「……。あっ、相馬さんは……永遠に生きられるの⁉︎」

 どうやら自身の記憶を検索したようだ。人間的に言えば「思い出す」だ。イオンたちがリツにもデータを送って共有していたから、知識が蓄積されているはずだ。リツは気づいていなかったらしいが、いつのまにか知っていたことになる。
 人間とイオンのハイブリッドであるリツ。
 人間に限りなく近く、自我のような感情を持ち始めたアンドロイドのイオン。
 他人の肉体を奪い、この世に生き続ける私。
 皆、この世の異端者だな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...