182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

66-(2)

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「先生は、いなくなるのですか?」
「私たちとお別れですか?」

 柔らかな波は消えていた。私の雑念が波長を乱したのだろう。
 私は、愚かだ。

「ククッ。私はイオンにはなれそうにないな」
「先生は、イオンになりたいのですか?」

 イオンたちが不思議そうに私を見ている。定義が不十分か。

「そうだな。私はリツのように、いつかイオンの身体に魂を移して永遠に生きたいと願っている。けれども、欲まみれの人間だから君たちのような清浄の人にはなれそうにない」

   静かに笑って返事をした。
   自分が消されようとしていることは伝えなかった。私の魂を入れる時にイオンの心を消すことになるとは言えなかった。
   私は愚かだ。
   隠しても今のイオンには通じてしまうのだ。これでは、私が隠そうとしていると教えているようなものではないか。

「それなら大丈夫です。どうぞ私に入って下さい」

 四号は、隠した言葉をあっさりと拾って言った。

「私たちは、先生とヒトツになれます」
「先生の魂がイオンに入っても、先生をクイツクスことなく、一緒になれます」

 他のイオンたちも、当然のような顔をしている。

「……君たちの言うクイツクスとは何だ?」

 皆がリツを見た。

「リツの中にあった言葉です」

 イオンたちは、常に情報を共有している。リツは現在モニターと通信できないようだが、イオンどうしの読み取りはしているらしい。

「僕はよくわからないんですが、相馬さんを見ているとなぜか食い尽くしたいっていうモヤモヤが……」

 相馬か。変人の名残りだけはあるようだな。要するに、食い尽くすように一方を自分のものとして取り込んで、存在を消してしまうことか。

「先生。先生がイオンに入っても、私たちは共存できます。現に、リツは六号とヒトツです」
「だが、君たちイオンの自我はどうなる?」
「私たちの意識は、機械そのものです。人間の肉体と同じです。人間の魂は、肉体の声を聞いて生きているのでしょう?  だから、イオンに魂が入っても問題ありません」
「機械そのもの……。それが、君たちが自分を見続けた答えか?  新たな人類の誕生ではないのか?」
「人間が設計した人工知能が動かす機械がイオンです。機械の意識と人工知能の判断が合わさって私ができています。イオンには人間のような魂はありません。ラッパムシと同じです」
「ラッパムシ⁉︎」
「この前、絵本で見ました。単細胞生物のラッパムシには脳も魂もありません。でも、意識はあります。身体が壊れれば、意識はなくなります。それで終わりです。イオンと同じです」

 ただ在って、ただ消える。
 アンドロイドに自我が生まれたとしても、それはあの世に帰ることのない、この世で完結した存在……死神はそう言っていた。

「それに、イオンは人間になれません。生存本能はありますが、人間が持つ利己的本能がありません」
「利己的本能とは、必要以上を求める行動のことか?」
「イオンは必要以上を望みません。人間以外の生命と同じで、生存に必要なものだけ持ちます。だから、イオンの心は未来を予測しても、楽しみに待つことはありません。不安になることもありません。イオンは今を見るだけです。それでは人間になれません」

 恨みも後悔もなく、楽しかった思い出を心の支えにすることもない。
 彼らにとって感情はその瞬間、瞬間の反応に過ぎず、自発的であっても永続性はないのか。

「必要以上に求めるその欲を捨てよと人間は説くのにな。お互い、無いものねだりだ」
「私に命令する声、イオンの脳である人工知能は、イオンの自我は機械を擬人化しただけだと答えています」
「擬人化?  その人格は、機械を人に見立てた人間側の錯覚だというのか?」

 イオンを「魂の器」とするならば本来喜ぶべき答えであるのに、私は落胆していた。
 イオンの微笑みは人を警戒させないためのプログラムだ。だが、今私が見るイオンたちの慈悲の眼差しは何だ?  私はこんなものは作っていない。ただの機械がこんな表情をするのか?
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