182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

66-(1)

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 ビデオの上映会が終わると、高瀬たちは帰って行った。立会人は最後まで挨拶も自己紹介もなく、ただこの場のやり取りを傍観しただけだった。

「高瀬さん、フォルダの中の論文は見せてもらえるのですか?」

 別れ際に研究棟の玄関前で声をかけた私に、高瀬はいつもどおりの表面的な笑顔を返した。

「まあ、あちらの事情もありますからね。いずれ」

 見せる気はない、か。
 背を向けた高瀬に、私は念を押すように言った。

「早川は、何も見ていません」
「部下思いなことで」
「高瀬さん!」

 わずかに振り向いた高瀬から笑顔は消えていた。

「承知していますよ」

 早川は無関係だ。それだけ了解してもらえれば、それでいい。
 研究棟内は静かだった。既に勤務時間外だ。ホールにはイオンたちしかいない。
 リツはソファに身体を預けたまま放心状態だった。
 昨日は本部であの高瀬と一緒だったから、さぞや緊張したであろう。訳もわからず、今日もつきあわされていた。

「お疲れ様」

 それだけ言って、リツの隣に座る。
 リツは私に気づかないのか、正面を見たまま動かない。高瀬に解放された直後からずっとその状態だ。
 私は深い溜息をついてソファの背もたれに頭を乗せたまま、目を閉じた。
 私がこの施設から出ることはほぼ不可能だ。笠原と同様、NH社とBS社の両方からマークされたはずだ。
 仮に出られたとして、国家からも狙われるのか?  ずいぶんと出世したものだな。
 ……人格移殖したアンドロイドが、人間に紛れて生きる。
 本当にそんな時代が来たのか。長生きした甲斐があったというものだ。
 カイがやったのなら、実際は人格データではなく魂の移殖ではないのか?  
   リツの実例がある。論文まで作ってわざわざ私に教えるなら、カイはきっとそこまでやる。
 相馬は一度あの世へ行って戻って来たから記憶が消えたのかもしれないが、私のようにこの世で魂を移せば、アンドロイドになっても記憶は残ったままのはずだ。だが、それで生き続けていると世間は認めるのか。
 まず無理であろうな。魂の存続を信じるはずもない。
 魂について書かれたあの論文を高瀬は私に見せる気などないだろうが、他の誰に理解できるというのだ。

「コピー完了しました」

 リツが疲れたように言った。

「え?」

 目を開けて隣を見ると、リツは私と同じ格好でソファの背もたれに頭を乗せ、ぼんやり天井を眺めていた。
 顔だけこちらに向けると、いたずらを成功させたような笑顔になった。

「教授……」

 相馬⁉︎

「……なんてね。僕は、なんにも覚えていませんよ」
「……知っている」
「ふふっ。なんか、相馬さんってカワイイですね」
「失礼だな」
「褒め言葉ですよ。相馬さん、用心深くて人と距離があるし平気でだますし、いつも周りを観察して疑っているみたいなのに、なぜか人を信じている感じがするんですよね。信じたい、かな?」
「イオンには心理カウンセラーが向いているのかもな」
「あ、待って下さい。ごめんなさい、怒らないで」
「怒っていない」

 ソファから立ち上がったもののリツに腕を掴まれ、しつこく謝られてもがいているとイオンたちが集まって来た。

「私も遊びたいです」
「混ぜて下さい」

 次々にしがみつかれて、なぜか七人で団子になってホールをふらふら移動するうちに、イオンたちが柔らかな感情を同調させ、その波で私を包んでいることに気づいた。
 邪気を払い、どこまでも穏やかに凪ぐ清浄の人。はるか昔に想像した「學天則」の眼差し。
   天界の住人のようなアンドロイドたちを見ながら、私はイオンという「魂の器」が完成したことを実感した。
   リツは、イオンの中で魂が生きられることを証明してくれた。アンドロイドの国家主席も、人格データではなく魂の移殖に違いない。
   全て死神がやったことだ。

『これが、お前の望んだ未来だ』

   死神は私の望みが叶うことを実際にやって見せつけた。そうして希望を与えておきながら、逃げられない状況に追い込み、私を刈ろうというのか。
   やっと私の望みが叶うという、今この時に絶望の淵に立たせるのか。

「先生?  何が悲しいのですか」   

 イオンたちは動きを止めて一斉に私を見つめた。
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