182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

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「相馬所長、ちょっとよろしいですか?」

 夕刻、研究棟の周りを軽く散歩して戻って来た私は、玄関で待ち伏せしていた早川に声をかけられた。
   早川はこの研究棟で中心メンバーの一人だ。長年大村と仕事をしてきて相馬よりかなり先輩だが、相馬が大村の後継として研究棟所長になってからは相馬の部下に徹していた。
 見るからに相馬を嫌っている。大村であった時には気にならなかったが、細身で背筋の伸びた隙のない立ち姿も切れ長の目もストレートボブの黒髪も、全てが刺さるようにトゲがある。
 プライベートで関わることはまずありえない。わざわざ外で待っていたのは、イオンたちに聞かせたくない話でもあるのだろう。

「本部から連絡が入りました。リツの持っていたメモリカードの件です。笠原という研究員が実施した人格移殖の記録と映像がいくつか入っていたそうです」
「早川さんは見ていないのですか?」
「……私はそういう立場ではありませんから」

 知っている。早川は、上層部にとって単なる連絡要員だ。

「それで……蘇った大村教授がいて、イオンの大村教授と……大村教授からリツに変化するイオンを見ながら解説している大村教授の姿が映っていて……」

 側聞しただけであろうに、早川は気分が悪そうだった。側聞の側聞である私も気分が悪くなった。

「それって、BS社がイオンに教授の人格を移殖しただけでなく、BS社製の教授そっくりアンドロイドまで作ってそこにも教授の人格を移殖したということですか?」
「そうなりますね」

 そんなデータを持ち出したら、BS社は黙っていないだろう。
 やはり笠原を消したのは、BS社か。

「それから、リツを事情聴取した際にプログラムをチェックしたそうなのですが……アクセスできなくなっていたようです」

 イオンは非接触でデータの送受信が可能だ。イオンは頭の中まで常に監視されているようなものだ。BS社で色々改造されて、こちらの機器で通信できなくなったのか?

「統括本部長が、所長に確認してもらいたいそうです」
「リツを触っていいのか?」
「統括本部長の立ち会いで、と条件がありますけどね」
「厳重だな。いつですか?」
「開かないフォルダを開けてからだと言っていましたよ」
「開かない?」
「実験の記録や映像の他に、フォルダがあったそうです。開こうとすると『所有者の氏名と生年月日を入力して下さい。エラーで即データ消去になります』っていうふざけたパスワード入力画面が出て……。さすがに『笠原大輔』はないだろうって」
「試せない」

 早川は呆れたようにうなずいた。

「今時そんな古いやり方って、何なんですか?」
「年寄りなんだよ」

 お互いに。お前とは長いつきあいになったものだな。
 私が楽しそうに笑うのを早川は怪訝そうに見ていた。

「氏名は『死神』。生年月日は『一九一三年十月二十四日』だ」
「え?」
「他は、ありえない」

 そう。死神が私を追うためにこの世に人間として生まれた日。私が吉澤識としての死後、小林建夫になった日だ。
   そのフォルダは、カイから私へのメッセージに違いなかった。
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