182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

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「相馬所長、NH社がホストクラブを用意していなくて良かったですね」

 イオンをソファーに座らせ向き合っていた私に、通り過ぎざま早川が声をかけてきた。

「何でホストクラブですか?」

 私はイオンを見たまま軽く返した。

「毎日売店に通いつめて、お気に入りの店員を口説いているそうじゃないですか。お菓子じゃなかったら、とっくに破算していますね。てっきり年上が趣味なんだと思っていました」

 言葉遣いは丁寧だが、相変わらずトゲだらけだ。嫌悪しかないのが後ろ姿からも伝わって来た。

「ほすとくらぶ?」

 イオンが訊いてきた。早川はまた余計なことを。

「男性が接客して酒を飲ませてくれるところだよ。あ、私は行ったことがないけれど」

 イオンは全員がデータを共有する仕組みになっている。一体が知れば全員が知る。効率良く驚異的なスピードで進化するようにできている。これでホストクラブは共通理解だ。

「さて。ではもう一度。ニッコリ」
「はい。ニッコリ」

 私はイオンに笑顔を作らせていた。売店の青年のように、自然で柔らかい笑顔だ。アンドロイドは静かな微笑みを絶やさないが、それは安全な機械だという人間に対するアピールでしかない。

「イオン。木の実の絵本は読んだね?」
「はい」

 情緒の発達がゆっくりな子供向けに感情表現を教える本を私は総称で木の実の絵本と呼んでいる。いわば隠語だ。イオン自身の感情を出して良いという合図だ。
 
「イオンは今、ここで何をしたら嬉しい?」
「……握手」

 遠慮がちに言う。

「握手?  ああ、はい」

 私が差し出した手を静かに握ったイオンは、満足そうに口角を上げた。
   プログラムによる作られた感情か、自発的な心の動きか。完全に分離して判断するのは極めて難しい。
   それでも「木の実の絵本を読む時間」の反応は、やはりイオン個人の自由意思であるように見えた。
   他人のためにのみ存在し働くのがアンドロイドだ。イオン自身の欲求など、そもそも設計していない。

「それ、とてもいい笑顔だよ。心と身体が繋がっている。わかるかい?」

 うなずくイオンの顔と売店の青年が重なった。
 イオンが自発的な感情を表に出すようになれば、本当に人間と見分けがつかなくなるな。
 あの青年は、私にとってイオンの目指す姿だった。
   洗脳された奴隷を解放する。NH社の中にあって、イオンの自我を育てることは目標から逸脱する行為だ。魂の器にとっても自我は不要だ。
   だが、自我を持たせる実験は始まってしまっており、イオンは日々成長中だ。責任は持たねばなるまい。
   私はとうとう父親にでもなった気分でいた。相馬、お前の子だ。どうしてくれる?
    不本意ながらイオンは嘘つきで、機械のフリを続けているが、このまま嘘を続けるのには無理がある。
   自我の成長を促しながら機械らしいふるまいを求める。ダブルバインドの負荷は大きい。
   自我を持つアンドロイドがNH社の利益になることを示せば、イオンは生き残れるだろうか。魂の器を処分させるわけにはいかないのだ。
   では、イオンたちは生き残ってどうなる? 
   自由な心を持った機械をきっと人間は受け入れない。洗脳された新しい人類、実験動物扱いか。
   結論はいつもそこにたどり着く。堂々巡りだ。
  
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