182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
上 下
104 / 200
2039ー2043 相馬智律

52-(2/2)

しおりを挟む
 上層部の事情は知らない。国の事情も知らない。この時代に大規模な戦争はめったに起きないが、NH社やBS社の軍事的需要が増えているのは確かだ。
 イオンの技術がいつ何にどの部分が使われていくのか、研究開発当事者の我々は知らない。全て本部と取引先の決めることだ。
 上層部の一声で、ある日突然イオンが連れて行かれても文句は言えないのだ。NH社は、使えそうな技術があれば何にでも応用し、需要があればいつでも供給する。現に、イオン技術を駆使した多肢体の軍用自律ロボットが実用化されているらしい。
 BS社も似たようなものだろう。両社とも、必要とあれば何でもやる。
 このたび刷新されたイオンのボディと良く似たものを私は知っている。BS社のアンドロイドだ。NH社が遅れをとっていた不安定な下半身が今回改善され、イオンはもはや裸体でも人間と見分けがつかないほど人間になった。
 現在BS社は、個人の思考や人格データをアンドロイドに移植する最終試験段階だと聞く。
 では、その被験者に誰がなる? 実験であれば、経歴や生活習慣、趣味嗜好や思想信条など全てを暴かれ検証される。倫理的問題をクリアできるのは、家族もなく闇に葬られたも同然の人間くらいだろう。
 実験を検証するためには、囚人のように監視され続けて思考や行動が全てデータとして残っていることが必要だ。
 だからこそ私は疑っている。大村の遺体はBS社に送られたのではないのかと。
 BS社なら、急に複製が必要になって死者からデータを抜き取る需要も想定しているはずだ。大村ほどの好材料は他になかろう。
 監視されていたのだから当然だが、大村が部屋で息を引き取って相馬が緊急コールした後、救急隊の到着も処置も驚くほど速く手際がよかった。
 あの時、私はすぐに部屋から追い出されたが、救急蘇生処置を施していた様子はなかったように思う。
 冷却保存。頭をよぎるが確証はない。
 イオンのボディ進化は、大村を被験者にするバーターではないのか。
 両社は競合に見えて研究の方向性が違う。共に、国と軍が関与する半官半民企業だ。上からの差配があってもおかしくはない。

「教授、お加減がよろしくないのですか?」

 イオンが声をかけてきた。研究棟内の一階フロアで自由な移動を許可されているイオンたちは、映画のエキストラのようにあちらこちらにたたずんでいる。
 かつて入院患者の点滴チューブのように繋がれていた配線は、もうない。
 イオンは美しく洗練された笑顔で自分から話しかける。自分から積極的に他者に近づく。
 プログラムされた人間的行動であるが、実社会においてはまだ恐怖と警戒を生むかもしれないな。

「久しぶりに外を歩いて疲れただけだよ。大丈夫」
「ゆっくりお休み下さい」
「ありがとう。ところで、私は教授ではないよ。君たちはいつも私を相馬先生と呼んでいただろう? 所長になっても教授にはなっていないから、先生のままだ」
「先生、ですか?」
「そうだ」
「教授は、先生になったのですか?」

 役職名と研究棟の所長という立場の不一致が混乱の原因か?

「イオン、どこか情報に不足や不確定があるか?」
「あなたは大村教授です。これからは大村先生と呼ぶのですか?」
「え?」

 イオンは、未解決の表情で不思議そうに私を見ている。

「大村教授はこの研究棟の所長のままです。何も変わっていません」

 イオンは私を大村だと断定していた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...