182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 相馬の仕事は速くて正確だ。自分で宣言したとおり、私が隠して相馬が見つけたイオンのブラックボックスは完全なステルス仕様となった。相馬は何も言わなかったが、私と彼だけは互いに理解した。
 相馬に過去を話した後、私は彼の来室を断った。死神は一度繋がってしまえば、毎夜でも私の元へやって来る。たとえ夢の中とはいえ、死神に支配される無様な姿を彼には見せたくなかった。
 何より私の身体が、一日の終わりに悲鳴を上げていた。夜が来るたびぐったりと重く、まるで濡れた毛布を被せられたような憂鬱さだった。精神も徐々に湿気を含み、沈みがちになっていた。

「シキ、俺と来い。お前はこの世を十分楽しんだろう?  いくらこうして俺のエネルギーを求めても、肉体には届かない。お前の肉体は、もはや器として機能しない」

 夢の中の死神は、私を優しく包んでささやく。目が覚めれば重い身体に押し込められた現実に絶望するしかない今、死神に抱かれ安寧を得る自分はもはや生きるしかばねだ。

「私は、あわれか?」

 精神が卑屈になるのも、肉体に支配される結果か。

「お前は美しかったな」

 ああ、この魂までも錆びついたのか。
 ほろほろと流れる涙は、自尊の心さえ溶かしていった。

「哀れ。だが、存在はなお尊い。シキ、お前は尊い。俺は決してお前を否定することはない。俺と来い。魂がそれ以上傷つく前に、帰るのだ」

   ……どこへ帰る? 

   私は天を見上げていた。
   死神の影が、私の見る先を静かに指し示す。
   天は暗く、何も見えない。これが私の夢の中だからなのか。望めばあの先が見えてくるのか。
   身体が軽くなったような気がした。このまま浮かび上がれば、暗い天の向こうまで行くことができる。
 帰るのか……。

 ……教授……教授!

 誰かが私を呼んでいる。死神ではない誰かだ。
 意識が混濁していく。夢と現実とが混ざり合い、うねり、揺らぐ。

「教授!」
「……シキ!」

 ばっと目を開くと、いつもの白い天井が見えた。同時に二つの声に呼ばれた気がするが、こちらは現実だ。
   私は死神を振り切ったのだ。
   自室のベッドの上で、私は相馬に固く抱きしめられていた。

「ああ、呼んだのは君だったのか。相馬君」

   相馬は無言でうなずいた。彼の腕も身体も震えていた。
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