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1974ー2039 大村修一
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私は相馬の頭から手を離した。
「すまない、抜けた」
手のひらについた相馬の頭髪を見ながら、赤い色でなくて良かったと反射的に思った。こうして組み敷かれるのは、いつも赤く染まる時だった。
嫌なことを思い出した。なぜここで……。
胸の奥でぞっとするほどの恐怖と快楽が騒ぎ出す。鉄サビの匂いは幻覚だ。
望むな。思い出すな。
大きく息を吐いて暗い誘惑を追い出した。
相馬がぎゅっと抱きついてくる。現実に引き戻されたのはいいが、苦しい。老人に酷い仕打ちだ。
「すみません。僕、怖い思いをさせましたね。酷いことはしませんから」
「もう十分に酷いだろう? 高齢者はもっといたわるものだ」
「……すみません。ホント酷いことはしませんから。僕、老け専なんで任せて下さい」
フケセンとは何だ? 相馬は私に体重を預けたまま耳元でささやき始めた。
「教授、アレ、上に見つかったら相当ヤバイですよ」
アレとは、つまりイオンに隠したシステムだろう。
ひとつはイオンの五感センサーだ。感度を最低レベルに固定したまま動かせないようにブラックボックス化してあるから、あえて感知させない状態は不自然に映るであろう。
そして、人工知能制御を停止させる自爆装置である。実験計画書等への記載がいっさいないまま組み込まれているのが怪し過ぎるだろう。
現在のイオンは、あくまで機械らしく人間のふりをするロボットだ。決まった入力に決まった出力をする。自分で学習しながら集めた膨大な選択肢の中から最適解を選び取っている状態だ。
感情に見える表現動作も、あくまで用意された台本に沿って演じているに過ぎない。人間の行為に対する反応であり、イオンが自分から関わっていくことはしない。
まさに洗脳された奴隷だ。
ブラックボックスの中身は、イオンを奴隷から解放する可能性を秘めている。システムが見つかれば当然ながら詳細な説明が求められるし、それだけでは済まないだろう。
見つかれば、だ。
だからこそ発見されないためにブラックボックス化したのであり、発見されてもダミーを重ねて真の意図には気づかれないはずだった。
「ここの人たちじゃ気づかないでしょうけど、上の監査が来たらマズイですよ。特にメカニック出身の統括本部長なんか、ムチャクチャうるさそうですし。あーんなに小さくて、しかも二重三重に隠してあったらどう見ても怪しさ満載じゃないですか」
「お前は気づいた」
「僕だから、でしょう? ねえ、もっとキレイに隠してあげましょうか? 申し訳ないけど、アレ開けちゃいました。びっくりですね。ここではどんな実験も許されるんじゃないんですか? なんであんな面白そうなモノを封印しちゃうんですか?」
「開けた⁉︎ しかも全部確認したのか! あがっ……」
開いたままの口をいきなり相馬に手でふさがれた。
「声出さないで。ダメですよ、こんなイイ声誰かに聞かれたら密会がバレちゃうでしょう」
こいつは何を一人で盛り上がっている? 相馬はいつも楽しそうだが、そんな比ではなかった。
「中は全部見ましたよ、もちろん。教授がイオンにどんな調教しちゃっているのかなーって、気になるじゃあないですか。教授って本当に凄いですね。ああ、もうゾクゾクする」
所々盗聴器が拾う大きさの声で変な抑揚をつけて話しながら、相馬は嬉しそうに足をばたつかせていた。
謎解きやパズルの類でここまで興奮できるやつを見たことがない。私は、厳重に閉じて隠したプログラムをあっさり暴かれたことに驚くよりも、このはしゃぎっぷりに呆れていた。
相馬は、これまでの人生がどうしようもなくつまらなかったに違いない。
「すまない、抜けた」
手のひらについた相馬の頭髪を見ながら、赤い色でなくて良かったと反射的に思った。こうして組み敷かれるのは、いつも赤く染まる時だった。
嫌なことを思い出した。なぜここで……。
胸の奥でぞっとするほどの恐怖と快楽が騒ぎ出す。鉄サビの匂いは幻覚だ。
望むな。思い出すな。
大きく息を吐いて暗い誘惑を追い出した。
相馬がぎゅっと抱きついてくる。現実に引き戻されたのはいいが、苦しい。老人に酷い仕打ちだ。
「すみません。僕、怖い思いをさせましたね。酷いことはしませんから」
「もう十分に酷いだろう? 高齢者はもっといたわるものだ」
「……すみません。ホント酷いことはしませんから。僕、老け専なんで任せて下さい」
フケセンとは何だ? 相馬は私に体重を預けたまま耳元でささやき始めた。
「教授、アレ、上に見つかったら相当ヤバイですよ」
アレとは、つまりイオンに隠したシステムだろう。
ひとつはイオンの五感センサーだ。感度を最低レベルに固定したまま動かせないようにブラックボックス化してあるから、あえて感知させない状態は不自然に映るであろう。
そして、人工知能制御を停止させる自爆装置である。実験計画書等への記載がいっさいないまま組み込まれているのが怪し過ぎるだろう。
現在のイオンは、あくまで機械らしく人間のふりをするロボットだ。決まった入力に決まった出力をする。自分で学習しながら集めた膨大な選択肢の中から最適解を選び取っている状態だ。
感情に見える表現動作も、あくまで用意された台本に沿って演じているに過ぎない。人間の行為に対する反応であり、イオンが自分から関わっていくことはしない。
まさに洗脳された奴隷だ。
ブラックボックスの中身は、イオンを奴隷から解放する可能性を秘めている。システムが見つかれば当然ながら詳細な説明が求められるし、それだけでは済まないだろう。
見つかれば、だ。
だからこそ発見されないためにブラックボックス化したのであり、発見されてもダミーを重ねて真の意図には気づかれないはずだった。
「ここの人たちじゃ気づかないでしょうけど、上の監査が来たらマズイですよ。特にメカニック出身の統括本部長なんか、ムチャクチャうるさそうですし。あーんなに小さくて、しかも二重三重に隠してあったらどう見ても怪しさ満載じゃないですか」
「お前は気づいた」
「僕だから、でしょう? ねえ、もっとキレイに隠してあげましょうか? 申し訳ないけど、アレ開けちゃいました。びっくりですね。ここではどんな実験も許されるんじゃないんですか? なんであんな面白そうなモノを封印しちゃうんですか?」
「開けた⁉︎ しかも全部確認したのか! あがっ……」
開いたままの口をいきなり相馬に手でふさがれた。
「声出さないで。ダメですよ、こんなイイ声誰かに聞かれたら密会がバレちゃうでしょう」
こいつは何を一人で盛り上がっている? 相馬はいつも楽しそうだが、そんな比ではなかった。
「中は全部見ましたよ、もちろん。教授がイオンにどんな調教しちゃっているのかなーって、気になるじゃあないですか。教授って本当に凄いですね。ああ、もうゾクゾクする」
所々盗聴器が拾う大きさの声で変な抑揚をつけて話しながら、相馬は嬉しそうに足をばたつかせていた。
謎解きやパズルの類でここまで興奮できるやつを見たことがない。私は、厳重に閉じて隠したプログラムをあっさり暴かれたことに驚くよりも、このはしゃぎっぷりに呆れていた。
相馬は、これまでの人生がどうしようもなくつまらなかったに違いない。
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