182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

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 公使館まで戻り宮田と別れると、加藤が距離を詰めてきた。

「もっと離れろ」
「宮田様が何かおっしゃいましたか」
「いや」

 加藤は私の意思に関係なくつき従う影だ。気にかけるな。
 今日歩くと言ったのは私だ。当然、加藤は護衛につく。私と二人の時はいつもこの間合いだ。別段変わったことはない。
 背後からの視線は相変わらず強く絡みつく。家まではまだ距離がある。
 いつも。いつも。いつも。いつも。
 私の思考を乱す存在感が鬱陶しい。
 加藤を頭から追い出し、別のことを考える。
 ああ、本国へ報告を出す頃合いだな。
 宮田について書く必要はない。私の職務の範囲は、あくまで世情だ。
 共存共栄か。あれの理想は崇高で尊い。だが、ここは大陸だ。寺の講釈ではないのだ。
 宮田は本気で言っていたのか。たとえ本気でも、現実は見えているはずだ。
 あれは大陸の人間と手に手をとって共に真の繁栄を目指したいのだろうが、本国の政治はこの国を支配下に置こうとしている。そもそも宮田は、大陸に加担する軍内部の裏切り者を調査するため派遣されたのではないか。第二部から私にもてなしの依頼まであったということは、かなり深刻な事態を扱っているはずだ。理想や願望で目を曇らせることはなかろう。
 宮田はたびたび遠方まで出かけていく。私が宴席を設けた後数週間は姿を見せなくなる。
 ふらりと帰って来ては長旅の慰労会の如く二人で酒を酌み交わし、すぐにまた地方へつ。
 ……何度繰り返した?
 私から見れば数ある交遊のひとつでしかない。だが、宮田の行動をたどれば、公使館にいる時期に個人的接触があるのは今のところ私のみだ。宮田に請われて情報提供をしている以上断ることはできないが、宮田を探る者がいれば私は確実に目をつけられるだろう……。

「鬱陶しい」

 私は思わず振り返っていた。
 加藤は少し驚いたように私を見た。私も驚いた。何を苛立いらだっている?

「お前の視線が鬱陶しい。横を歩け」

 加藤の反応を待たずに歩き出したが、すぐに加藤は並んで歩調を合わせた。
 私と常に行動を共にし、常に従う存在。まともに言葉を交わしたことなどない。

「……私の行動をけいに聞かせるな」

 以前、経が加藤の軽口を気にしていたのを思い出した。
 加藤はわざとやっている。他の使用人に行く先々を言いふらすのも、私の行動を周囲に印象づける加藤の工作の一環だろう。
 加藤の言うことは、半分本当で半分嘘だ。酒席や見世物に出かけるのは本当でも、明かせない面会だけは敢えて触れずに行動歴から抜く。聞かされた者は、極秘の面会はなかったと錯覚する。
   取捨選択は加藤の判断だ。第二部の指令に沿ったものだから、余計な醜聞艶聞はそのまま面白おかしく伝わっていく。

「慎みます」

 加藤はそれだけ言った。
 どうせ加藤は慎まない。
 私がそう思うのを見越したような返事に苛立ちが増す。何より加藤が全く動じていないのが、余計に腹立たしかった。



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