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26 sideスティーブン・俯瞰視点

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―――時は戻って、ここはサルベージル王国の貴族牢。

ここには元アバント伯爵であるスティーブン・アバント、元アバント伯爵第二夫人であるナディア・アバント、元アバント伯爵令嬢であるサリフィア・アバントに元第一王子であるバラモース・ディル・サルベージルが一人ずつ入っている。

貴族牢と言うことで一般牢よりはマシな造りになっている。
普通のベッドにローテーブルに椅子、目隠しをされたトイレが完備されている。

一人ずつ入っているのは互いに話も喧嘩も何も出来ないようにするためだ。
罪の擦り付け合いなど見苦しいものを見たくないし、聞きたくもないと言うのもあるが、下手な企ても出来ないようにするためでもあるし、一人でいることで自身の罪と向き合わせ、反省させると言う目的もある。
まぁ、こんなことで反省するものはあまりいない。

元アバント伯爵であるスティーブン・アバントは椅子に座り、項垂れていた。
彼は自身に起きたことを認められていない。

第一夫人であるマリリンの事は本当に大商会の娘としか思っていなかった。
確かに第二夫人となった元々の恋人であるナディアとは両家にすら話はせずに付き合っていたし、身体の関係もあった。
子供サリフィアができた時は流石に両家に話をして結婚しないといけないとは考えていた。
スティーブンとナディアは共に婚約者などいなかった、なのに、平民のような恋を楽しんでいた。
貴族としての責任とかを考えたことがなかったのだ。
ただ、貴族であるから裕福に、苦労なく過ごせると、子供のように思っていたのだ。

だから、マリリンとの結婚が急に決まった時は信じれなかった。
貴族でもない相手と命令で結婚することに納得せず、両親の話など全く聞いていなかった。
もし、ここでちゃんと話を聞いていたら変わっていたのかもしれない。
スティーブンはそう思わずにはいられなかった。

スティーブンはこの牢に入ってからやっとマリリンと結婚する前に両親から口を酸っぱくするほど言われていたことを思い出していた。

「良いか、スティーブン。表向きはマリリン様は商会のご令嬢と言うことになっているが、それはご自身の商会の経営を継続して行いたいというマリリン様本人の希望でそう決まっただけでマリリン様は隣国ドラゴニス王国の第二王女様なのだ。夫婦になるとはいえ、敬意を欠いたようなことは絶対にするでないぞ」
「………………」
「スティーブン!聞いているのですか?!」
「っ!はい。聞いています…父上、母上」
「……はぁ。本当に大丈夫なのかしら?マリリン様のご不興をかうのでは?」
「しかし、我が家ぐらいしか婚約者の決まっていない家はない。遺憾なことであるが今回ばかりは婚約者を決めなかったスティーブンを怒れないのだ」
「そうですわね。全く、スティーブン。本当にちゃんとしてください!マリリン様に失礼なことはしないでくださいよ」
「……はい。母上」

何度もこのように言われ続けていた。
そして、やっと気づいた。
両親は終始マリリンのことを『マリリン様』と敬称で呼んでいた。
それはアバント伯爵家より上位の家柄や立場でないと使われない。
ましてや、それはマリリン本人が居ない時でも自然に使われていたのだ。
敬意を常に表していたのだ。

そして、マリリンはただの商会のご令嬢とするには所作や仕種に言葉遣いから違っていた。
貴族に会わせた丁寧な言葉遣いではなく、王公貴族が使う言葉遣いだったのだ。
お茶一つにしても洗礼された所作を見せていた。

そう、見る人が見ればマリリンが商会のご令嬢でないことは分かりきっていたのだ。
それすらも見抜けなかった……いや、見ようとしなかった。

「……私は何も見ていなかった……私は、ナディアと一緒に居れれば良かった……貴族の責務なんて考えたこともなかった……そんな事しなくても貴族だから生きていけると思っていた」

スティーブンは思っているとこを口に出していた。
一人でいるこの牢はあまりにも静かで、気が狂いそうになるので、スティーブンは自分の考えや思いを口にするようにした。
そして、口にすることで見つめ直す結果になった。

「マリリンは邪魔だと思っていた……ナディアと生活するのに邪魔だと…………違う。何も邪魔なんてなかった、マリリンは私たちの生活に交わることはほとんどなかった…………そう、高価な物を複数購入するとか、パーティーやお茶会等の話だけだ……マリリンが関わってきたのは」

マリリンは必要最低限の交流しかスティーブンやナディアとしなかった。
そこにやっとスティーブンは気づいた。
自身がマリリンを『妻』として受け止めなかったように、マリリンもまたスティーブンを『夫』として見てなかった。
マリリンは『伯爵第一夫人』としての仕事を、『大商会の会長』としての仕事を、『伯爵家当主代理・・・・』としての仕事をこなしていたのだ。
そして、マリリンが大切にしていたのは血を分けた愛娘であるエリアンティーヌだった。

エリアンティーヌには将来困らないように出きるだけのことを進めていた。
アバント伯爵家は第二夫人であるナディアの娘であるサリフィアが継ぐ事になるからあえてマリリンは手を出さなかった。
教えをこうなら教えていただろうが、貴族としての責任や責務を理解していないスティーブンとナディアだったのでそんな考えはなかった。

「私はマリリンがしていることは貴族には関係ないことだと考えていた……だけど、マリリンがいなくなり、貴族にも仕事があるとわかったから、フォルクスに覚えさせようとした…………ああ、私が覚えなければならなかったのか。伯爵は、当主は、私だから……私がまずはしなければならなかった……父上とマリリンがしていたことを、全て」

スティーブンは国王たちに言われたことも思い出していた。
そして、やっと結論に出た。
そう、伯爵位を父親から継ぐ時に……いや、継ぐための準備としてしなければならなかったのだ。
その答えにやっと行き着いたのだ。

「私は、マリリンに教えて貰わなければならなかった……伯爵としての仕事を。その前に父上の教えをしっかりと聞いていなければならなかった。何より、学院での勉学をちゃんと修めておかなければいけなかった」

スティーブンは貴族の子息令嬢が通う学院に通ってはいたが、最低限の成績しかなかった。
遊びたい放題だったのだ。

「私はマリリンを『妻』として敬わなければならなかった。貴族の結婚は家同士の繋がり……分かっていたはずなのに、金に困っていないのに商会の娘を妻にするのが嫌だった。情けないと思っていた。でも、違う。『王命』で商会の娘を当てられることなどあり得ない。そんなの誰にでも分かることだ……その分かることを私とナディアは分からなかった」

スティーブンは涙を流した。
その涙は自身の不甲斐なさや勉強不足やマリリンたちに対しての申し訳なさなどがごちゃ混ぜになって流れた涙だった。
スティーブンはここにきてやっと罪悪感や後悔が出た。
そして、マリリンやエリアンティーヌやフォルクスに対して謝罪の言葉が溢れ出た。

「すまない。すまない。マリリン……くずっ…すまない、エリアンティーヌ…フォルクス……っ…私は、愚か者だ……ずっ…こんなことに何十年も、気付かないなんて……くずっ…ごめんなさい、父上…っ…母上…くずっ……バカな息子で、ごめんなさい……」

スティーブンは牢で過ごす時間を懺悔のようにマリリンにエリアンティーヌにフォルクスに両親に泣きながら謝り続けた。

そして、スティーブンは窓には鉄格子がはめられ、外からも内からも隠された護送用の馬車に乗せられて強制労働先である最北端のダリーホックに送られた。







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