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3.丘海ライトレール
妙案
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デザインセンターでの意見交換は回が重なり、出たり入ったりを繰り返しながらも参加者の層も厚くなっていった。開業予定の日まで、あと一年になろうとしているある日、これまでに出された提案を持って、協議会と会社とを交えた打合せに佐良は臨むことになった。
「まだ間に合うかどうかわかりませんけど、駅前に広い敷地が確保できる場合は駐車場を設けて『パーク&ライド』をぜひ、ですとか、駐車場がダメなら駐輪場を充実させて、駐輪料金はICカード?で払えるようにして、運賃とセット割引に、ですとか……」
「そうですね。パーク&ライドは需要見合いである程度設けるつもりではあります。駐輪場の今のご提案は良さそうですね。IC乗車券は沿線の商店街とも共通利用する可能性を含めて考えていたところですし」
社長が直々に話を聞いてくれるというのは、提案者冥利に尽きる。
「駅やその周辺のことを知ってもらうために、こまごました案内地図を設けるのと、できれば往年の写真パネルも組み合わせて懐かしんでもらってはどうか、といった話も出ました」
「なるほど。では、昔の地図も合わせて掲示しますか? スポンサーが付けばの話ですけど」
「スポンサーですか。昔みたいに地元の有力者が、って訳にはいかないんでしょうかね」
佐良はほんの軽口でそう言ったまでだが、小浦は重く受け止め、
「そういった目に見える案内や掲示物があればまた変わってくるんでしょうけど、地域がどの程度乗り気なのかがまだよくわからなくていけません。沿線企業も様子を見ている観が強いですしね」
と明かすのだった。
「近々車両や駅の最終案が出てくるそうだから、それ次第じゃないか」
徳久はどこか他人事のようにそう言う。
「デザインを確定するところから、できるだけ地元企業に入ってもらって、一緒にいいものをつくっていこう、って具合になると思ってるんですがね。ただね、路盤の工事が進捗して形になってきている割にはどうも手応えを感じないんですよ」
「社長さんがそんな風に感じてたとはねぇ。まぁ、それは私も当初思ってたことだから。でも少なくとも丸町周辺では今は意識が上がったと思うわ。他にもほら、こんな意見も……」
地域の貴重な意見の数々だが、それは電車ができるに当たってのものである。今はむしろ、いかにしてプロデューサーを増やすか、という点で妙案がほしい。それが社長以下、会社側の偽らざる本心である。
いつになくおとなしくしていた社長夫人が静かに言う。
「佐良さんみたいな人が沿線のあちこちにいれば、とは思うけど」
「何の何の、私はお節介なだけ。そういうことは沿線協議会の方が上手よ。ねぇ?」
佐良はすかさず話を振った。徳久は一瞬目を剥くも、素直に応じるしかなかった。
「ご用聞きに回るかね、長谷田君」
妙案に当たるものに行き着いたのは、その後しばらく経ってからのことである。庄はこう言う。
「どこか冷めた感じがあるとすれば、それは必要性や利便性が伝わってないから、かも知れませんね。一口に便利になる、ってだけじゃなくて、その根拠も合わせてアピールする。ちょっとは変わってくると思います」
「経済効果とか沿線人口の予測とか、じゃなくて、か」
徳久のこの問いに、会社諸氏も同調し、頷いている。庄は続ける。
「バリアフリーとか、福祉面の観点も大事ですが、より広く生活者視点の意義を訴えるんですよ。例えば、郊外の大型ショッピングセンターを引き合いにしましょう。生活に便利なので、ショッピングセンターの周辺部で人口が増える、でもそこに暮らす人たちの勤務地は都市部です。自家用車で出勤する人がいる一方で、バスで通う人も大勢いる。郊外から中心地という流れが厚みを増し、朝夕は慢性的な渋滞が起こる。バスが使えないとなると自分で車を動かすしかない、けどそれじゃ悪循環です。そこで!なんですよ」
「折り込み済みのつもりでしたが、そういう説明の仕方はしてなかったですね」
社長も認めざるを得なかったようだ。
同じ人数が移動するのに必要な容積はLRTの方が格段に小さくて済む。その数字を詰めつつ、渋滞緩和の効果を明らかにすることがここで改めて確認された。
「自分がわかってるもんだから、説明するまでもないって。主人はそういうことがままあります。私も愚妻ですが、どうか免じてやってくださいまし、ホホ」
電車ありきでも構わない。だが、裏付けがないことには進むものも進まない。経済性や快適性で具体的な根拠が示され得るのであれば、とりあえずは結構なことだ。とりまとめた提案を出せたのはもちろん大きい。だが、機運を高めるための一つの解が出たこともまた大きかったのである。
「まだ間に合うかどうかわかりませんけど、駅前に広い敷地が確保できる場合は駐車場を設けて『パーク&ライド』をぜひ、ですとか、駐車場がダメなら駐輪場を充実させて、駐輪料金はICカード?で払えるようにして、運賃とセット割引に、ですとか……」
「そうですね。パーク&ライドは需要見合いである程度設けるつもりではあります。駐輪場の今のご提案は良さそうですね。IC乗車券は沿線の商店街とも共通利用する可能性を含めて考えていたところですし」
社長が直々に話を聞いてくれるというのは、提案者冥利に尽きる。
「駅やその周辺のことを知ってもらうために、こまごました案内地図を設けるのと、できれば往年の写真パネルも組み合わせて懐かしんでもらってはどうか、といった話も出ました」
「なるほど。では、昔の地図も合わせて掲示しますか? スポンサーが付けばの話ですけど」
「スポンサーですか。昔みたいに地元の有力者が、って訳にはいかないんでしょうかね」
佐良はほんの軽口でそう言ったまでだが、小浦は重く受け止め、
「そういった目に見える案内や掲示物があればまた変わってくるんでしょうけど、地域がどの程度乗り気なのかがまだよくわからなくていけません。沿線企業も様子を見ている観が強いですしね」
と明かすのだった。
「近々車両や駅の最終案が出てくるそうだから、それ次第じゃないか」
徳久はどこか他人事のようにそう言う。
「デザインを確定するところから、できるだけ地元企業に入ってもらって、一緒にいいものをつくっていこう、って具合になると思ってるんですがね。ただね、路盤の工事が進捗して形になってきている割にはどうも手応えを感じないんですよ」
「社長さんがそんな風に感じてたとはねぇ。まぁ、それは私も当初思ってたことだから。でも少なくとも丸町周辺では今は意識が上がったと思うわ。他にもほら、こんな意見も……」
地域の貴重な意見の数々だが、それは電車ができるに当たってのものである。今はむしろ、いかにしてプロデューサーを増やすか、という点で妙案がほしい。それが社長以下、会社側の偽らざる本心である。
いつになくおとなしくしていた社長夫人が静かに言う。
「佐良さんみたいな人が沿線のあちこちにいれば、とは思うけど」
「何の何の、私はお節介なだけ。そういうことは沿線協議会の方が上手よ。ねぇ?」
佐良はすかさず話を振った。徳久は一瞬目を剥くも、素直に応じるしかなかった。
「ご用聞きに回るかね、長谷田君」
妙案に当たるものに行き着いたのは、その後しばらく経ってからのことである。庄はこう言う。
「どこか冷めた感じがあるとすれば、それは必要性や利便性が伝わってないから、かも知れませんね。一口に便利になる、ってだけじゃなくて、その根拠も合わせてアピールする。ちょっとは変わってくると思います」
「経済効果とか沿線人口の予測とか、じゃなくて、か」
徳久のこの問いに、会社諸氏も同調し、頷いている。庄は続ける。
「バリアフリーとか、福祉面の観点も大事ですが、より広く生活者視点の意義を訴えるんですよ。例えば、郊外の大型ショッピングセンターを引き合いにしましょう。生活に便利なので、ショッピングセンターの周辺部で人口が増える、でもそこに暮らす人たちの勤務地は都市部です。自家用車で出勤する人がいる一方で、バスで通う人も大勢いる。郊外から中心地という流れが厚みを増し、朝夕は慢性的な渋滞が起こる。バスが使えないとなると自分で車を動かすしかない、けどそれじゃ悪循環です。そこで!なんですよ」
「折り込み済みのつもりでしたが、そういう説明の仕方はしてなかったですね」
社長も認めざるを得なかったようだ。
同じ人数が移動するのに必要な容積はLRTの方が格段に小さくて済む。その数字を詰めつつ、渋滞緩和の効果を明らかにすることがここで改めて確認された。
「自分がわかってるもんだから、説明するまでもないって。主人はそういうことがままあります。私も愚妻ですが、どうか免じてやってくださいまし、ホホ」
電車ありきでも構わない。だが、裏付けがないことには進むものも進まない。経済性や快適性で具体的な根拠が示され得るのであれば、とりあえずは結構なことだ。とりまとめた提案を出せたのはもちろん大きい。だが、機運を高めるための一つの解が出たこともまた大きかったのである。
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