海線丘線

葦原蒼市

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3.丘海ライトレール

軌道

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 沿線住民にはまだまだ温度差があるように感じられるも、丘線側の工事は着々と進み、着手し得る限り複線化という目算も現実味を帯びてきた。いよいよ年は変わり、海線側の工事もじきに始まる。庄が館を訪れたのは、そんな年明け間もない頃だった。
 「本来なら協議会挙げてご挨拶に伺うべきところ、すみません。本年もひとつ……」
 「まぁまぁハセショーさん、そんな改まらなくていいのよ。こっちもお世話になってるんだし」
 「いえ、ミーティングは実質的に佐良さんに仕切ってもらってますし、そのとりまとめまで」
 「今年は子供たちも交えて、もっと踏み込んでみるつもり」
 「子供たち、ですか」
 「そうよ、自分たちで支えるって意識を早いうちに持ってもらった方がいいでしょ? 任せて頂戴。だいたい協議会の皆さんはあっち側でやること残ってるでしょ?」
 「おかげ様でトランジットモールの方は順調なんですが、その先がね。ごねて吊り上げようってのがいるらしくて、難航してるんですよ」
 「資材置き場とか倉庫ばかりだと思ってたら・・・・・・」
 「港湾施設は老朽化してるのが多いんで、わりと早く話がついたんですが、コンビニとかになってるのもあって」
 「廃線の上に店?」
 「いえ、線路部分は舗装して駐車場になってますね」
 「電車が通らなくなってもしばらくは貨物用で使ってたから、まだそんな感じで済んでるのね」
 「佐良さんにも見てもらえれば、とは思ってましたが、どうです? 一度」
 佐良はしばらく考えて、首を横に振った。
 「冬場でも陽射しはあるだろうから……海はきっとダメね。それに海風もあんまりだし」
 「そうですか。それは前から?」
 「あまり自覚はなかったけど、ここ何年か? 婦人病みたいなものよ、多分」
 すずの温泉療治が少しは効くのがわかり、医者に診てもらうことなく今日まで過ごしている。時に節々に違和感を覚えるも、それは電車を動かさなくなったため、と決め込んでいた。
 「具合が悪い時は呼んでください。迎えに来ますから」
 「ありがとう。皆さんによろしくね」

 その夜、佐良は久しぶりに夫君の夢を見た。海線であることは確かだが、見覚えのない駅から、その懐かしい一輌は発つ。運転するのは夫君だ。佐良は何とか追いつこうと駆け出すが、徐々に加速し、そのまま港の先へ消えてしまう、そんな夢だった。
 『三明さん……』
 海へ行けない余念は自分が思っていた以上に強かった。丘と海がまたつながることはわかっていても、今の佐良にとって海は遠い存在なのである。

* * * * *

 協議会、会社、役所の交渉の甲斐あって、私有地云々の件は決着した。電車復活に要する用地がようやく確保されたことになるが、ここまでずれ込むのは想定の外だった。すでに春先、しかも海線については単線区間が大半で、交換駅を増やすことで一定の本数を走らせるという暫定である。遅れを挽回する上で、敷設する線路が少ない方がいい、というのは浅薄というものだ。どうせ敷くなら本格的なものを――これは港電気軌道の創業家らの考えであり、当時はその先見性が奏功し、貨物も旅客も大いに増え、港も活況を呈したものである。その精神を知る者にとって、今回のこの決定にはどこか歯がゆいものを感じるほかなかった。
 「知っての通り、若杉家は海線一族の系譜。遠縁ではあったが、不肖、若杉徳久は志賀社長から沿線のことを託された身だ。何とか早期に全線複線をって考えるのは当然だろ?」
 何か話があると、記念館に駆けつけるのがこの人の性分である。
 「いいじゃない、メド立ったんだし。軌道に乗って乗客が増えればまた工事もしやすくなるでしょうし」
 「軌道が軌道に乗るってか。おさよさんも面白いこと言うなぁ」
 「今日は何よ。わざわざ冗談言いに来たの?」
 「いやいやまたご相談さ。ま、何はともあれ開業が視野に入ってきたんでな、その日の前後のイベントをどうするかって話よ」
 「またずいぶんと気の早い……」
 「おさよさんなら知ってるだろ? 路面電車の日」
 「六月だったかしら」
 「そう、来年の六月十日、それが今のところの開業目標さ。それでその前日にちょっとした語らいの場とセレモニーをしようって話になった。どうだい?」
 「その時ちゃんと動ければね。手伝えることは手伝うわ」
 「動ければって、何からしくないなぁ。ま、もしかするとあの旧型モハを動かしてもらうかも知れないんで、よろしく頼むよ」
 「え? 私、本線用の免許は持ってないわよ」
 「今つくってるレールパークでの話さ。試乗会っていうか、今度こそ乗り納めっていうか、まぁまだ予定だけどな。あれを動かせるのはおさよさんしかいないんだし」
 乗り納め、つまり佐良にとってはラストランになる。だが、また列車を動かせるというのは、たとえそれ一回であっても大いなる希望であることは確かだ。
 『その日に向けてまた訓練しようかしら』
 重量二十噸余り、定員百名ほど。クリーム一色のそのモハは、車体の色に似た春の陽だまりを浴びながら引込線でじっとしている。その様は、運転士がまた席に着くのを待ちわびているようにも見える。
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