海線丘線

葦原蒼市

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2.公共交通

コミュニティ・アイデンティティー

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 初夏の週末、複数の会場で説明会は開かれた。佐良は、丸町の会館で開催された回に出向き、すずと合流した。利害関係者が少ないためか、やはり関心が希薄なせいか、単に皆、何処かへ出かけてしまったか、参加者はそう多くはない。開き甲斐のない説明会が行われることになる。
 沿線協議会の面々も些か拍子抜けしたようで、あまり熱が入っていないことが窺い知れた。ただ、牽引役の小浦社長だけは違った。
 「電車は地域の足であるとともに、地域をデザインする上で基本となるものです。皆さんがご利用になれば、もちろんお客様になりますが、デザイナー、いやプロデューサーという立場もどこかで意識してもらって支えていただければ、と思います」
 語り口は静かだが、熱意を感じさせる弁が続き、中でも挨拶の締めの方で出たこの一節は、佐良の心を打った。こうした話は、協議会からもあまり聞いたことがない。当事者意識を持つ、という点で大いに投合するものを感じたのだ。
 間を置いて、すずが声をかける。
 「デザインって、どういうことかしら?」
 「おすずさんなら、わかるんじゃない? 旅館をどう良くしていくかってことに通じる気がするわよ」
 「おもてなしの心を形にするのがデザイン?」
 「電車を利用する人へのおもてなしってとこかしらね。それを沿線全体で」
 「公共交通って、そういうものかしら・・・・・・」
 「私は何となくわかるわ。父が言ってた。観鉄は皆の共有財産だ、皆で良くするんだ、その意識があるうちは地域は廃れない、って」
 「三ッ口みつくち助信すけのぶ、かく語りき、ね」

 予め吹き込まれていた話がそこそこあったので、説明会当日に当惑することが少なくて済んでいるのはよかった。だが、会社担当者の説明が佳境に及ぶと、そう落ち着き払ってもいられない。港電気軌道、つまり海線側の計画はレールパークばかりではなかったのだ。
 配られた資料を改めて見ると、歩道橋を撤去した跡地を活かし、かつての丘線の終点に当たる駅を新たに設け、二面三線で列車を捌くことになっている。同駅からJRの下を通り、海線の廃線跡を辿っていくことになるが、丘線側と異なり、事業用地を易々と確保できない見通しから、初年度は単線での運行をめざす、ともあった。
 「部分的にバスレーンになっているので、メドが立たない訳ではないのですが、私有地になっている箇所も多く、特にターミナルの北側はかつての区間を走るのは困難と判断しました。そこで……あ、社長、何か?」
 小浦が挙手し、再び壇上に立つ。
 「ありがとう。ここからは私が説明します。ご存じのように駅前大通りを改造、と言いますか縮小する計画が浮上してですね。自動車の通行は抑える、逆に電車を通す、そんな話になりそうです。迂回する感じになりますが、ここを通る意義は大きい。お店との距離が縮まり、買い物に行くのに便利になります。これをトランジットモールと言いまして、欧州では一般的です。なお、車との併用軌道は、何とかここだけにとどめる予定です」
 身を乗り出すように聞いていた佐良とは対照的に、すずは背もたれに身を預けるようにしつつ、首を傾げていた。
 「できてみないことにはわからないわね」
 「でも、街の計画の中に組み込む、ってのはいい発想だわ」
 「あとで社長夫人つかまえて詳しく聞くとしますか」
 説明会では他に、LRTのコンセプト、車両デザイン、駅のナンバリングとカラーリングなど、新味あふれる提案がなされる。会場の反応がいま一つ弱いのは、それだけ斬新であることの裏返しか、あるいはそれ以前の何かか――。
 「横文字の表現が許されるなら、コミュニティ・アイデンティティーとでも言いましょうか。電車を柱にした地域性のアップ、わかりやすく言うと『ここにはこうした電車もあれば、○○もある!』というのを誇れるように、発信できるように、ということです。あ、あと、愛称も公募します。皆さんぜひご協力を……」
 盛り上がりに欠ける拍手が乾いた残響となって会場を覆う。この流れで進行を引き継ぐのは厳しい。沿線協議会が取り持つ形で、ここからは質疑応答の時間となるが、昔話を交えて賛成の意を表すのが二件あっただけだった。案の定、不発である。
 徳久の視線が気にならなくもなかったが、佐良が手を挙げることはなかった。懸念があるとすれば、会場の雰囲気、即ち地域住民の温度感の方である。それは今ここでどうこうできるものでもない。

 そして、工事は始まった。説明会が終わってから半月ほど経った頃である。
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