上 下
87 / 117
三章

サプライズ!

しおりを挟む



 魔道具の在庫がなくなった後もちらほらとお客さんが来ては、「売り切れ」の張り紙を見て残念そうに帰っていく。
 そしてお客さんが帰っていく度にミカエルさんが何かを書いていた。

「ミカエルさん何してるんですか?」
「買えなかったお客さんの数を数えてるんだ。次に増産する魔道具の数の目安になるからね」
「なるほど」

 そこまで気が回りませんでした。
 私はカウンターの裏に隠れるように座ってるから、今はお客さんが来ても見えないんですけどね。
 なんで隠れているかというと、かわいいもの好きの竜人さんが集まってしまうからとのことだ。
 実際、第一陣から少し遅れて来た人は張り紙を見てガッカリした後、こちらを見てぽかんと顔を上げた。

「ひ、姫様がいる……」
「おはようございます」

 にこっと笑って挨拶をする。
 
「すみません、さっき睡眠の魔道具は全部売り切れちゃったんです」
「い、いえっ! それはいいんです! うわぁ、ちっちゃい、かわいい、きれい……」

 とても背の高い男性だけど両手を口に当てて乙女のような反応をしている。なんかかわいいです。
 そして、男性は意を決したように言った。

「あの、握手してもらえますか!?」
「え、ええ、いいですよ」

 手を差し出すと、おずおずと両手で握られた。まるで綿あめを触るかのようにそっと手を握られる。

「ふわぁ、手ぇ小っちゃい、ほっそい、しっろい……すぐに折れちゃいそう……」
「……」

 すごく褒めてくれます。すぐに折れちゃいそうはよく分からないですけど。生まれてこの方骨を折ったことはないので。

「一生分のかわいいを摂取できた気がします。ありがとうございました」

 そう言って男性は帰って行った。
 なんとなく、ちょこちょこと手を振って男性を見送る。出口に差し掛かったところでこちらを振り返った男性は、こちらを見ると「グゥッ!」と胸を押さえ、去って行った。

「一体なんだったんでしょう……」
「……」

 ミカエルさんの方を見たけど、ソッと目を逸らされた。
 それから遅れてやってきたお客さんも、なぜか握手を求めてくる人が多発した。
 疑問に思いつつもそれに答えていると、ついにミカエルさんのストップが入り、こうしてカウンターの裏に隠されたというわけだ。

「ごめんね、このまま話が広がったら今度は姫様に会いたい人が殺到しちゃうから」
「……そうですかね? 朝一で来た方々は大してなんのリアクションもありませんでしたけど」
「ああ、あの人達はそれどころじゃない人達だからね。でも内心は姫様に会えて感激してたはずだよ」

 そうですかね? でも、ミカエルさんが「それどころじゃない人達」と言う意味はよくわかる。だって、朝一で来た人達はみんなおそろいの濃い隈を目の下にこしらえてましたから。
 切羽詰まってる人ほど早く来たのだろう、魔道具が売り切れた後にのんびりきた人はそこまで急を要する感じでもなかった。

「まあ、私と会えて嬉しかったかどうかはさておき、大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫って? あの寝不足集団がってこと?」
「はい。子育て家庭の方はあの魔道具があれば状況は多少マシになると思いますし、赤ちゃんが大きくなっていけば夜泣きとかも減って睡眠時間は確保できるようになると思います。でも、ハルトさんみたいな研究者の方々とあの魔道具はその、相性が良すぎるというか悪すぎるというか……」
「ああ、ますます研究バカワーカーホリックが助長されそうだよね」
「はい……」

 私はまさにそれを心配しているところだった。
 あの方々は睡眠の質を高めるあの魔道具があるからと、さらに睡眠時間を削って研究に打ち込む気がする。いえ、ほぼほぼそうするだろうという確信があります。
 誰かに不健康になってほしくて作った魔道具じゃないので、なんだか複雑な気分です。

「まあ、予想で落ち込んでてもしょうがないよ。もしかしたらいい方向に行くかもだし。もしそれで彼らの健康状態が悪い方向に向かうようだったらその時に対策を考えよう。陛下にも助力をいただいて」
「はい……」

 確かに、まだ起こってもないことですしね。とりあえず今は魔道具が完売したことを喜びましょう。

「ミカエルさん、この魔道具はまた作り足しますか? このまま今日一日ずっと隠れていてもしょうがないので魔法陣を作り足してきてもいいですか?」
「そうだね、まだまだ欲しい人はたくさんいるみたいだし、是非お願いしたいよ。じゃあ魔道具作成課の部屋まで送っていくね」
「いえ、お手間なので大丈夫です。私一人で帰れますので」
「いやいや、そういうわけにはいかないでしょ」
「どうしてですか? 魔道具作成課までの経路はちゃんと分かりますよ?」

 そう言うとミカエルさんがハァ、と残念な子を見る目をしながらため息を吐いた。

「そういうことじゃなくて、もし姫様を一人にして何かあったらと思うと心配なんだよ。陛下にも合わせる顔がないし」

 大袈裟ですね、と思っていると私の顔に影が差した。

「――ミカエル、リアが心配をかけてすまいないな。だが今は俺が送っていくから心配しないでくれ」
「ヴォルフス様!」

 ヴォルフス様がカウンターに頬杖をついて上から私を覗き込んでいた。

「リア、魔道具完売おめでとう」
「ありがとうございます!」

 お礼を言えば、よしよしと頭を撫でられる。えへへ、やっぱり嬉しいです。

「ミカエル、心配をかけるな」
「いえいえ、陛下が来てくれて安心しました。俺がボディーガードするよりもよっぽど安全ですしね」

 一体お城の中でどんな危険が私を待ち受けているんですか……。ミカエルさんとヴォルフス様が過保護ってだけですかね……? ……なんだかそんな気がしてきました。

 その後、ヴォルフス様は私を魔道具作成課まで送り届けてくれた。
 そして魔法陣を作り足し、終業時間になると再びヴォルフス様が迎えに来てくれる。

「――リア、今日は少し遠回りをして帰ろうか」
「? はい」

 ヴォルフス様の提案で、綺麗な花壇のある公園を散歩してから帰った。
 その後家に帰り、玄関のドアを開ける。

「リア! 魔道具完売おめでとう!」
「今日はパーティだぞ~!」

 玄関を開けると、両親が私を出迎えてくれた。

 リビングの机の上には、私の好物料理ばかりが用意されている。そして、そのど真ん中には大きなホールケーキ。
 お母さんがにこやかに微笑んで言う。

「娘が初めて発売した魔道具が売り切れたんだもの。親として何かお祝いしてあげたいと思って」

 うんうん、とお母さんの隣でお父さんも頷いている。

 ――もしかして、帰りに遠回りをしたのってこの用意のための時間稼ぎだったんですかね?
 無粋な気がするから聞きはしなかったけど、ヴォルフス様を見上げると軽くウインクをされた。

 ――ああ、こんなことでも心を尽くして祝ってくれる人達がいるって幸せだなぁ……。

 嬉しくて、心が温かくなって、少し目から雫が零れそうになったけど、湿っぽい空気になるのは嫌だから必死に押しとどめた。

 ――なんとなく、三人にはバレてる気がしますけどね。










しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。