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三章
とても需要があるようです
しおりを挟むゆらゆら
ゆらゆら
何かに揺られる感覚で私は目を覚ました。
「きゅる?」
「お、起きたなこのお寝坊さん」
かすむ目を開くと、そこには見慣れた整った顔。
「きゅ~ (ヴォルフスさま)」
「おはようリア。今は家に帰ってる最中だぞ。リアがあんまりにも目覚めなかったからな」
「きゅる?」
そんなに寝てたかな、と思い空を見上げる。すると、空は既に橙色に染まっていた。
わぁ、すごくよく寝てたんですね。
確実にいつものお昼寝よりは長めに寝ている。充足感もいつもよりあるし。
ヴォルフス様の腕の中でぐぃ~んと伸びをする。
「はは、かわいいな。よく眠れたか?」
「きゅ! (はい!)」
「確かにいつもよりも顔色がよく見えるな」
そうなんでしょうか。鏡がないから自分では分からない。
短い手でペタペタと顔を触ってみるが、まあ、いつもと同じだ。
「他の子竜はリアより早く起きたが、三頭ともさらに元気になったようだぞ。リアの魔道具には睡眠の質を上げる効果もあるのかもな」
だとしたら俺もほしいな……、とヴォルフス様が独りでに呟く。
ベッドメリーの下で寝るヴォルフス様……ミスマッチなような、ちょっとかわいらしいような……。
そう思って微妙な顔をしていると、私の考えていたことが分かったのかヴォルフス様が微妙な顔をする。
「流石に俺はベッドメリーの形のものは使わないぞ? もし注文するとしたらまた別の形の魔道具にしてくれと正式に注文する」
変な想像をするのはこいつか、と頭を小突かれる。
それがなんだかおもしろくて、私はきゅきゅきゅっと笑ってしまった。
そして家に着き、ヴォルフス様とお父さん、お母さんと一緒に夕食を済ませる。その後の小休憩でヴォルフス様が話しを切り出した。
「今回リアが作成した魔道具だが、正式に商品化、販売を進めていきたいと思う」
「へ?」
「あら、すごいわねぇ」
「すごいねリア」
ポカンとする私とは反対に両親はすぐさま褒めてくれる。
「条件付きの入眠魔道具なんて史上初だからな、需要もあるし」
これまで、睡眠を促す魔道具はあるにはあったが、いまいち効果の弱いものしか出回っていなかったらしい。作用の強い強制入眠系の魔道具は作れるのだが、子育てに使うには問題があるし犯罪に使われる恐れもあるため一般には出回っていない。病院などで使われるくらいだ。
その点、今回私が作った魔道具は子育て家庭や不眠症を患っている方などに大きな需要があるようだ。販売するとしたら、魔道具自体が高価な上に既存の入眠魔道具の売り上げとの兼ね合いも考えて高額な値段設定になるそう。ただ、全く手が出ない金額ではなく、魔法陣が損傷しない限りは繰り返し使えるため買う人は少なくないだろうと言うのがヴォルフス様の見立てだ。
「商品化するなら微調整が必要だが、このままでも十分売れるレベルだ。たくさん売れれば大金持ちも夢じゃないぞ」
ヴォルフス様は大絶賛。
「うちの子は天才だね」
「そうねぇ」
両親も手放しで大絶賛。
生粋の竜であるお母さんならもっとすごい魔道具を作れそうだけど、お母さんは他の竜の例に漏れず、竜人の営みに積極的に介入しようとはしない。竜の中で決まりがあるのかと聞いてみたこともあるけど、「リアは気にしなくていいのよ」と言われただけで会話が終わった。
「赤ちゃんの頃はリアも夜泣きして大変だったからこの魔道具はいいと思うわ」
子育て経験者のお母さんもお墨付きの需要。
ヴォルフス様に顔を覗き込まれる。
「どうだリア? 商品化してみるか?」
「……はいっ!」
結論は一瞬で出た。
勢いよく返事をするとヴォルフス様が微笑んでくれる。
「じゃあ、その方向で話を進めよう」
私は、不透明だった『将来』というものに一歩踏み出したのを確かに感じた――。
「「「姫様、仮所属おめでとう!!!」」」
商品化の話し合いをするにあたって魔道具作成課を訪れると、ミカエルさんをはじめとした皆さんが盛大に出迎えられた。
カラフルな紙吹雪がそこかしこから舞い散る。きれいです。
魔道具を商品化するにあたって、私は魔道具作成課の一員として仮所属した。「仮」というのは、本所属をするには条件を満たしていなかったのでできなかったからだ。
「さあさあ、ここに座って」
いつ運びこんだのか、部屋の真ん中には長机が陣取っていた。その上は様々なお菓子や軽食で彩られている。
ミカエルさんに誘導された先は、いわゆるお誕生日席といわれる場所だ。
「今日は姫様の歓迎会だから小難しい話はなしだよ」
「あ、ありがとうございます」
自分がこんなに盛大に歓迎されたことが嬉しくて、自然と微笑みがこぼれる。
すると、ミカエルさん以外が一瞬ピタリと固まった。そしてババっと走って行き部屋の隅に固まる。
「――あ、あぶね~、絶世の美少女の微笑み破壊力高すぎだろ」
「ああ、でもときめくというよりは観賞したくなったわ」
「わかる。じっくり眺めそうになったよな」
「若者が少ない課でよかった。俺があと二十年若かったら反射的に結婚を申し込んでるとこだったぜ」
おじさま達がびっちりと固まって小声で話しているから私には会話の内容が聞こえてこない。
私の隣に立っているミカエルさんを見上げると、呆れかえったような表情でおじさま団子を見ていた。
「みんな、早く戻っておいで。乾杯するよ」
「「「お~」」」
そして、各々のグラスにジュースが注がれる。
「みなさんはお酒じゃないんですか? 私のことはお気になさらず……」
「このおっさん達は酔ったら手が付けられないからね。俺達も姫様の前で醜態を演じて陛下に怒られるのはやだし、今日はジュース」
周りのおじさま達もミカエルさんの言葉にうんうんと頷いている。
そして、オースティンさんが自分のグラスを高々と掲げた。
「それじゃあ、姫さんの我が課への仮所属を祝して! 乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
そして一気にグラスを呷る。
「ぷはぁ」
「お、姫様いい飲みっぷり」
グラスの半分しか飲めていないけどミカエルさんが褒めてくれた。
「――リア、楽しんでるか?」
「ヴォルフス様!」
みなさんと話しをしながら軽食を楽しんでいるとヴォルフス様がやって来た。
「姫様が喜ぶかと思って陛下もお昼がてら呼んでおいたよ」
にこやかにミカエルさんが言う。
何度か面識があるとはいえ、まだ馴染み切っていない人達の中で少し肩に力が入ってしまうのを予想していたんでしょうか。
なんにせよ、ミカエルさんの気遣いのおかげで大分方の力が抜けた。
一人のおじさまがヴォルフス様に話し掛ける。
「陛下! 姫様が来たら魔道具作成課はもっと成長しますよ!!」
「ああ、期待している。だがリアに頼りすぎるなよ?」
ヴォルフス様が茶化したように言うと、おじさまがガハハッと笑った。
「もちろんっすよ! 俺らは開発が楽しくてこの課にいるんですから!!」
それから、私の歓迎会はとても和やかな雰囲気で幕を閉じた。
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