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二章
え? 出張ですか?
しおりを挟むあれから約一週間後、ハルトさんが家を訪ねてきた。
「姫様~、バイト決まったよ~」
「ほんとですか!?」
玄関にいるハルトさんに駆け寄る。
「うん。さっそく明日出発するから荷物を纏めてね」
「ん? 出発? 荷物を纏める……?」
バイトってそんなに纏めないといけない荷物があるんですかね? それに、出発ってまるで遠くに行くみたいな……。
お母さんもハルトさんの言い回しに疑問を覚えたのか、首を傾げている。
「まあバイトの説明するから二人とも座ってよ」
そう言ってハルトさんはリビングのソファーに一番最初に座る。座ってよもなにも、ハルトさんの家じゃないんですけどね。
まあいっか、と私もソファーに座った。お母さんも私の隣に座る。
「今年は天候とかの関係で、歴代稀に見る不作だったんだ。それでね、この国には主に農作物を育てることで生計を立ててる地方があって、クロープ地方と言うんだけど、そこが大ダメージを受けちゃったんだ。だから姫様にはその地方に向かい、魔術を使って農作物を育てる手助けをしてほしいんだよ」
「手助けですか?」
私が魔術で大量に野菜とかを作るんじゃダメなんでしょうか。
「そう。姫様だけで作ったものの売上が彼らの収入になるのはおかしな話だからね。今回は施しじゃなくてあくまで支援なんだ。それに、最初から最後まで魔術に頼っちゃうと姫様の負担が大きすぎるしね。なにより味、栄養ともに完璧なあの野菜たちが大量に出回っちゃうと他の野菜が全く売れなくなる」
「ほ~」
ちゃんと色々考えられてるんですね。
「だからちゃんと人の手も加えるし、多少時間もかけるよ」
「そうなんですね。分かりました」
うんうんと頷きながらハルトさんの話を咀嚼していると、いい子、というように頭を撫でられた。実際に「姫様はいい子だね~」とも言われたし。
「そのクロープ地方っていうのは遠いんですか?」
「うん。そこそこ距離がある上に、別の浮き島にあるから竜に乗らないと行けないんだ」
「へ~」
浮き島ってここだけじゃなかったんですね。
「そんなわけで日帰りだとちょっと日程が厳しいから、長期滞在するか、何泊かしては戻ってきての繰り返しになると思う」
「なるほど」
う~ん、どうしましょう。
「おいハルト」
「あ、陛下」
「ルフス様、こんにちは」
いつの間にか来ていたルフス様がハルトさんの頭をガシッと掴んだ。
「すまない。ハルトが足早にリアの家に向かったと聞いたから、勝手に家に入らせてもらった」
「ハルト、いくらリアの方からバイトを紹介してほしいと頼んだとはいえまずは同意をとらなないとダメだろう。何勝手に話を進めてるんだ」
「……」
ルフス様に頭を掴まれたまま、ハルトさんは口を尖らせてそっぽを向いた。
「それに、オリビアさんの気持ちも考えろ」
「!」
私とハルトさんは同時にお母さんに目を向けた。今まで無言でハルトさんの話を聞いていたお母さんは、暗い顔をしている。
そうだった。一時期よりはましになったけど、母竜の本能で私を心配しまくってるお母さんがこのバイトを許してくれるはずがない。
私について来るにしてもお父さんは仕事があるからこっちに残らないといけないし、こっちに残るにしても私のことが心配でならないだろう。
「お母さん……」
「……リア、あなたはどうしたい?」
お母さんにしっかりと顔を見据えられる。
「私は、行ってみたいと思います……」
そう伝えると、お母さんは何かを思案するように目を閉じた。そしてゆっくりと目蓋を開く。
「……分かったわ。とりあえずアルフとも相談してみるわね。ハルトさん、出発はもう少し待ってもらえないかしら?」
「あ、うん、分かった」
「ありがとう」
お母さんはそれだけ言うと、どこか浮かない雰囲気のまま二階に上がって行ってしまった。
取り残された私達三人は無言でお母さんの後ろ姿を見送る。
「……」
「ハルト、お前、急ぎすぎだ」
「だって……」
ハルトさんを咎めるように睨んだルフス様は、今度は私の方に向き直った。
「すまないなリア。クロープ地方にはハルトの家族もいるから気が急いたみたいだ」
「ハルトさんのご家族が……」
そうだったんですね。
ルフス様が無理やりハルトさんの頭を下げさせた。
「ほら、お前もリアに謝れ」
「姫様ごめんね。僕の家族、大変な筈なのに意地を張って仕送りを受け取らないからつい急いじゃったよ」
「いえ、そういう理由なら仕方ないですよ。家族での話し合いが済むまで時間はいただきたいですけど」
「うん。それはもちろんだよ」
ハルトさんが弱々しく微笑んだ。どうやらルフス様に叱られてちょっと冷静になったみたいだ。
そして、そうこうしている間にお父さんが帰ってきた。
「ただいまリア」
「お父さん、お帰りなさい」
帰ってきたお父さんに事の経緯を伝えた。そして、私の意思も。
「―――そうか、リアももうただ保護されるだけの子どもじゃないんだもんな。分かった、お父さんは今からお母さんと話してくるよ。長くなるかもしれないから、リアは陛下とハルト君とごはんを食べてなさい」
「……はい」
お父さんは微笑んで私の頭を一撫ですると、お母さんの部屋に向かっていった。
ソワソワ
ソワソワ
「……リア」
ソワソワして中々食事の手が進まない私を、ルフス様が呆れた目で見る。
だって、家族で揉めることってなかたんですもん。険悪な雰囲気でないとはいえ、家族内での揉め事らしき出来事は初めてなのだ。
「それでも、食事はちゃんと食べなさい」
「は~い」
返事はしたものの、全く食事に集中できない私にルフス様は溜息を吐いた。そして私のお皿を自分の方に引き寄せると、お肉を指したフォークを差し出してくる。
「あーん」
ぱくっ
口に入ってきたお肉をモグモグと咀嚼する。
「うん、これなら食べられそうだな」
満足げに頷いたルフス様は、それからお皿の上に食べ物がなくなるまで私にあーんを続けた。
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