上 下
42 / 117
二章

え? 出張ですか?

しおりを挟む


 あれから約一週間後、ハルトさんが家を訪ねてきた。

「姫様~、バイト決まったよ~」
「ほんとですか!?」

 玄関にいるハルトさんに駆け寄る。

「うん。さっそく明日出発するから荷物を纏めてね」
「ん? 出発? 荷物を纏める……?」

 バイトってそんなに纏めないといけない荷物があるんですかね? それに、出発ってまるで遠くに行くみたいな……。
 お母さんもハルトさんの言い回しに疑問を覚えたのか、首を傾げている。

「まあバイトの説明するから二人とも座ってよ」

 そう言ってハルトさんはリビングのソファーに一番最初に座る。座ってよもなにも、ハルトさんの家じゃないんですけどね。
 まあいっか、と私もソファーに座った。お母さんも私の隣に座る。

「今年は天候とかの関係で、歴代稀に見る不作だったんだ。それでね、この国には主に農作物を育てることで生計を立ててる地方があって、クロープ地方と言うんだけど、そこが大ダメージを受けちゃったんだ。だから姫様にはその地方に向かい、魔術を使って農作物を育てる手助けをしてほしいんだよ」
「手助けですか?」

 私が魔術で大量に野菜とかを作るんじゃダメなんでしょうか。

「そう。姫様だけで作ったものの売上が彼らの収入になるのはおかしな話だからね。今回は施しじゃなくてあくまで支援なんだ。それに、最初から最後まで魔術に頼っちゃうと姫様の負担が大きすぎるしね。なにより味、栄養ともに完璧なあの野菜たちが大量に出回っちゃうと他の野菜が全く売れなくなる」
「ほ~」

 ちゃんと色々考えられてるんですね。

「だからちゃんと人の手も加えるし、多少時間もかけるよ」
「そうなんですね。分かりました」

 うんうんと頷きながらハルトさんの話を咀嚼していると、いい子、というように頭を撫でられた。実際に「姫様はいい子だね~」とも言われたし。

「そのクロープ地方っていうのは遠いんですか?」
「うん。そこそこ距離がある上に、別の浮き島にあるから竜に乗らないと行けないんだ」
「へ~」

 浮き島ってここだけじゃなかったんですね。

「そんなわけで日帰りだとちょっと日程が厳しいから、長期滞在するか、何泊かしては戻ってきての繰り返しになると思う」
「なるほど」

 う~ん、どうしましょう。

「おいハルト」
「あ、陛下」
「ルフス様、こんにちは」

 いつの間にか来ていたルフス様がハルトさんの頭をガシッと掴んだ。

「すまない。ハルトが足早にリアの家に向かったと聞いたから、勝手に家に入らせてもらった」
「ハルト、いくらリアの方からバイトを紹介してほしいと頼んだとはいえまずは同意をとらなないとダメだろう。何勝手に話を進めてるんだ」
「……」

 ルフス様に頭を掴まれたまま、ハルトさんは口を尖らせてそっぽを向いた。

「それに、オリビアさんの気持ちも考えろ」
「!」

 私とハルトさんは同時にお母さんに目を向けた。今まで無言でハルトさんの話を聞いていたお母さんは、暗い顔をしている。
 そうだった。一時期よりはましになったけど、母竜の本能で私を心配しまくってるお母さんがこのバイトを許してくれるはずがない。
 私について来るにしてもお父さんは仕事があるからこっちに残らないといけないし、こっちに残るにしても私のことが心配でならないだろう。

「お母さん……」
「……リア、あなたはどうしたい?」

 お母さんにしっかりと顔を見据えられる。

「私は、行ってみたいと思います……」

 そう伝えると、お母さんは何かを思案するように目を閉じた。そしてゆっくりと目蓋を開く。

「……分かったわ。とりあえずアルフとも相談してみるわね。ハルトさん、出発はもう少し待ってもらえないかしら?」
「あ、うん、分かった」
「ありがとう」

 お母さんはそれだけ言うと、どこか浮かない雰囲気のまま二階に上がって行ってしまった。
 取り残された私達三人は無言でお母さんの後ろ姿を見送る。

「……」
「ハルト、お前、急ぎすぎだ」
「だって……」

 ハルトさんを咎めるように睨んだルフス様は、今度は私の方に向き直った。

「すまないなリア。クロープ地方にはハルトの家族もいるから気が急いたみたいだ」
「ハルトさんのご家族が……」

 そうだったんですね。
 ルフス様が無理やりハルトさんの頭を下げさせた。

「ほら、お前もリアに謝れ」
「姫様ごめんね。僕の家族、大変な筈なのに意地を張って仕送りを受け取らないからつい急いじゃったよ」
「いえ、そういう理由なら仕方ないですよ。家族での話し合いが済むまで時間はいただきたいですけど」
「うん。それはもちろんだよ」

 ハルトさんが弱々しく微笑んだ。どうやらルフス様に叱られてちょっと冷静になったみたいだ。


 そして、そうこうしている間にお父さんが帰ってきた。

「ただいまリア」
「お父さん、お帰りなさい」

 帰ってきたお父さんに事の経緯を伝えた。そして、私の意思も。

「―――そうか、リアももうただ保護されるだけの子どもじゃないんだもんな。分かった、お父さんは今からお母さんと話してくるよ。長くなるかもしれないから、リアは陛下とハルト君とごはんを食べてなさい」
「……はい」

 お父さんは微笑んで私の頭を一撫ですると、お母さんの部屋に向かっていった。



 ソワソワ
 ソワソワ

「……リア」

 ソワソワして中々食事の手が進まない私を、ルフス様が呆れた目で見る。
 だって、家族で揉めることってなかたんですもん。険悪な雰囲気でないとはいえ、家族内での揉め事らしき出来事は初めてなのだ。

「それでも、食事はちゃんと食べなさい」
「は~い」

 返事はしたものの、全く食事に集中できない私にルフス様は溜息を吐いた。そして私のお皿を自分の方に引き寄せると、お肉を指したフォークを差し出してくる。

「あーん」

 ぱくっ
 口に入ってきたお肉をモグモグと咀嚼する。

「うん、これなら食べられそうだな」

 満足げに頷いたルフス様は、それからお皿の上に食べ物がなくなるまで私にあーんを続けた。








しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

簡単に聖女に魅了されるような男は、捨てて差し上げます。~植物魔法でスローライフを満喫する~

Ria★発売中『簡単に聖女に魅了〜』
ファンタジー
ifルート投稿中!作品一覧から覗きに来てね♪ 第15回ファンタジー小説大賞 奨励賞&投票4位 ありがとうございます♪ ◇ ◇ ◇  婚約者、護衛騎士・・・周りにいる男性達が聖女に惹かれて行く・・・私よりも聖女が大切ならもう要らない。 【一章】婚約者編 【二章】幼馴染の護衛騎士編 【閑話】お兄様視点 【三章】第二王子殿下編 【閑話】聖女視点(ざまぁ展開) 【四章】森でスローライフ 【閑話】彼らの今 【五章】ヒーロー考え中←決定(ご協力ありがとうございます!)  主人公が新しい生活を始めるのは四章からです。  スローライフな内容がすぐ読みたい人は四章から読むのをおすすめします。  スローライフの相棒は、もふもふ。  各男性陣の視点は、適宜飛ばしてくださいね。  ◇ ◇ ◇ 【あらすじ】  平民の娘が、聖属性魔法に目覚めた。聖女として教会に預けられることになった。  聖女は平民にしては珍しい淡い桃色の瞳と髪をしていた。  主人公のメルティアナは、聖女と友人になる。  そして、聖女の面倒を見ている第二王子殿下と聖女とメルティアナの婚約者であるルシアンと共に、昼食を取る様になる。  良好だった関係は、徐々に崩れていく。  婚約者を蔑ろにする男も、護衛対象より聖女を優先する護衛騎士も要らない。  自分の身は自分で守れるわ。  主人公の伯爵令嬢が、男達に別れを告げて、好きに生きるお話。  ※ちょっと男性陣が可哀想かも  ※設定ふんわり  ※ご都合主義  ※独自設定あり

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。