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第91話 橋
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誠司が高橋と要らぬ再会を果たしてから、十日が経過した。
誠司たちはこれまで七度、華が通勤する度に護衛をしたが、身構えていた割に高橋が会いに来ることはなかった。
今日は華の休暇日であるため、送り迎えもお休みだ。
夜に優樹の練習に付き合う約束をしていた誠司は、それまでのんびりと惰眠を貪るつもりだったらしい。だがそれは、琥珀によって阻まれる。
「準備出来たか? 早く行こうぜ!」
「今してるだろ。なんだよ今日はやけにうるせぇな。まだ時間より大分早いだろうが」
練習の時間は午後七時半からで、今はまだ二時間も早い。琥珀が早く早くと急かすものだから、誠司は渋々身体を起こしたのだ。
「琥珀が行ったって、もうボール遊びにゃならねぇぞ。優樹も滅多に球こぼさなくなったしな」
「それでもいいんだよ! ほら、着替えたら行こうぜ!」
優樹は苦手だった守備もこなれてきたようで、琥珀が球拾いを手伝う必要はなくなった。
今ではほんの一、二時間の練習でも、汗だくになるほど運動量だ。そのため、誠司は黒のスウェットパンツにトレーナーという優樹仕様に購入した運動着に着替える。
「練習は優樹が飯食ってからだってのに。つーか、まだチームの練習終わったばっかで家にも着いてねぇかもしれねぇぞ。本当に今から行くのか?」
「行く!」
「はぁ、はいはい。分かった。行きゃいいんだろ。出るよ」
琥珀は駆け足で神社の石段を下り、鳥居をくぐると、誠司を振り返る。
ポケットに手を突っ込んだ誠司が気だるげに後をついてきていた。「早く」と催促すると、怪訝な視線を向けられる。
「お前、何でそんなに急いでるんだ?」
「なんでってそりゃ……なんとなく? なんか、じっとしてられないんだよ」
琥珀も自分で分からなかった。どうして、こんなに先を急ぐのか。ただ、胸の奥がむずむずするというか、止まっているのが気持ち悪いのだ。
疑問に疑問符を付けて返したことで、誠司から「なんだそれ」とため息をつかれる。けれど、構わずに進む。
全長百メートルの橋がかかる河川敷(出会った頃、誠司が飛び降りようとした橋)で、愛の声が聞こえて琥珀は足を止める。
「ちょっとおじさん、心底いい加減にしてくれない? しつこ過ぎて不愉快」
「嘘、俺もおじさんとか言われちゃう歳なわけ? いやぁまじかショックだなぁ」
まるで傷付いた様子もなく、けたけたと笑うのは高橋だ。
土手の下で、高橋と愛が対峙しているのが見えて、琥珀たちも土手をおりていく。優樹と愛が華を庇うように、高橋との間に入っていた。
「それにしても、愛ちゃん本当可愛いね。将来美人になるよ。残念だなあ、俺、小学生は対象外なんだよね。十年後の愛ちゃんに会いたかったな」
高橋が愛の頭をなでようと手を伸ばす。
優樹がそれを止める前に、愛は持っていた鞄で、高橋の手を叩き落とした。鞄の経路が見えないほどの速度でぶたれた高橋から、笑顔が消える。
「いってぇ」
「気持ちの悪いこと言わないで? 仮に私が二十歳でも三十歳でも、相手なんかしないよ? めんどくさそうだし、お金積まれてもごめんなんだけど。空気ひとつ読めないくせに、女の人に声かけるの止めてもらえない?
害虫なの?」
「はい? 何、こっちが優しくしてるからって、あんま調子に乗らないでくれる? ガキはいいから、お家帰りな。俺は華ちゃんに用があるわけ」
こっちに来いと、華の腕を掴もうとした高橋の手を、愛はまた叩き落した。
「まず私に話かけたのはそっちでしょ。数秒前の自分も思い出せないとか大丈夫? ああもう本当に嫌。どうして今まで、あんた達みたいなのが、普通にしてられたの?」
心底煩しそうに顔を歪め、高橋が愛を押し退けようとすると、優樹はグラブや水筒などが入ったエナメルバッグを高橋の顔面に投げ付ける。
「っ、最近の小学生は、鞄の使い方もわかんねぇのかな?」
高橋は優樹の鞄を苛ついた様子で蹴り飛ばすと、華が子供相手に乱暴はやめてくれと高橋を制止し、場を治めようとする。
しかし華の心配をよそに、愛と優樹は完全に引いた顔で口を開いた。
「いや、触れたくもないからです」
「直に触りたくないからよ」
決して鞄の使い方を理解していないわけではない。まったく同じタイミングで告げた愛と優樹に、高橋の怒りが振り切れたらしい。
高橋が優樹に近付くのを見て、危険を感じた誠司は、土手を下りる速度をはやめた。
けれど、誠司が着くより早く、高橋の拳が優樹の顔面に届く。ガッと衝突音がして、唇を切った優樹の口から血が流れる。
誠司たちはこれまで七度、華が通勤する度に護衛をしたが、身構えていた割に高橋が会いに来ることはなかった。
今日は華の休暇日であるため、送り迎えもお休みだ。
夜に優樹の練習に付き合う約束をしていた誠司は、それまでのんびりと惰眠を貪るつもりだったらしい。だがそれは、琥珀によって阻まれる。
「準備出来たか? 早く行こうぜ!」
「今してるだろ。なんだよ今日はやけにうるせぇな。まだ時間より大分早いだろうが」
練習の時間は午後七時半からで、今はまだ二時間も早い。琥珀が早く早くと急かすものだから、誠司は渋々身体を起こしたのだ。
「琥珀が行ったって、もうボール遊びにゃならねぇぞ。優樹も滅多に球こぼさなくなったしな」
「それでもいいんだよ! ほら、着替えたら行こうぜ!」
優樹は苦手だった守備もこなれてきたようで、琥珀が球拾いを手伝う必要はなくなった。
今ではほんの一、二時間の練習でも、汗だくになるほど運動量だ。そのため、誠司は黒のスウェットパンツにトレーナーという優樹仕様に購入した運動着に着替える。
「練習は優樹が飯食ってからだってのに。つーか、まだチームの練習終わったばっかで家にも着いてねぇかもしれねぇぞ。本当に今から行くのか?」
「行く!」
「はぁ、はいはい。分かった。行きゃいいんだろ。出るよ」
琥珀は駆け足で神社の石段を下り、鳥居をくぐると、誠司を振り返る。
ポケットに手を突っ込んだ誠司が気だるげに後をついてきていた。「早く」と催促すると、怪訝な視線を向けられる。
「お前、何でそんなに急いでるんだ?」
「なんでってそりゃ……なんとなく? なんか、じっとしてられないんだよ」
琥珀も自分で分からなかった。どうして、こんなに先を急ぐのか。ただ、胸の奥がむずむずするというか、止まっているのが気持ち悪いのだ。
疑問に疑問符を付けて返したことで、誠司から「なんだそれ」とため息をつかれる。けれど、構わずに進む。
全長百メートルの橋がかかる河川敷(出会った頃、誠司が飛び降りようとした橋)で、愛の声が聞こえて琥珀は足を止める。
「ちょっとおじさん、心底いい加減にしてくれない? しつこ過ぎて不愉快」
「嘘、俺もおじさんとか言われちゃう歳なわけ? いやぁまじかショックだなぁ」
まるで傷付いた様子もなく、けたけたと笑うのは高橋だ。
土手の下で、高橋と愛が対峙しているのが見えて、琥珀たちも土手をおりていく。優樹と愛が華を庇うように、高橋との間に入っていた。
「それにしても、愛ちゃん本当可愛いね。将来美人になるよ。残念だなあ、俺、小学生は対象外なんだよね。十年後の愛ちゃんに会いたかったな」
高橋が愛の頭をなでようと手を伸ばす。
優樹がそれを止める前に、愛は持っていた鞄で、高橋の手を叩き落とした。鞄の経路が見えないほどの速度でぶたれた高橋から、笑顔が消える。
「いってぇ」
「気持ちの悪いこと言わないで? 仮に私が二十歳でも三十歳でも、相手なんかしないよ? めんどくさそうだし、お金積まれてもごめんなんだけど。空気ひとつ読めないくせに、女の人に声かけるの止めてもらえない?
害虫なの?」
「はい? 何、こっちが優しくしてるからって、あんま調子に乗らないでくれる? ガキはいいから、お家帰りな。俺は華ちゃんに用があるわけ」
こっちに来いと、華の腕を掴もうとした高橋の手を、愛はまた叩き落した。
「まず私に話かけたのはそっちでしょ。数秒前の自分も思い出せないとか大丈夫? ああもう本当に嫌。どうして今まで、あんた達みたいなのが、普通にしてられたの?」
心底煩しそうに顔を歪め、高橋が愛を押し退けようとすると、優樹はグラブや水筒などが入ったエナメルバッグを高橋の顔面に投げ付ける。
「っ、最近の小学生は、鞄の使い方もわかんねぇのかな?」
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