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第87話 再会

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 華は洋食メインの飲食店で働いている。
 店に近づくと裏口付近に、華の姿を見つけた。駆け寄ろうとした琥珀の足が止まる。

「華ちゃん……なんか、様子おかしくね?」

 いかにも高そうなスーツに身を包み、すらりとした長身の男性が華と話していた。
 短い髪を立たせて、サイドはツーブロックに刈り上げられている。華と男の距離は、友人のそれではない。

 壁を背にした華に、まるでキスでもするかのように、男は接近する。

「お、おい、誠司! どうすんだよ!」

 誠司は異性と密着する恋人の姿に、怒るでも悲しむでもなく、ただ呆然としていた。
 足に根が張ったように、その場へ縫い付けられる。

「誠司! こ、こういう時、人間ってどうすんのが正解なんだ⁉」

 恋愛初心者の琥珀が、恋愛初心者の誠司に問うが、答えが出るはずもない。

「どうって……」と、誠司は言葉を詰まらせる中で、頭が急速に冷えていくのを感じていた。
 同時に「やっぱり」と冷静な判断がくだる。華は物珍しさか何かで、少し遊んでみただけだったのだろうか。

「琥珀、帰るぞ」

「は? 帰るって、なんで⁉ このまま帰んのかよ⁉」

「見たまま、そういうことだろ。何も不思議はねぇよ。どこの誰が、好んでホームレスの相手すんだって話だ」

「えぇっこれって、そ、そうなのか? で、でも、誠司は好きだったんだろ? 簡単に他の男に盗られていいのかよ?」

 琥珀は、あわあわと誠司と華に視線を行ったり来たりさせる。
 見ている限りでは、華もあんなに誠司のことを想ってくれていたのに。全てが偽りだったとは思えない。

「俺一人が好きでいたって仕方ねぇ、だ……ろ」

 無機質だった誠司の目が、開いたまま停止する。視線の先を追うと、華もまた大きく目を開いて誠司を見つめていた。
 誠司が駆けだしたのは、それからすぐ後のことだ。

 迷いなく一直線に二人のもとへ向かっていき、男の首根っこを掴んで、華から引き剥がした。

「おい、お前何してんだ」

 ただでさえ重みのある誠司の声が、いつもよりも低く響く。

 華は誠司の行動に驚いた様子だったが、すぐに泣きそうな顔になる。堪えるように、固く口を結んだ華を見て、誠司は庇うように間に入った。

 男と顔を合わせた誠司は、二人して互いの顔を凝視する。

「せ、誠司! 大丈夫か? 俺も加勢するか⁉」

 遅れて駆け付けた琥珀は、尻尾を立たせて男を威嚇するが、喧嘩は始まらない。
 あれ、と思いながら、琥珀は誠司を見上げる。

 誠司から先ほどの怒気が消え、変わりに、これ以上なく不愉快そうな顔をしていた。大きく顔を歪め、眉間だけでなく鼻にまで皺を作っている。

「藪原? お前、藪原か」

 男のぱっちりした二重の瞳が嫌に細まる。少し日に焼けた肌に、形の良い鼻と唇。ワイルドな男くささがある誠司とは違い、甘いマスクが印象的な男だった。

「高橋……」

 誠司の呟きに、琥珀の中にある辞書がひとつのページを導き出した。高橋という名前に、覚えがある。前に田淵と誠司がした過去の話に登場した人物。

「え、誠司? 高橋って、あの高橋?」

 琥珀の知る高橋は一人しかいない。
 誠司の人生を壊したもう一人の犯人であり、元凶だ。

「あっはっはっは! 嘘だろ、こんな所で再会するか普通?」

 何一つおかしなことなど起きていないのに、高橋は腹を押さえて笑っていた。
 誠司も華も、高橋に僅かな好意も示しておらず、ただ高橋一人が友人のような気軽さである。

「へぇ。何、意外と元気そうじゃん。しかも色男に仕上がってんね。ウケるわ」

「……なんでお前がここにいる」

「俺? 俺はお仕事中よ。この店のオーナーとは色々仲良くてね。んで、タイプの女の子がいるから、口説いてたわけ。あ、もしかして華ちゃんお前の?」

「ああ、分かったら二度と手を出すな」

「え、まじかよ。うっそ、華ちゃんこんな男がいいの? 堅物だし、絶対つまんねぇでしょ」

 誠司の後ろに身を隠している華を覗き込もうとして、誠司に牽制される。肘で胸を押され、高橋は気分を害したようだった。

「何、華ちゃんと話してんだけど。お前は退いてろよ」

「人の彼女に絡むな。嫌がってんだろ。んなことも分かんねぇのか」

 終始おちゃらけていた高橋が、張りつめた空気に変わる。華から誠司に視線を戻した高橋は、薄ら笑いを浮かべた。

「は? ちょっと見ないうちに偉くなったもんだなぁ藪原。昔はあんなに大人しかったのにな? ね、華ちゃんこんな男やめて俺にしときなよ。知ってる? 藪原って高校中退しててさ、その理由が」
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