87 / 99
第87話 再会
しおりを挟む
華は洋食メインの飲食店で働いている。
店に近づくと裏口付近に、華の姿を見つけた。駆け寄ろうとした琥珀の足が止まる。
「華ちゃん……なんか、様子おかしくね?」
いかにも高そうなスーツに身を包み、すらりとした長身の男性が華と話していた。
短い髪を立たせて、サイドはツーブロックに刈り上げられている。華と男の距離は、友人のそれではない。
壁を背にした華に、まるでキスでもするかのように、男は接近する。
「お、おい、誠司! どうすんだよ!」
誠司は異性と密着する恋人の姿に、怒るでも悲しむでもなく、ただ呆然としていた。
足に根が張ったように、その場へ縫い付けられる。
「誠司! こ、こういう時、人間ってどうすんのが正解なんだ⁉」
恋愛初心者の琥珀が、恋愛初心者の誠司に問うが、答えが出るはずもない。
「どうって……」と、誠司は言葉を詰まらせる中で、頭が急速に冷えていくのを感じていた。
同時に「やっぱり」と冷静な判断がくだる。華は物珍しさか何かで、少し遊んでみただけだったのだろうか。
「琥珀、帰るぞ」
「は? 帰るって、なんで⁉ このまま帰んのかよ⁉」
「見たまま、そういうことだろ。何も不思議はねぇよ。どこの誰が、好んでホームレスの相手すんだって話だ」
「えぇっこれって、そ、そうなのか? で、でも、誠司は好きだったんだろ? 簡単に他の男に盗られていいのかよ?」
琥珀は、あわあわと誠司と華に視線を行ったり来たりさせる。
見ている限りでは、華もあんなに誠司のことを想ってくれていたのに。全てが偽りだったとは思えない。
「俺一人が好きでいたって仕方ねぇ、だ……ろ」
無機質だった誠司の目が、開いたまま停止する。視線の先を追うと、華もまた大きく目を開いて誠司を見つめていた。
誠司が駆けだしたのは、それからすぐ後のことだ。
迷いなく一直線に二人のもとへ向かっていき、男の首根っこを掴んで、華から引き剥がした。
「おい、お前何してんだ」
ただでさえ重みのある誠司の声が、いつもよりも低く響く。
華は誠司の行動に驚いた様子だったが、すぐに泣きそうな顔になる。堪えるように、固く口を結んだ華を見て、誠司は庇うように間に入った。
男と顔を合わせた誠司は、二人して互いの顔を凝視する。
「せ、誠司! 大丈夫か? 俺も加勢するか⁉」
遅れて駆け付けた琥珀は、尻尾を立たせて男を威嚇するが、喧嘩は始まらない。
あれ、と思いながら、琥珀は誠司を見上げる。
誠司から先ほどの怒気が消え、変わりに、これ以上なく不愉快そうな顔をしていた。大きく顔を歪め、眉間だけでなく鼻にまで皺を作っている。
「藪原? お前、藪原か」
男のぱっちりした二重の瞳が嫌に細まる。少し日に焼けた肌に、形の良い鼻と唇。ワイルドな男くささがある誠司とは違い、甘いマスクが印象的な男だった。
「高橋……」
誠司の呟きに、琥珀の中にある辞書がひとつのページを導き出した。高橋という名前に、覚えがある。前に田淵と誠司がした過去の話に登場した人物。
「え、誠司? 高橋って、あの高橋?」
琥珀の知る高橋は一人しかいない。
誠司の人生を壊したもう一人の犯人であり、元凶だ。
「あっはっはっは! 嘘だろ、こんな所で再会するか普通?」
何一つおかしなことなど起きていないのに、高橋は腹を押さえて笑っていた。
誠司も華も、高橋に僅かな好意も示しておらず、ただ高橋一人が友人のような気軽さである。
「へぇ。何、意外と元気そうじゃん。しかも色男に仕上がってんね。ウケるわ」
「……なんでお前がここにいる」
「俺? 俺はお仕事中よ。この店のオーナーとは色々仲良くてね。んで、タイプの女の子がいるから、口説いてたわけ。あ、もしかして華ちゃんお前の?」
「ああ、分かったら二度と手を出すな」
「え、まじかよ。うっそ、華ちゃんこんな男がいいの? 堅物だし、絶対つまんねぇでしょ」
誠司の後ろに身を隠している華を覗き込もうとして、誠司に牽制される。肘で胸を押され、高橋は気分を害したようだった。
「何、華ちゃんと話してんだけど。お前は退いてろよ」
「人の彼女に絡むな。嫌がってんだろ。んなことも分かんねぇのか」
終始おちゃらけていた高橋が、張りつめた空気に変わる。華から誠司に視線を戻した高橋は、薄ら笑いを浮かべた。
「は? ちょっと見ないうちに偉くなったもんだなぁ藪原。昔はあんなに大人しかったのにな? ね、華ちゃんこんな男やめて俺にしときなよ。知ってる? 藪原って高校中退しててさ、その理由が」
店に近づくと裏口付近に、華の姿を見つけた。駆け寄ろうとした琥珀の足が止まる。
「華ちゃん……なんか、様子おかしくね?」
いかにも高そうなスーツに身を包み、すらりとした長身の男性が華と話していた。
短い髪を立たせて、サイドはツーブロックに刈り上げられている。華と男の距離は、友人のそれではない。
壁を背にした華に、まるでキスでもするかのように、男は接近する。
「お、おい、誠司! どうすんだよ!」
誠司は異性と密着する恋人の姿に、怒るでも悲しむでもなく、ただ呆然としていた。
足に根が張ったように、その場へ縫い付けられる。
「誠司! こ、こういう時、人間ってどうすんのが正解なんだ⁉」
恋愛初心者の琥珀が、恋愛初心者の誠司に問うが、答えが出るはずもない。
「どうって……」と、誠司は言葉を詰まらせる中で、頭が急速に冷えていくのを感じていた。
同時に「やっぱり」と冷静な判断がくだる。華は物珍しさか何かで、少し遊んでみただけだったのだろうか。
「琥珀、帰るぞ」
「は? 帰るって、なんで⁉ このまま帰んのかよ⁉」
「見たまま、そういうことだろ。何も不思議はねぇよ。どこの誰が、好んでホームレスの相手すんだって話だ」
「えぇっこれって、そ、そうなのか? で、でも、誠司は好きだったんだろ? 簡単に他の男に盗られていいのかよ?」
琥珀は、あわあわと誠司と華に視線を行ったり来たりさせる。
見ている限りでは、華もあんなに誠司のことを想ってくれていたのに。全てが偽りだったとは思えない。
「俺一人が好きでいたって仕方ねぇ、だ……ろ」
無機質だった誠司の目が、開いたまま停止する。視線の先を追うと、華もまた大きく目を開いて誠司を見つめていた。
誠司が駆けだしたのは、それからすぐ後のことだ。
迷いなく一直線に二人のもとへ向かっていき、男の首根っこを掴んで、華から引き剥がした。
「おい、お前何してんだ」
ただでさえ重みのある誠司の声が、いつもよりも低く響く。
華は誠司の行動に驚いた様子だったが、すぐに泣きそうな顔になる。堪えるように、固く口を結んだ華を見て、誠司は庇うように間に入った。
男と顔を合わせた誠司は、二人して互いの顔を凝視する。
「せ、誠司! 大丈夫か? 俺も加勢するか⁉」
遅れて駆け付けた琥珀は、尻尾を立たせて男を威嚇するが、喧嘩は始まらない。
あれ、と思いながら、琥珀は誠司を見上げる。
誠司から先ほどの怒気が消え、変わりに、これ以上なく不愉快そうな顔をしていた。大きく顔を歪め、眉間だけでなく鼻にまで皺を作っている。
「藪原? お前、藪原か」
男のぱっちりした二重の瞳が嫌に細まる。少し日に焼けた肌に、形の良い鼻と唇。ワイルドな男くささがある誠司とは違い、甘いマスクが印象的な男だった。
「高橋……」
誠司の呟きに、琥珀の中にある辞書がひとつのページを導き出した。高橋という名前に、覚えがある。前に田淵と誠司がした過去の話に登場した人物。
「え、誠司? 高橋って、あの高橋?」
琥珀の知る高橋は一人しかいない。
誠司の人生を壊したもう一人の犯人であり、元凶だ。
「あっはっはっは! 嘘だろ、こんな所で再会するか普通?」
何一つおかしなことなど起きていないのに、高橋は腹を押さえて笑っていた。
誠司も華も、高橋に僅かな好意も示しておらず、ただ高橋一人が友人のような気軽さである。
「へぇ。何、意外と元気そうじゃん。しかも色男に仕上がってんね。ウケるわ」
「……なんでお前がここにいる」
「俺? 俺はお仕事中よ。この店のオーナーとは色々仲良くてね。んで、タイプの女の子がいるから、口説いてたわけ。あ、もしかして華ちゃんお前の?」
「ああ、分かったら二度と手を出すな」
「え、まじかよ。うっそ、華ちゃんこんな男がいいの? 堅物だし、絶対つまんねぇでしょ」
誠司の後ろに身を隠している華を覗き込もうとして、誠司に牽制される。肘で胸を押され、高橋は気分を害したようだった。
「何、華ちゃんと話してんだけど。お前は退いてろよ」
「人の彼女に絡むな。嫌がってんだろ。んなことも分かんねぇのか」
終始おちゃらけていた高橋が、張りつめた空気に変わる。華から誠司に視線を戻した高橋は、薄ら笑いを浮かべた。
「は? ちょっと見ないうちに偉くなったもんだなぁ藪原。昔はあんなに大人しかったのにな? ね、華ちゃんこんな男やめて俺にしときなよ。知ってる? 藪原って高校中退しててさ、その理由が」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる