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第70話 涙の後は

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 新しい情報には、少し面を食らった。愛はそうしたことを気にするようなたまなのか。 
 しかし、悪い意味もたっぷり含めて良い性格をしているので、他人に敬遠されていたと言われても、確かに不思議はない。集団の中にいれば、明らかに愛は異質であるだろう。

「誰もいないのは、寂しいよ」

 幼さが残る少女の声が、長い間外そうともしなかった蓋をずらしてしまった。

 琥珀がいなくなって数日で、痛感したこと。誰とも話さない一日は、こんなに長いものだっただろうか。誰かがいる安心感を誠司はもう知ってしまった。

「ああ……そうだな」

 自分に何か理不尽なことがあった時、自分以上に怒ってくれる存在がいること。毎日を分かち合える存在がいること。それは確実に誠司の心を救っていた。

「くそっ、なんであんな馬鹿に」

 これほどまでに心が乱されてしまうのか。うんざりしていた関係は、いつの間に変わっていたのか、誠司も知らない。

 自分のことを気にしてくれる人がいるだけで、こんなにも救われるなんて思ってもみなかった。いくら振り払って距離を置こうとしても、馬鹿みたいに真っすぐ向かってくる琥珀は、もうすでに誠司の中に住み着いている。

「ずっと隣にいるから」その言葉は、泣きそうになるくらい嬉しかった。誠司は琥珀から、これからもずっと支えになる言葉を貰ったのだ。

「あー、くそっ」

 がしがしと頭をかいて、顔を隠すように髪を持ってくる。駄目だと思っているのに、目頭の熱が治まらない。

 田淵を見た時、色んな記憶が鮮明に蘇った。誠司はこれまで、過去を知る人間や土地に近付くことは一切していない。見ればどうなるのか、本人にもわからなかったからである。
 田淵や高橋を見れば、殺してしまうのではないか。それとも誠司自身が自らを殺すのか。どちらに転んでも、良い結果をもたらさないのは目に見えていた。

 けれど実際、田淵に会った時、吐き気がするような嫌悪感を抱きはしたが、殺意を持つほどではなかった。それどころか誠司のために、怒りを露わにして泣いた琥珀と華を見て、困惑すると共に確かな幸福感を覚えていた。
 心が折れなかったのは、小さな身体で全面に誠司の味方をした琥珀がいたからだ。

「一人は……辛かった」

 本当は、たった一人で生きていくことは寂しかった。
 十三年、ずっと消えることがなかった想いが溢れる。意思と反して、小さく震えた声が出て、三十を超えたおっさんがいい年して何をしているんだと言いたくなる。

「周りに、誰もいないよ」

 誠司たちは、神社の前にたどり着いていた。誰もいない神社から「誠司ーおかえり!」とうるさいぐらいに響く声は聞こえない。

 スッと、温かい涙が誠司の頬を伝った。

「お前がいるじゃねぇか」
「大丈夫。目にゴミが入ったことにしてあげる」

 愛はポケットからフリルのついたハンカチを取り出して、誠司の顔へと手を伸ばす。

「ああ、そりゃ助かるな」

 誠司がその場にしゃがみ込むと、愛は流れる涙を拭いていく。

 知らないうちに、以前とは違う環境になっていた。琥珀が戻ってきたなら、灰がかった毎日に、鮮やかな色を付けてくれたのは君なのだと伝えよう。

「大丈夫。大丈夫。きっと、仲直り出来るから」
「……だと、いいけどな」
 
 十数年ぶりに泣いたら、身体はようやく泣き方を思い出したように、しばらく止まることはなかった。

 結局、落ち着くまでに十分ほど、愛を付き合わせてしまった。女子小学生を相手に、三十路を過ぎたおっさんが慰めてもらうなんて、色んな意味でキツイ絵面だ。

「すっきりした?」

 愛に聞かれて、考えてみる。目の奥が痛いというか何やら重みはあるが、気持ちは幾分晴れていた。

「言われてみれば、確かにそうだな」

「我慢する人っているけど、泣くのってちゃんと意味があるんだよ。だから悲しいと泣くようになってるの。ストレスが減るとか色々言われてるけど、私は泣くと悩みが一緒に身体から出てってくれるような気がするの」

 身体の中に溜まっていた悲しみや苦痛が、涙になって体外に出ていくのだという愛の持論に、誠司もなるほどと感心する。

 誰に教えられたわけでもなく、人間が本能で涙を流すように出来ているのは、相応の理由があるからだろう。
 そして、愛の持論は真理に限りなく近いように思えた。
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