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第69話 一人と孤独は別物
しおりを挟む意味の分からない契約に巻き込まれ、琥珀とは事故のような出会いだった。
誠司が一人でいたのは、そう生きるしかなかったからだ。本当はずっと、どう思っていたのか。考えることをやめて、逃げ続けていたものが、今、目の前で蓋を開けろと訴えている。
迷惑極まりないことだ。なにも映さずに過ごすことが、最も楽な方法だと知っているのに。
「おじさんは本当に、その人といて嫌なことしかなかったの?」
聞かれてすぐに、頭の中に琥珀が浮かぶ。馬鹿みたいな面をして、よく笑う琥珀がいる神社はうるさくなった。あんなにも静かな場所だったのに。
「……飯がうまいな」
いつの間にか、食器や調理器具まで増えていた。神社に住んで七年目にして、生活感が溢れる場所になっている。誠司一人では起こり得なかったことだ。
まともな食事を口にする機会が増えたが、何よりも美味いと思うのは、琥珀と一緒に採れたての山菜を焼いて食べている時かもしれない。
「……おかえりとか、ただいまとか、言われると響く」
愛には少し、馬鹿犬に対しての悪態をつくだけの予定だった。
だが、横にいる外道がこんな時には聞き上手で困る。誠司がその処世術を半分でも持っていたなら、こんな生活をすることはなかっただろう。
ぽろりと一度漏れた本音は、壊れた蛇口からぽたぽたと落ちる水のように流れ出る。
「言われるたびに、いてぇ」
最後に言われたのは、両親からだ。事件が起きたあとも、両親の笑顔と共に言う「おかえり」と「ただいま」は変わらなかった。
琥珀が無邪気に、当たり前に言うから、色んな想いが交差して、胸が軋んで仕方がない。
「嬉しいよねぇ。私も「また明日」が、言えて凄く嬉しかったな」
ズズッと音を立てて、愛はイチゴミルクを飲んだ。その時を思い出しているのか、無意味にストローでタピオカをつついていた。
その足は、神社までの道を進んでいる。
「また一緒にいるのが、当たり前みてぇに言われるの嫌なんだよ」
何気ない挨拶は、誠司にとっては当たり前ではない。日常が崩れてなくなるのは、一瞬であることを身をもって体験した。
「……でも、それってとっても嬉しいよね?」
向こうの中には、自分が存在しているのが当たり前なのだから。と、愛はいつもの不敵さを醸した笑みではなく、柔らかに目を細めた。
「私も今は優樹くんと一緒にいるのが当然で、それが凄く嬉しいの」
何一つ隠すことなく、素直な想いを告げる愛を前にして、釣られたのかもしれない。または似た思いを持つところに強く共感してしまったからか。
愛の言葉を否定する気にはなれなかった。
「おじさん、その人のこともっと教えて」
「まあ、そいつを一言でいえば、間違いなく馬鹿だな。俺が病気した時に、どうしたらいいかわかんねぇからって俺以上にテンパって、他人の女連れてくるわ。ただの風邪だって言ってんのに、寝ずに見守るわ。こっちが気ぃ遣う」
「心配症だね。扱いやすそうで可愛い」
「扱いやすそうは余計だ、お前それ人前で二度と言うなよ」
「使い分けてるから大丈夫」
一切悪びれた様子のない愛に、誠司は呆れる。だが、ここまで来たらもはや清々しい気もしてくる。
「私の優先順位はいつも優樹くんなの。だから、他には冷たくなって……傷付けたこともあるけど。でも、変えられないから変えるつもりもないよ」
愛の口調は普段と変わらないが、珍しく眉を下げているのは、その傷付けた相手への申し訳なさからなのだろうか。
「はぁ、そうかよ。今どきのガキは色々あるんだな。まあいいんじゃないか。俺みたいに、どっちつかずで何も大事に出来ねぇ奴より、よっぽどいいだろ」
「ありがと。おじさんが良い人で本当に良かった」
それは本心からの言葉だったのだろうが、そのあとの行動が全てを台無しにする。
「おい待て。ナチュラルにゴミ渡してくるんじゃねぇよ」
良い台詞と共に、飲み終わって空になったドリンクカップを渡されたのだ。あまりにも自然過ぎる流れで、思わず受け取ってしまった。
「いいじゃん。おじさんも飲み終わってるし、重ねたら一つ持つのも二つ持つのも一緒でしょ?」
「そういう問題じゃねぇ。驕ってもらった手前、強くは言えねぇけどよ」
そうでしょと満足気にフリーになった手で組むと、愛はゆっくり告げた。
「おじさん、一人は寂しいよねぇ」
ドンッと心臓を殴られたような衝撃を受ける。誤魔化すように愛をあしらうが、大きな瞳が見透かすように覗いてくるので、思わず目を逸らした。
「まだ十やそこらのガキが何言ってんだよ」
「わかるよー。だって、私も優樹くんと出会う前は、ずっと一人だったから。それに、寂しいと思うのに年数は関係ないよ」
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