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第57話 加害者と被害者
しおりを挟む公園で彼女は、ペラペラと誠司の学生時代を話し続けた。
誠司のこんなところが格好良いとか、こういうところが優しいとか。話を戸惑いながら聞く華は、律儀に相槌を打っている。
そこへ、砂糖を購入した誠司が戻って来た。右手には華のおせちの他に、ビニール袋がひとつ増えている。
「誠司!」
誠司の足音に、二人も振り返る。
一人増えている人数に、訝しげに近付いて来た誠司も、彼女の顔を見ると足を止めた。
「お前……田淵か?」
「誠司くん、久しぶりだね」
「なんで田淵がここにいる」
「この間ね、同窓会があったの。俊くんも来てて、誠司くんにここで会ったって聞いたから」
「聞いたから、なんだ」
低く険しくなった誠司の声に、田淵は媚びるように語尾を甘くさせた。
「あ、同窓会聞いてなかったよね。ごめんね? 誰も連絡先を知らなくて、呼べなかったの」
「んなことどうでもいい。聞いたところで、行くわけねぇだろ」
「そんなに怒らないでよ。私が呼ばなかったんじゃないんだから」
どうにも、誠司と田淵の会話が噛み合っていない。次第に誠司が苛ついていくのがわかる。
しかし、状況に全くついていけていない琥珀と華が口を挟む事も出来ず、二人の会話は進んでいく。
「なんで高嶺さんと話してたんだ。まさか知り合いなわけでもないだろ?」
「まさかぁ。誠司くんに会いに来たんだよ。この商店街にいる事しかわからなかったから、会えて本当に良かった」
田淵が満面の笑みを見せている相手は今、これ以上ないほどに、田淵に冷めた視線を送っているのに。なぜ、そのテンションで誠司に話しかけられるのか。
田淵のメンタルは鋼なのだろう。
見ているこっちが、ハラハラしてくる。
「何しに来た」
「だから、誠司くんに会いたくて」
「もういい。早く要件を言え」
「久しぶりに会ったのに、つれないなー」
大きな舌打ちをした誠司に、琥珀の身体が硬くなる。
誠司に出会った初日だって、ここまで酷い態度は取られなかった。
「せ、誠司? 殴るなよ?」
誠司の手が出てしまうんじゃないかと、心配になるぐらいだ。
「誠司くんに、謝りたくて来たの」
田淵は、そう言うと誠司に頭を下げた。
「あの時は、本当にごめんね?」
「…………は?」
よほど予想外の言動だったのか、誠司は間の抜けた声をもらした。激しい苛立ちさえ、どこかへ行ってしまったようである。
「忘れちゃったの? 高校一年生の時、誠司くん私のこと庇ってくれたでしょ?」
口を半開きにしたまま、停止している誠司を気にも留めずに、田淵は続ける。
「なんか、ずっと罪悪感? みたいなのがあってさ、ちゃんと謝っておこうと思って」
そわそわと手足を動かして、誠司の反応を待つ田淵は、いつまでも口を開かない誠司に痺れを切らしたらしい。
琥珀も、誠司の様子が心配になってくる。
「誠司? 大丈夫か?」
「誠司くん、聞いてる? 許してくれる?」
「それは…………」
ぽつりとそう落として。少しの沈黙の後で誠司は、馬鹿みたいに厚化粧で馬鹿みたいな事を言う田淵に尋ねる。
「それは、何について……謝ってんだ?」
怒っているとも、責めているのとも違う。本当に、理解が出来ていないような問い方だった。
「だから、誠司くんそのせいで学校辞めちゃったでしょ? もう覚えてない?」
田淵は上目遣いで、覗き込むように誠司の顔色を窺うが、誠司の焦点は田淵に合っていない。何もない足もとに、ただ視線を落としていた。
「庇って、学校辞めたって、なんだよ。不祥事が原因だったんじゃねぇの? ごめんってなんだよ、おい誠司!」
前に琥珀は、部室で喫煙、飲酒をしていたのが露顕して、更には女生徒を強姦した事が原因だと聞いている。
琥珀の声は、誠司にしか届かないのに、今は誠司の耳にすら入らないらしい。
けれども、疑問を抱いたのは琥珀だけでは無かったようである。
「それ、どういう事ですか?」
琥珀の声を代弁するかのように、華が申し出た。
誠司の只ならない様子を見て、はたして華が立ち入っていいものなのか、迷いがあるような華だったが。田淵一人が、軽い口を開いた。
「えっとねぇ、話すとちょっと長くなるんだけど」
「私は構いません」
だが自分が聞いて、誠司はいいのかと、華は誠司に目を向けるが、誠司はいまだに地面を見つめたままである。
「そう? じゃあ、何から話そうかな。そうだ。私ね、すっごい格好いい彼氏が居たんだけど」
終始、この調子で語られた昔話に、琥珀達が絶句するまでそう時間はかからなかった。
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