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第50話 集会①
しおりを挟む約束の時間が近付くごとに、琥珀は憂鬱な気分になっていく。
そんな琥珀の気持ちと呼応するように、空は黒くて分厚い雲に覆われている。いつ大雨が降り出してもおかしくない。そうなれば大変だ。
今日の集会は中止にしてはどうだろうかと、色々なことに理由をつけては、無駄な足掻きを繰り返している。
他の神と契約者たちとの集会の日は、あっという間にやってきた。まるで、先延ばしにしたい琥珀の心を嘲笑うかのように。
つい先週、誠司たちと場所の確認をするために訪れた神社は、商店街からそう離れてはいなかった。
道案内に来てくれた華と、三人で神社に来た時は、あんなにも楽しかったのに。今はそのカケラも気分が上がらない。
現在、琥珀はその集会の場所へと、一人で向かっているところだ。
誠司は工場での仕事日だったため、遅れて来るそうだ。今日は午前だけで上がると言っていたから、集会が始まって少し経った頃に到着するだろう。
「あ、着いた……」
石造りの鳥居に迎えられて、琥珀はぺこりと頭を下げながらお邪魔する。
鳥居からは数分、竹林の中を進む。
白くて粒の細かい砂利道は、大人が五、六人、横に並んでもまだ余裕があるだろう。
左右を見事な竹林に囲まれながら、大きく右へ湾曲した道を歩く。
清潔感があり、神秘的ともいえる参道は、何度でも訪れたい。先週は確かにそう言ったはずだ。
本来なら三分あれば到着するところを、たっぷり十分もかかったことから、よほど気が進まなかったことがわかる。
琥珀は参道から、広場へ出る手前で立ち止まった。
「遅れるのもなぁ……」
遅刻はいけない。だから、琥珀だけが先に来たのだ。
それなのにここに居ても仕方がないと、大きなため息を陰鬱な後押しにして、琥珀は広場へ足を進めた。
最後の急な曲がり角を越えれば、すぐに景色が変わる。
円状に開けたここでは、子どもがボール遊びを出来るくらいに広い。竹林に囲まれているため、遠くへ飛んでいく心配もなく安心だ。
広場ある右奥の道をさらに進めば、拝殿や本殿があるのだが、今日はそこに用はない。
「あ、来た」
「あれ? ひとりじゃない」
「例の契約者はどうしたのかしら」
天界では、あまり約束を破る者がいない。集合時間が間際な今、後から来る誠司は置いといて、琥珀が最後に到着したのだろう。
広場には、すでに六組の神と契約者のペアが居た。
あるところは二人で、あるところは夫婦と三人で、また契約者家族と五人でいるところもある。それぞれが、自由にお喋りを楽しんでいたらしい。
神たちの視線が、琥珀へと集中した。
その六組とは別に、琥珀と同じく一人きりの神がいる。いちごだ。
ちょうど場所を分ける境界線を跨いだところだが、彼女が所属する地域は、隣町である。隣町の集会は、確か昨日終わっているはずだ。
本来ならば、居なくていい彼女がここに来ているのもどこか予想通りである。心の底から、外れていて欲しかったが。
「琥珀、あの契約者はどうしたの?」
「あー誠司はまだ」
仕事だからもうすぐ来るよと、そう言う前に。
身体にぴったりと沿った、ラベンダー色の丈が短いニットワンピースを着て、黒いコートのポケットに手を突っ込みながら、いちごは琥珀の目前まで歩いて来た。
まるで、いちゃもんをつけに来るヤンキーのようだと、琥珀はそんな感想を抱く。
あとは膝まである黒のブーツはヒールが高くて、砂利道にはひどく不向きそうだとも。
「あれだけ啖呵切っといて、やっぱり置いて来たんじゃない」
以前、少し歩くからとスニーカーで来た華は、この広場でテンションの上がった琥珀と、じゃれた追いかけっこをしてくれたが。
きっといちごとは、永遠にそんな時間は訪れない。
「恥ずかしくて、連れて来れなかったんでしょ?」
勝ち誇ったように、口の端を上げるいちごの言動が、また琥珀の心を波立たせた。普段よりも低い声が出る。
「無い事を想像して、勝手に悪く言うなよ。性格悪いぞ」
日頃から、いちごに思う事があったのだろう。何人かの神が吹き出して、いちごから睨まれるが、さっと視線を背けていた。
蛇の睨みは鋭くて、陰湿なのだ。
「じゃあどこに居るってのよ」
「もうじき来る。誠司は今日、仕事なんだよ」
「仕事? やだ、ホームレスがなんの仕事してるっていうの?」
高らかな笑い声が広場に響いた。契約者である人間たちも、ホームレスという言葉に、少々ざわつき始める。
「ああ、あれかしら? ゴミを漁ったりして、空き缶を必死に集める仕事? それは大変ね?」
「お前、本当にいい加減にしろよ!!」
誠司の工場は、時期に合わせたギフトボックスを製作している。工場にいるおっさんたちは、その見た目に似合わず、可愛いを大量生産しているのだ。
真面目な誠司が、今日は午前中で仕事を切り上げて来てくれるのに。
何も知らないいちごに、誠司が蹴落とされていく。
「大体なんで、いちごはそんなに俺に絡んでくるんだよ」
昔から、事あるごとにちょっかいをかけてくる。
まるで親の仇でも打つかのように、目の敵にされていた。当然、琥珀はいちごの親と軋轢などないが。蛇型の神は力があるが、これだから面倒なのだ。
「なんでって? やることなすこと目障りだからよ」
「いちごには何もしてねぇだろ!」
琥珀がホームレスと異端契約をしたところで、それは琥珀の失態だ。いちごには、少しも関係ない。
不穏な空気が流れていた。
周囲も傍観か仲裁か、その距離をはかっている中で、噂の契約者が到着する。
「うお、すげぇな。話には聞いてたが、神ってのは近くにこんないるもんなのか……」
「誠司! 誠……司…………? え、誠……」
誠司の声に振り向いた琥珀は、その姿をすぐに理解出来ず、思考が停止する。
ぽかんと口を開けていたのは、琥珀だけではなく、いちごも同様であった。
遅れて来た誠司は、集会場にスーツ姿で登場した。
濃いネイビーのスーツは、誠司のために作られたかのように、よく似合っていた。伸びた髪も、今はオールバックにまとめられている。
普段の目にかかるうざったい前髪や、そろそろ着過ぎて身体と同化しそうな服は、見る影もない。
「遅くなって悪かったな」
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