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第42話 不思議なお茶会①

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「それで、お前は」
「何?」

 小さな静寂に包まれて、誠司は疑問に思っていたことを口に出す。

「どこまで来るつもりだ」

 もう神社は近い。こんな辺鄙なところに、用がある子供はいないだろう。
 すると、愛はピッと誠司の持つタピオカを指をさした。

「飲んでる間って、言ったでしょ?」

 確かに途中から、飲むのをやめたタピオカミルクティーは、まだ三割ほど残っている。
 だが愛の悩み相談は終わった。これ以上、一緒にいる意味も必要もない。愛を帰そうとした時、誠司は人影に気付いた。

 

「あんた、なんで」
「あれ、お姉さん」
「あっ、藪原さん」

 神社の前で、佇んでいた華は振り返る。
 緑色のワンピースと、ベージュブラウンのカーディガン姿が、上手く背景に溶け込んでいたので、認識が遅れた。
 きっと離れた位置から華の写真を撮れば、ズームをして探さないとわからないだろう。

「お、お久しぶりです。その後は体調を崩しませんでしたか?」

 少し緊張した様子で、視線が散漫な華に「おかげさまで」と返事をする。
 誠司と子供という組み合わせを、華が不思議に思った様が垣間見えたが、ひとまず華は要件を先に告げることにしたようだ。


「その、幻のとろける安納芋プリンを購入したので、藪原さんと一緒に食べたいと思ったんですけど……」

 窺うように、誠司の返事を待つ華だが、一番先に口を開いたのは別の人物だった。

「嘘! それって、二つで一万円するって噂のあのプリン!?」
「あ、えぇと、そう」

 よく手に入ったものだと、愛は感心と羨望の声を漏らした。
 愛の突然の食い付きに、華は戸惑った様子だったが、スッと手に持っているプリンの箱を開けた。

「二つ入りで二個買ったから、一つ余るの。良かったら……」

 きっと華のプリン以外に、誠司と琥珀の分まで用意してくれたのだろう。
 そんな華のお誘いを、二つ返事で頷いた愛は今日一番の笑顔を見せる。

「本当!? やったぁ!! お姉さん、中入ろ!」

 タッと鳥居をくぐって先導する愛に、誠司は顔をしかめた。

「おい、勝手に……」
「駄目なの?」

 まさか食べれないのかと、悲壮な顔で誠司を見つめる愛と、誠司の隣にいる華も、不安げな表情を浮かべる。
 勝手にも入るも何も、そもそもここは誠司の所有地ではない。それに、人数分購入して、わざわざここまで足を運んで来た華の差し入れを断る気にもなれなかった。
 誠司は制止の言葉を取り消すことにする。

「はぁ……いや、いい」

 お許しと共に、足早で神社へ入っていった愛に続く二人。拝殿近くまで行くと、琥珀も合流する。


「えっ? お姉さんだ! おお、愛ちゃんも! 誠司おかえり! 元気だった?」

 琥珀の視線と身体は、せわしなく動いている。唐突な来客は、琥珀へそれなりの衝撃を与えているらしい。


「あー! 誠司、それ! 手に持ってるやつ!! あの店のじゃん!」

 華と愛への挨拶が忙しい中で、琥珀は目敏く、誠司のタピオカミルクティーを見つける。
 駆けつけて来て、足もとで飛び跳ねている琥珀に、誠司はため息と共に緩慢な動作でしゃがみ込む。

「あいつに貰ったんだよ。ほら、口開けろ」

 顎で愛を示してそう言えば、琥珀は素直に大きな口を開けた。以前から気にかけていたタピオカに巡り会えて、よほど嬉しいのか、琥珀の尻尾がやや膨らんでいる。

「え、タピオカなかった」
「丸飲みすんな、噛め」

 一度目はそのまま飲み込んでしまった琥珀だが、二度目は上手くタピオカのモチモチを楽しめたらしい。ご機嫌な琥珀がいる。


 そのあとすぐに、華たちを交えて、不思議な面子での茶会が開催された。

 主役である幻のとろける安納芋プリンは、さすが幻を語るだけあった。
 口に入れた瞬間に、安納芋の甘みが広がり、豊潤な香りが鼻を抜ける。

 みんなが頬を緩ませて、誠司までもが、隠しきれない笑みを浮かべていたのだ。
 語彙力を喪失させながら、プリンを楽しんでいると、愛が話題を切り出した。

「おじさんと華ちゃん、あの後仲良くなったの?」
「は?」

 愛の示したあの後がいつなのか理解出来ず、誠司は華を見るが、どうやら華も同様であるらしい。小首を傾げられるだけに終わる。

「愛ちゃん、どういうこと?」

 茶会中に仲を深めたらしい二人は、いつのまにか互いに「愛ちゃん」「華ちゃん」と呼び合うようになっていた。

「前におじさん、華ちゃんを庇って駅まで送って行ったでしょ?」

 話を聞いていると、どうやら誠司と華が始めて会った日。ストーカーと揉めたあの時の事を言っているようで、誠司は眉を寄せた。

「なんで知ってるんだよ」
「校長先生と見てたから」
「あっ誠司、その話俺も知ってる」
「はぁ??」


 情報が入る度、余計に訳がわからなくなり、誠司はしばらくの間、突然連れ去られた子どものようにポカンとしていた。
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