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第31話 看病
しおりを挟む琥珀は今、ベッドに横になっている誠司を見つめていた。
昨晩は、誠司を家の外へ出そうと、お姉さんと琥珀が悪戦苦闘していた時、誠司が目を覚ました。
意識が朦朧としながらも、誠司が頑なに病院を拒むので、救急車は中止。タクシーを呼んだお姉さんは、自宅へ連れ帰り、看病をしてくれている。
そして、夜に誠司が目を覚ます事なく、朝を迎えた。今は、お姉さんが朝ごはんを作ってくれているところだ。
(お姉さんは、よく料理するんだな)
キッチン周りには調味料が各種置かれて、壁にはフライ返しやお玉などが掛けられている。
先ほどから聞こえてくる包丁の音も、リズミカルで軽い。調味料どころか、調理器具ひとつない誠司とは、大違いだ。
(誠司……よく寝てる)
お姉さんの家は、おそらく1LDKの間取りで、誠司は今、そのLDKの部分にいる。
大きめなソファベッドを広げてくれて、誠司はそこで、ふわふわの布団に包まれながら寝ている。その頭もとには、お姉さんが置いてくれた丸くて可愛い赤色の加湿器がある。
誠司の額には冷えピタ、枕は氷枕と、色々用意してくれたおかげで、熱にうなされていた誠司も随分と寝やすかったみたいだ。
(部屋も綺麗だし、連れて来てもらって本当に良かった……)
すっきりと整頓された部屋には、少し広めの明るいブラウンの木目テーブルに、同じく木目の椅子がひとつ。
小さな本棚の上には、観葉植物が置かれている。今は誠司のベッドになっている、ソファベッドの前には、お洒落なガラステーブルがあり、どこも清潔感に溢れていた。
品があり、落ち着いた部屋で、お姉さんによく似合っている。
神社だって、誠司は綺麗に使っているし、開放感があり快適なのだが。やはり土の上で、木の幹の中で寝るより、こうして清潔な布団で眠った方が、病気の治りも早いだろう。
朝食作りがひと段落したのか、お姉さんは誠司の様子を見に来る。
「まだ起きないかな……ちょっとごめんなさい」
お姉さんは氷枕を新しいものに入れ替えて、誠司の服を少しズラすと、脇に体温計を入れる。ほどなくして、計測終了の音が鳴った。
「38.7……昨日よりは少し下がってるけど」
「下がったの? 誠司、治る?」
「どうしようかな。インフルエンザの時期ではないけど、ちょっと熱が高過ぎるし……でも、病院は……」
病院には絶対に行かないと、その一点張りだった誠司を思い出したのか、お姉さんは頭を悩ませる。
「いつから熱があるかにもよるよね。あんまり何日も続いてるようなら、やっぱり病院に行かないと」
「あ、昨日! 昨日から! その前は元気だった!」
「わからないよねぇ。まあでも、今はぐっすりだし。先に、朝ごはん食べようか」
今日一日様子を見て、変わらないようなら考えようと、お姉さんは琥珀とキッチンへ向かう。
「おじや、食べれるかな。わんちゃん用に、薄めに作ったんだけど」
「え、俺のもあるの? お姉さんありがとう!」
おじやを貰った後は、少し買い物に行って来るというお姉さんに、琥珀は留守を任された。
誠司を穴があくほどに見つめていると、ぱちりとその目が開く。
「誠司!! 大丈夫か!?」
誠司の黒目がゆっくりと左右を見た後、勢いよく起き上がる。
「は? なんだ、どこだよここ」
「おい、そんなに急に起きていいのか? まだ熱あるんだろ」
「おい、ここはどこだ。なんで俺が……」
「覚えてないか? お姉さんの家で、お姉さんが連れて来てくれたんだよ」
「お姉さん? ……そういや、誰かと話した記憶がある、のか?」
「あ、そうだ。お姉さんが起きたら、それ飲めって! 置いてくれてるから、誠司飲めよ」
誠司が琥珀の視線を辿ると、そこにはスポーツドリンクのペットボトルがある。
「おい、そのお姉さんってのは誰だ」
スポーツドリンクの他にも、冷えピタや氷枕の存在にも気付いた誠司は、ひどく怪訝な顔をする。
「知らねぇよ。初めて会ったし、商店街の近くに居たお姉さん呼んで来たんだ」
「なんでそいつが、俺の看病なんかするんだよ」
「なんでって……そりゃ誠司が病気だからだろ? 誠司が病院は行かねぇって言うから、家に連れて来てくれたんだよ」
「……意味がわからねぇ。神社に転がってるおっさんをわざわざ家で看病する奴なんかいねぇだろ」
「いるから、ここにいるんだろ?」
そうだけれどそうではないと、誠司が額を押さえて、大きなため息をつく。
「どうした? 頭痛いのか? ほら、まだ横になってた方がいいんじゃねぇの?」
「ちげぇよ。あぁもう、うるせぇな」
状況が把握出来ない誠司は、ひどく苛立っているようだった。
そんな中で、ガチャリとドアが開く音がする。
「あっ、良かった! 目が覚めたんですね」
両手に大きな袋を抱えて帰宅したお姉さんは、安心したように、笑顔を見せた。
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