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第29話 死体

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「待、待ってわんちゃん……」

 商店街から、神社までは歩いて十数分の道のりだ。
 
「わ、私……もう」

 琥珀が後ろを振り向けば、顎を上げて、息を切らしているお姉さんの姿があった。
 視界の先にはもう神社が見えているが、ここへ来るまで、十分も経っていない。
 
「走っ、走れない、かも」

 スピードは落ちて、小走りのようになってはいる。それでも。ぜぇぜぇとこれ以上ないぐらいに呼吸を荒げながら、走るのをやめないお姉さんに、こんな事を告げるのは本当に心苦しいけれど。

「ごめん、頑張って! もうそこなんだ」

 振り返ってそう言えば、お姉さんはひぃひぃ言いながらも、もうひと踏ん張りしてくれる。お姉さんのその姿に、琥珀は心の中で、何度も何度も謝罪を告げた。

「お姉さん、着いた!」

 鳥居の前で立ち止まり、お姉さんを待つ。ほどなく、到着したお姉さんも足を止めると、鳥居を見上げた後、神社の中を覗く。

「行こう!」
「ええっ」

 タッと先導して、琥珀が中に入るが、お姉さんは躊躇うようにそこに居る。
 お姉さんの視線の先には、鳥居の前、それも、ど真ん中に立てられた〈立ち入り禁止〉の看板があった。

「こ、ここに入るの……?」

 普段はまともに機能しないくせに、こんな時だけ効果を発揮する看板に、煩わしさを覚える。

「大丈夫、前に愛ちゃんも普通に入って来てたし。誠司なんか住んでるから!」

 
 お姉さんは看板の前で足踏みをしながら、困ったように琥珀に視線を送った。

 まるで人気の無い夜の神社。鳥居から続く参道には、背の低い石造りの電灯がいくつか並んではいるが、決して明るいとは言えない。
 女性一人で、今お供にいるのは子犬だけ。
 さらには、立ち入り禁止と書かれた看板まであり、女性が入るのを拒むには、充分過ぎる条件だろう。至極真っ当な判断だ。


「お願い、入って! もうちょっとなんだ」

 鳥居の中から、大きな声でお姉さんを呼び続ける。

「ううん、ええい! ここまで来たんだから! ごめんなさい、神様。少しだけお邪魔します」

 言葉は通じないが、琥珀の明らかな意思のある行動に、何か目的があるのだと、お姉さんは気付いてくれているのだろう。ぺこりと頭を下げてから、お姉さんも鳥居をくぐる。

「全然大丈夫! 神、俺だから!」

 こんな事で怒るほど、神の心は狭くは無いが。快適そうにこの神社に住む誠司と、悪気なくしれっと入ってくる愛ちゃんも、少しはこのお姉さんの慎みを見習った方がいい。

 二人は手水舎を通り過ぎ、参道の途中にある階段を登ると、拝殿までをまた小走りで進む。
 そうして、拝殿の裏から、林に入ろうとしたところで、再びお姉さんの足が止まった。

「嘘……まさか、入るの?」
「ごめん、そのまさか」

 拝殿の周りには、まだ少し電灯もあるが、裏の林となると、勿論灯りは一切無い。
 月明かりが照らすそれが、唯一の灯りだ。だが、幸いにも今夜は満月で、足もとは充分見える。歩くのに困難はないだろう。

「見えるよね? 大丈夫、すぐそこ!」

 林に入って、すぐに誠司の家がある。
 昼なら、覗けば見えるほどに近い。
 先に林に入ると、お姉さんは今度はもう躊躇うこと無く、後を付いて来た。

「こ、ここまで、来たんだからっ!!」

 途中で予定キャンセルの連絡をして、子犬を追いかけ、夜の立ち入り禁止神社にまで入ったのだ。もう何もせずには、帰れないのだろう。ヤケクソのような感じが、お姉さんから、ひしひしと伝わってくるが、何にせよ今は有り難い。

「わ、わんちゃん何があるのかな……し、死体とかじゃないよね……?」
「ちょっとやめてくれよ! 死んでねぇよ! ……ねぇ、よな!? え、お姉さん、ないよね!?」

 縁起でもないお姉さんの言葉に、心臓がどくりと跳ねた。そんなまさか、この数時間で死んだりすることはないだろう。

「でも出る前、すげぇ具合悪そうだったよな」

 頭の中に、家の中でたった一人、呼吸をしていない誠司が横たわっている姿が浮かんで、背筋がヒヤリとする。

「せ、誠司!!」

 琥珀は慌てて駆け出して、家の前で急ブレーキをかける。家の入り口は拝殿から見えないため、向こうへ回る必要があるのだ。
 くるりと入り口のところへ回れば、出た時と変わらず、家からは誠司の足先だけが見えている。


 急に止まった琥珀に倣って、お姉さんも恐る恐る入り口に回れば、その光景に、ひゅっと息を飲んだ。

「ひっ……っ!!」

 大きなクスノキの根本にある空洞から、人間の足が出ているのだ。夜に神社の林で、それを目撃した恐怖といったらないだろう。
 あまりの衝撃に腰を抜かしたお姉さんは、尻餅をついて、両手で口を押さえていた。
 
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