30 / 99
第29話 死体
しおりを挟む「待、待ってわんちゃん……」
商店街から、神社までは歩いて十数分の道のりだ。
「わ、私……もう」
琥珀が後ろを振り向けば、顎を上げて、息を切らしているお姉さんの姿があった。
視界の先にはもう神社が見えているが、ここへ来るまで、十分も経っていない。
「走っ、走れない、かも」
スピードは落ちて、小走りのようになってはいる。それでも。ぜぇぜぇとこれ以上ないぐらいに呼吸を荒げながら、走るのをやめないお姉さんに、こんな事を告げるのは本当に心苦しいけれど。
「ごめん、頑張って! もうそこなんだ」
振り返ってそう言えば、お姉さんはひぃひぃ言いながらも、もうひと踏ん張りしてくれる。お姉さんのその姿に、琥珀は心の中で、何度も何度も謝罪を告げた。
「お姉さん、着いた!」
鳥居の前で立ち止まり、お姉さんを待つ。ほどなく、到着したお姉さんも足を止めると、鳥居を見上げた後、神社の中を覗く。
「行こう!」
「ええっ」
タッと先導して、琥珀が中に入るが、お姉さんは躊躇うようにそこに居る。
お姉さんの視線の先には、鳥居の前、それも、ど真ん中に立てられた〈立ち入り禁止〉の看板があった。
「こ、ここに入るの……?」
普段はまともに機能しないくせに、こんな時だけ効果を発揮する看板に、煩わしさを覚える。
「大丈夫、前に愛ちゃんも普通に入って来てたし。誠司なんか住んでるから!」
お姉さんは看板の前で足踏みをしながら、困ったように琥珀に視線を送った。
まるで人気の無い夜の神社。鳥居から続く参道には、背の低い石造りの電灯がいくつか並んではいるが、決して明るいとは言えない。
女性一人で、今お供にいるのは子犬だけ。
さらには、立ち入り禁止と書かれた看板まであり、女性が入るのを拒むには、充分過ぎる条件だろう。至極真っ当な判断だ。
「お願い、入って! もうちょっとなんだ」
鳥居の中から、大きな声でお姉さんを呼び続ける。
「ううん、ええい! ここまで来たんだから! ごめんなさい、神様。少しだけお邪魔します」
言葉は通じないが、琥珀の明らかな意思のある行動に、何か目的があるのだと、お姉さんは気付いてくれているのだろう。ぺこりと頭を下げてから、お姉さんも鳥居をくぐる。
「全然大丈夫! 神、俺だから!」
こんな事で怒るほど、神の心は狭くは無いが。快適そうにこの神社に住む誠司と、悪気なくしれっと入ってくる愛ちゃんも、少しはこのお姉さんの慎みを見習った方がいい。
二人は手水舎を通り過ぎ、参道の途中にある階段を登ると、拝殿までをまた小走りで進む。
そうして、拝殿の裏から、林に入ろうとしたところで、再びお姉さんの足が止まった。
「嘘……まさか、入るの?」
「ごめん、そのまさか」
拝殿の周りには、まだ少し電灯もあるが、裏の林となると、勿論灯りは一切無い。
月明かりが照らすそれが、唯一の灯りだ。だが、幸いにも今夜は満月で、足もとは充分見える。歩くのに困難はないだろう。
「見えるよね? 大丈夫、すぐそこ!」
林に入って、すぐに誠司の家がある。
昼なら、覗けば見えるほどに近い。
先に林に入ると、お姉さんは今度はもう躊躇うこと無く、後を付いて来た。
「こ、ここまで、来たんだからっ!!」
途中で予定キャンセルの連絡をして、子犬を追いかけ、夜の立ち入り禁止神社にまで入ったのだ。もう何もせずには、帰れないのだろう。ヤケクソのような感じが、お姉さんから、ひしひしと伝わってくるが、何にせよ今は有り難い。
「わ、わんちゃん何があるのかな……し、死体とかじゃないよね……?」
「ちょっとやめてくれよ! 死んでねぇよ! ……ねぇ、よな!? え、お姉さん、ないよね!?」
縁起でもないお姉さんの言葉に、心臓がどくりと跳ねた。そんなまさか、この数時間で死んだりすることはないだろう。
「でも出る前、すげぇ具合悪そうだったよな」
頭の中に、家の中でたった一人、呼吸をしていない誠司が横たわっている姿が浮かんで、背筋がヒヤリとする。
「せ、誠司!!」
琥珀は慌てて駆け出して、家の前で急ブレーキをかける。家の入り口は拝殿から見えないため、向こうへ回る必要があるのだ。
くるりと入り口のところへ回れば、出た時と変わらず、家からは誠司の足先だけが見えている。
急に止まった琥珀に倣って、お姉さんも恐る恐る入り口に回れば、その光景に、ひゅっと息を飲んだ。
「ひっ……っ!!」
大きなクスノキの根本にある空洞から、人間の足が出ているのだ。夜に神社の林で、それを目撃した恐怖といったらないだろう。
あまりの衝撃に腰を抜かしたお姉さんは、尻餅をついて、両手で口を押さえていた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
小児科医、姪を引き取ることになりました。
sao miyui
キャラ文芸
おひさまこどもクリニックで働く小児科医の深沢太陽はある日事故死してしまった妹夫婦の小学1年生の娘日菜を引き取る事になった。
慣れない子育てだけど必死に向き合う太陽となかなか心を開こうとしない日菜の毎日の奮闘を描いたハートフルストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる