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第22話 名前②

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「誠司、せーじ」
「うるせぇ。無駄に呼ぶな」
「へへっ、いいじゃん! そんな怒んなよ」

 呼び方を変えただけで、ぐっと親しみ深くなった気がして、子犬の胸に喜びが広がっていく。
 そのうちキノコが焼けた良い香りが漂って来て、誠司は子犬のドックフードが入った紙皿にキノコを取り分けてくれた。

「ありがと! なぁ誠司、俺も名前!」
「……別にいいだろ。このままでも」
「やだよ、俺に名前付けてくれよ!」
「は? 今、付けるっつったか?」
「そう、俺まだ名前無いからさ」
「……意味がわからねぇ」
「そのまんまの意味だけど? 名前がないから、誠司が俺の名前決めんの」

 しばらく誠司は、眉間に皺を寄せたお決まりのあの顔で、停止していた。だが、その間に答えに辿り着く事が出来なかったのか、ゆっくりと口を開く。

「確か二百歳だとか言ってたな」
「ん? うん。おお、キノコうめぇ」
「その間、お前に名前はなかったのか」
「おう。人間と契約して初めて、名前貰うんだよ。契約者からな!」
「天界、とかではどうしてたんだ。お前以外にも神はいるんだろ」
「まあ、みんな契約済みだから、基本的に名前があって。二百歳未満のやつは、住んでる場所っつーのかな、それと見た目の特徴とかで」

 小川の端に住んでる黒の垂れ耳とか、オッドアイの女の子とか、誰かの話題が出た時は、大体それで通じるものだ。

「そんなんでわかるもんなのか」
「結構すぐわかる。例えば、誠司だったら〈神社に住んでるホームレスのおっさん〉だな」
「……あー、わかるな」
「だろ。でも、二百年名前で呼ばれる事がないからさ、やっぱり名前に憧れがあるんだよ」

 だから名前をくれと、輝いた瞳を誠司に向ければ、その視線はするりと逸らされた。

「断る」
「は!? なんで!?」
「その名前ってのは、これからずっとお前の名前になんのか」
「大体はみんなそうだな! 天界から降りない特殊な神もいるんだけど、その場合だけ自分とか親しい人が付ける」
「じゃあ、お前も自分で付けろ」
「だからなんでだよ!? 俺は契約者いるじゃんか!! あっ、あんたまさか、考えるのが面倒だとか言うんじゃないだろうな!?」
「……一生それになるんだろ。んな大層なもん付けれねぇよ」

 ぽつりと呟かれたそれは、拒否の理由としては随分まともなもので、子犬はうんうんと頭を悩ませる。

「いいよ! そんなすっげぇいい名前じゃなくてもさ、俺っぽいなんか、こうカッコいい感じの!」
「……自分で考えろ」
「やだよ! 頼むよ! 二百年待って自分で付けるとか、俺めちゃくちゃ寂しい奴じゃん! なんでもいいからさ」

 もう自己紹介の時に、つい自慢気になるようなハイセンスな名前は期待しない。
 どんな名前でも、愛着を持って大切に生きていくから。ここに来ての自分で名付ける事だけは避けたいのだ。

「話は終わりだ」
「待て、勝手に終わらせんなよ!」

 いつのまにか完食していた誠司に、子犬も慌ててキノコとドックフードを口にかき込んでいく。
 手際よく火の後始末もして、家に戻ろうとする誠司の足もとにスライディングすれば、それに引っかかった誠司は足を止めた。

「うおっ、お前危ねぇ事すんな!」
「なあお願いだって、名前付けてくれよ」
「うるせぇな、嫌だって言ってんだろ」
「そんなこと言わずにさ」

 子犬の声がまるで聞こえていないかのように、反応を示さずに、スタスタと家の中に入った誠司の後を追う。
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