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第18話 愛ちゃんが見たもの①
しおりを挟む向こうも子犬の事を覚えていたのだろう。少女らしく可愛らしい声というよりは、清流のように心地良い声が耳に届いた。
「元気そう。良かった」
階段を上りきった愛は、子犬の前でしゃがみ込むと、ふわふわと頭をなでた。
その優しい手つきが、天界の頃を思い出させて、子犬の心が解けたのがわかる。天界では、よくこうして頭をなでてくれた神が居たのだ。
もうその神も、十年ほど前に天界から居なくなってしまったから、誰かに頭をなでられるなんて久しぶりの感覚だった。
「はっ、気持ち良くなってる場合じゃねぇ。愛ちゃん、なんでこんな所に居んの?」
「綺麗な毛並み」
子犬が話しかけたところで、契約者以外の人間には声が聞こえるはずもなく、問いかけの返事はもちろん来ない。
愛は白くて柔らかな子犬の身体をなで続け、子犬もその心地良さに身を任せる。
「……人間って〈立ち入り禁止〉とか、気にしないんだな」
危険があったり、私有地であるなど、それなりの理由があるから、立ち入り禁止の看板があるのだ。そんな場所に、わざわざ入らなくてもいいだろうに。人間とはわからないものである。
「ここに来て十日程度で、二人目じゃん」
なかなかのハイペースで人間を見かけている。天界でこの神社は、人間が寄り付きにくいようになっていると教わっていたが、それもいよいよ信用出来ないものだ。
「あのおじさんは? 死んだの?」
「死んでない! 仕事! 今仕事行ってんの!! 生きてるよ!!」
冗談ではなく、ただの確認として聞いていそうな愛が恐ろしい。
「まあ、あの日の後にもおじさん見かけたから、死ぬのやめたんだと思ったけど」
「え、おっさんを? いつ?」
「ペットショップで、子犬用のドックフード買ってた。あれ、君のでしょ」
子犬から手を離した愛は、階段の一番上に腰を下ろすと、おいでと手招きする。
それに従って、子犬は愛のすぐ隣に座ってみると、にこりと笑顔を向けられた。
「私もそこに居たけど、可愛いペットショップで、なんだかおじさんだけ果てしなく浮いてて笑っちゃった」
「うわー……すげぇ想像つくな」
不審者のような風貌で現れたおっさんに、客と店員は引き気味だったそうだ。コロコロと笑いながら話す愛は、ちらりと子犬を横目で見る。
「でも、おじさんはいい飼い主ね」
「は? なんで!? しかもおっさんは飼い主じゃねぇから! ……いや、一応主従関係が結ばれたんだから、主人ってことになる……のか? いや、でも」
本来、人間と契約しても神にそこまでの規制はない。暗黙の了解として、行わないものだが、理由があればその契約者から離れる事も可能だ。
ただ今回のような子犬とおっさんの異端契約だと、話も違ってくる。契約中に子犬に触れたおっさんは、主とみなされ、おっさんの方が〈上〉であるのだ。
それほど不便はないのだが、おっさんの強い拒絶や制止された時には、子犬は立ち止まってしまう事が多い。
「あのおっさんが主とか、全然そんな感じしねぇけど。実際そうなのか」
納得したくない気持ちでいっぱいな子犬を他所に、愛は当時のおっさんの様子を話してくれた。
「おじさんドックフードの前から、全然動かなくって。店員さんが警戒して見てたら、話しかけたの。『どれがいいのか』って」
「え?」
「『犬に食わせるには、どれがいいんだ。種類が多くてわからねぇ』って、なんかわからないけど怒り気味で」
「……あのおっさんが??」
「その後も成分がどうとか店員さんの話しっかり聞いて、結局ね? 高い高い言いながら、子犬の成長のためにはコレっていう店員さんの一番のオススメ買っていったの」
愛は、おじさんは顔に似合わず良い人だと、可笑しそうに笑うが、子犬はぽかんとしてその話を聞いていた。
おっさんが言った『犬に食わせるには』その犬というのは、明らかに子犬の事を指している。
「あのおっさんが、俺のために……」
神にドッグフードを食べさせるなんて、どういう事だと怒りを覚えたものだが、あれは子犬の為に、おっさんが悩んだ上で購入して来たものらしい。
「へ、へぇ。そう。そうなんだ」
職場でも誰とも話さず、人と関わる事を嫌がってるおっさんが、わざわざ店員に聞いて。
一体どんな顔をして、その可愛いペットショップに入っていったのだろうと思えば、子犬の胸の奥が温かくなるのを感じる。
「嬉しい?」
「いやっ俺は全然! 別に? あんなホームレスで、挨拶も返さねぇおっさんに、そんなわけねぇじゃん」
パタパタと左右に揺れる子犬の尻尾を見て、愛は目を細めた。
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