12 / 99
第11話 子犬はお留守番
しおりを挟む「なんだよ、なんだよ……っ!!」
子犬の声が揺れるのは、憤りなのか、悲しさからなのか、あるいはその両方からか。
気持ちを抑えきれない子犬は、声を荒げて叫んだ。
「俺は、おっさんに人型見せただけじゃねぇか! そっちの方が、おっさんがわかりやすいと思って、無理して! それなのに……」
神力が枯渇している状態で、それでもふり絞って、その姿を見せたというのに、何がそんなに不満だったというのだろうか。
「頭が痛いのは、俺の方だっての!!!」
人型になり、ただでさえゼロに近かった神力がそれを下回ってしまった。
その代償で、先ほどから頭の芯がズキズキと痛む。呼吸も辛く、しばらくは立つこともままならないだろう。
「それなのに……俺といると、頭が痛くなるって……なんだよ、それ……」
心に深く残ったその言葉に、次第に声は小さくなっていき、気持ちもすっかりと沈んでしまった。
あの人間は、昨日からなぜああも怒っているのかが理解出来ない。
そして、覇気のないおっさんから、醸し出される全面拒否感はなんなのか。
子犬は人間を幸せに導くためにきた神で、それを夢見て生きてきた神なのだ。だが、その相手である人間がこんな態度では、こちらも為すすべがない。
「俺だって、あんなおっさんと契約なんてするつもりなかった」
数年前に、契約する家が決まっていた。前任者となる神から、今回その契約が子犬に引き継がれるはずだったのだ。
心待ちにして、何度もこっそりと様子を見に行ったその家族に、会える日を楽しみにしていたのに。
きっと契約不可となり、今も引き続き、その神が家族を見守っていることだろう。
「そこが俺の居場所だったはずなのに……誰がホームレスのおっさんと好き好んで契約なんかするかよ!」
過ごしてみると、神社は思いのほか住みやすくはあるが、それでも本来契約する筈だった人達を思えば、おっさんの生活も人格も、まるで話にならない。
「あの時、おっさんに触られたりしなけりゃ……今ごろは」
契約陣に乗って、いよいよそこに向かう途中に、おっさんに触れられた事で、全てを狂わせてしまった。
「そりゃ俺にも非があるかもしれないけどさ」
おっさんは契約の事など何も知らないのだから、事情を知っているこちらが気を付けなくてはいけない。確かにそうだ。
「天界でもそう教わったさ。でも、俺だってちゃんと確認したじゃんか」
契約日に日付けが変わって、神社へ訪れた子犬は、鳥居から参道、手水舎に拝殿まで、誰もいない事を確認した。
拝殿の中を隅々まで見るだけでなく、念を入れて屋根の上まで登ったというのに。
普通に神社へ参るだけなら、五分あれば足りてしまう広さの神社を、たっぷり二時間かけて見て回ったのだ。
「そもそもここって、人間が寄り付きにくい場所じゃなかったのかよ……」
天界で聞いていた話では、聖域の持つ力が、そうさせているはずだった。
「つーか、立ち入り禁止区域だろうが。おっさんそんなとこに入るなよな」
鳥居の前には、でかでかと<立ち入り禁止>という看板が立てられている。
どんなに見ないようにしたって、目に入るそれをおっさんは気にかけなかったのだろうか。
「結界だって張ったし……」
神社一帯を取り囲む結界も、きちんと張った。それ以降、神社に立ち入るものがいれば、虫一匹だって感知出来たのだ。そう、中にさえいなければ。
準備は、万全だった。あとは正午まで待って、契約が成立する。それで全てが終わって、また始まりでもあったはずなのに。
あの時を思い返せば、ふつふつと怒りすら覚える。
「どこの誰が、御神木に住み着いてる奴がいるなんて思うんだよ!!」
天界で習ったことは、違いなく順序通りに行った。それどころか、細心の注意を払ったといってもいい。もはやこれは、天界の指導不足ではないのか。
「俺が悪いけど、俺悪くなくね?」
完全に特異なおっさんが原因にあるだろう。これでただ注意不足だと責められても、釈然としないのだ。
今度、天界に伝えておかなくてはいけない。注意事項に<御神木に住み着いた人間がいる可能性有り。要注意>と記載しておけと。
もしも天界で、手違いで契約した子犬のことを馬鹿だと笑う者がいれば「お前は御神木一本一本、人間がいると仮定して確認したんだな?」と言ってやる。
そうでなければ、その程度の確認で何事もなく、契約を終えれた事に感謝するといい。運良くホームレスのおっさんと、出会う事がなかっただけなのだから。
「はぁ……くそ、なんでこうなるんだよ」
もっと確認をしていたら、回避出来ていたかもしれない。
結界を張ったあと、どうして油断してしまっていたのか。
目の前の事に胸がいっぱいで、おっさんの接近に気付く事が出来なかったこと。
昨晩から、何度後悔して、責めたところでもう何もかもが遅い。
二百年待って、あとほんの少しで叶うはずだった夢は、もう遥か遠くにいってしまった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小児科医、姪を引き取ることになりました。
sao miyui
キャラ文芸
おひさまこどもクリニックで働く小児科医の深沢太陽はある日事故死してしまった妹夫婦の小学1年生の娘日菜を引き取る事になった。
慣れない子育てだけど必死に向き合う太陽となかなか心を開こうとしない日菜の毎日の奮闘を描いたハートフルストーリー。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる