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第9話 常識
しおりを挟むその後、買い物は中断。おっさんはまるで米俵でも担ぐかのように、子犬を脇に抱えて、神社へトンボ返りをした。
何の説明もないままでわけもわからず、大人しく抱えられていた子犬だが、神社についた途端、放るように雑に降ろされる。
「なんだよ、危ねぇな!」
なんとか着地をしたが、断りもなく人を抱き上げておいて、最後には放り落とすなんて、身勝手にもほどがあるのではないか。
しかし、そんな子犬の批判も、おっさんの耳にはまるで入っていないらしい。
「おい、他には聞こえねぇってのはどういう事だ」
おっさんの普段から決して高くはない声が、いつもより更に重低音で、その視線も冷たい気がする。
質問の意図がわからずに「どうって…そういうことだけど」と返事をすると、おっさんは荒れた様子で地面を蹴った。
「チィッくそ、馬鹿相手の話し方がわからねぇ。勘弁してくれよ。こっちは、ただでさえ人と話す機会が少ねぇんだ。会話スキルなんて底辺まで落ちてんだぞ」
頭を抱えて、ぶつぶつと愚痴をこぼすおっさんだが、その中に聞き捨てならない言葉があった。
「え、馬鹿って俺のこと言ってんの!?」
「てめぇ以外に誰がいんだよ馬鹿犬が」
そう吐き捨てれば、ピンと高く尻尾を上げて、ご立腹な様子の子犬に、おっさんはため息をついた。
「……質問を変える。俺以外には、お前がいくら話したところで何も聞こえないってことか?」
「あー、何もっていうか……他の奴には、その姿の声帯に適した声が聞こえるんだよ。俺の場合、獣型で、その中でも犬に近い声が聞こえるんじゃねぇの」
へそを曲げつつ、ぶっきらぼうに答えると、おっさんは何やら考える素振りを見せる。
「……獣型ってことは、他の奴は違うってことか?」
「おう、獣型以外には爬虫類型も多いな。もともと人型の神もいるけど、それはほんの一握りで、位も最高位なんだ。天界では、俺もよくその人達に面倒見てもらってたなぁ」
天界を懐かしんで、子犬はしみじみと頷いた。
そもそも、神の中で二百歳というのは新米も新米なのだ。長いものでは二、三千年と生きているのだから。
現状の子犬は、人間でいえば、外国から日本へやってきた社会人一年目といったところだろう。
「 つーか、そもそも神ってのは、お前以外にもゴロゴロいるもんなのか」
「そりゃそうだろ? 人間に比べたら全然少ねぇけど、いっぱいいるよ。数えた事は無いけど、ざっと千以上はいるだろうな」
(そりゃそうじゃねぇよ……)
おっさんは、疲れた様子で舌打ちをする。
子犬が馬鹿であるとか、説明下手だとかはもちろんあるが、子犬の話し方から、どうやらそれ以前の問題である事を悟った。
子犬は神という存在が、人間にどれほど認知されていないかをそもそも把握していない。
だから、天界とやらの常識は、子犬の中で常識だから、わざわざ話すことがないのだろう。
それをどの程度わからないか一から説明するのも面倒だ。その都度、感じた疑問を投げかける方が早い気がする。
(……深く関わるつもりもねぇしな)
先ほどのように、知らない間に恥をかいたり、変人に見られるのは御免被るが、子犬と馴れ合うつもりは無い。
要らぬ恥をかかないために、最低限だけ知っていれば、それ以上は必要ないのだ。
(契約だかなんだか言っちゃいたが……ほっときゃその内いなくなるだろ)
普通の人ならまだしも。この先、未来も希望もないおっさんが相手だ。
天界の掟など知る由も無いが、子犬も少し落ち着けば、どうとでもするだろう。
(このわけわけんねぇ共同生活もそれまでだ)
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