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第4話 愛ちゃんと優樹くん②

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     まだおっさんの財布を狙い続ける少女を見て、少年はそれを制止する。

「愛ちゃんダメだよ!それにおじさんはほら、その、もしかしたらだけど。わからないけど、多分あんまりお金持ってないかもしれないし。いや、僕がわからないだけで、ほんとは沢山持ってるかもしれないけどね!多分だよ!」

    ちらちらとこちらの様子を見ながら、見るからにこいつは貧乏人だろうがとは言わない優しい少年のフォローが、聞いているこちらの胸まで抉る。小学生に、こんな気の遣われかたをする主人とは。

    すると、それを聞いていた少女は、ポンっと少年の肩に手を置いて、まるでわかっていないと首を振った。

「優樹くん?これに、金額の大きさは関係ないの」

「え…っと?どういうこと?」

「確かにおじさんのお財布の中身が、何万円だったらすっごくラッキー。何千円でもとっても嬉しい。小銭しかなくても、お菓子のひとつでも買えたらいい」

    金額はいくらだろうが、私たちには何の損もないのだからと、小さな外道はにこりと笑う。

「チロリチョコだって美味しく頂けるから、安心しておじさん」

    いくらでも大丈夫だから恥ずかしがらずに渡してみなさいと、天使の微笑みを見せる少女は、前世で悪魔に魂でも売ったのだろうか。

「もう愛ちゃん!ダメだってば!見て!この子!」

    そう言って、少年は今もなお、おっさんの足もとに噛み付いている子犬に指をさした。

「こんなに必死でおじさんのこと止めてる!この子、おじさんのことが大好きなんだよ」

    きっと、生まれた時から今まで優しく育てられて来たのだと、心優しい少年は憶測を語る。
   
「僕たちにはわからない二人が積み重ねて来た時間があるんだよ!そんな人から、お金はとっちゃダメ!おじさんも、この子置いて死んだりしちゃダメだよ」

「………」

    そんな少年の言葉に、目と目を合わせたおっさんと子犬。

(…ごめん。俺も、出会って十数分です)

    通りすがりの君たちと、おっさんと積み重ねた歴史は大して変わらない。なんて、きらめいた瞳でおっさんを見る少年には言えない。

    しかし事実とはまるで異なるそれは、少女のドス黒い心を拭う材料にはなったようである。

「…そっか、それもそうだね」

   ようやくわかってくれたのかと、胸をなでおろした少年に、少女もこくりと頷いた。

「校長先生だけにする」

   うん!と、笑顔を見せた少女。どうやら、外道の標的がおっさんから、違うおっさんに変わっただけらしい。

「ダメだってば、校長先生泣いてたじゃん」

   もう。と、少女を窘めた少年は、いつ少女の気が変わるかわからないため、標的から外れている内に退散しなくてはと、早々に頭を下げた。

「ごめんなさい…邪魔を、してしまって。おじさんの人生だから、僕には何も言えないけど。でも、これも何かの縁だと思って考え直してくれたら嬉しいです。その子も、おじさんを必要としてるみたいだし」

    しっかりとおっさんに向き合い、姿勢を正してそう述べた少年に、お前本当はいくつなんだ所帯持ちだろうと、心の中で叫んだ。

「じゃあ、僕たちはもう行きます」

     少年は、じっと子犬を見ていた少女の手を握って、帰路の続きを促せば、少女はおっさんへと視線を上げた。

「おじさん、その子の次の飼い主を見つけてからね」

「こら愛ちゃん」

「飼い主の義務よ?」

「そうだけど、そこじゃなくて」

   そんな会話を広げながら、去っていく少年少女。小さくなっていく背中を見ながら、子犬は思った。どうか、少年。その手を離さずに、少女の歩く道をこれからも正してあげてくれと。


   そして、残された二人の沈黙はどちらともなく破られた。

「すげぇな…」

「なぁ、最近の小学生ってみんなああなのか…?」

    躊躇なく鈍器を人の頭に振り下ろしそうなあの少女もさる事ながら、少年も少年である。今どきの小学生がわからな過ぎて神様はもう置いてけぼりだ。

「俺に聞くな。小学生ガキと関わることなんか滅多にねぇよ」

「なんてゆーか…台風直撃された後みてぇ」

「台風…?台風っつーより、ダンプカーに横からはねられた感じだな」

「ああ…確かに」

    そっちの方が、近いかもしれないなと妙に納得出来た。


「とりあえず、さ」

   おっさんを見上げれば、視線が混じる。

「おっさん。戻ってきて、話そうぜ」

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