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プロローグ
しおりを挟む「はぁっはぁっ…!!」
とある神社の裏側。秋風で落ち葉が舞う中で、一匹の白い子犬が歓喜に震えていた。
本日は200年間、待ちに待った人間界デビューの日である。つい抱きしめたくなるようなふわふわもこもこで真っ白な体を震わせて、小さな神は興奮のあまり息を切らしながら、契約陣を覗く。
今から向かう家は、決して名高い家であるわけではない。しかしながら、天界で修業を重ねながら、長年ずっと、ずーっと見守っていたのだ。
少し天然な優しい父と、どぎつい天然な優しい母と、妹が大好きで優しい天然なお兄ちゃんと、生まれたばかりの可愛い可愛い女の子。
それが今から、向かう家。優しくて、穏やかで、陽だまりのような温かな家庭。
これから先ずーっと、守っていく家。
今日この日をどれだけ楽しみにしていたことか。待ち望んでいたことか。
「はぁっはぁっ」
期待と共に早くなる鼓動。今か今かと、待ちきれずに右前足は契約陣の上を行ったり来たりを繰り返す。
そして太陽が真上に上がった頃、時は満ちた。
ぴょんっと、嬉々として契約陣の上に飛び乗れば、契約陣の中の空気が澄み渡っていくのを感じる。
それは、契約がしっかりと成されている証拠で、向こうの家も準備万端で待っていてくれたのだと思えば、嬉しくて目頭が熱くなる。
あと少し、あと少しで召喚される。感慨深いものが込み上げてきて、すっと目を閉じた時だった。
「おい、お前大丈夫か」
突如がっしりと掴まれた背中に、後ろを振り向けば、そこにはよれよれの服を着て、だらしない無精髭にボサボサ頭。
お世辞にも清潔感とは程遠いおっさんが、そこに居た。
突然のおっさんの登場に、目をまんまるに見開いて固まっていれば、契約陣の中の空気が変わる。
(え…?)
先ほどまで澄み渡っていたそれが、空気に溶け込んでいくような感覚が、みるみるうちに消え去り、反対に掴まれたおっさんの手や、冷たい地面の触感を実感する。
(お、おい…待っ)
ぽすぽすと、前足で契約陣をつついても、まるで反応を示さない。
(う、嘘だ…)
頭の中に浮かんだのは、天界で再三言われ続けていた掟。
ー契約中に人間に触れれば、その瞬間からその人間を主とし、主従関係が結ばれるー
そんな馬鹿な失敗をする奴がいるものかと、天界では仲間たちとよく笑ったものだ。
「おい、生きてるか?」
心配そうに、覗き込んでくるのは、汚らしいおっさん。全身の血の気が下がっていくのがわかった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
200年間待ち望んでいた契約が、崩れ去った瞬間である。
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