妖派遣はじめました

もじねこ。

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33話 とおと桃子

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「笑ってんじゃないわよ! 約束通り母親を連れて来たわ! 早く子どもを返しなさい!」

 おくるみを揺らしていた女郎蜘蛛は、ピタと動きを止めて、首だけでこちらを向いた。あのまあるい鉱石をはめ込んだような瞳が、絵里子をじぃっと見つめる。
 サテンの青いドレスに似た光沢を持つ、青一色の瞳。人型といえど非常に異質な容姿だ。ここまで奮闘していた絵美子も、女郎蜘蛛を前に勇気を失っている。

「まことに迎えが来たのねぇ。でも、駄目よぉ。返さないわぁ」
「約束が違うじゃない!」
「約束した覚えはないわよぉ? わらわはねぇ、話は連れて来てからだと言ったの。でも、やっぱり駄目ねぇ。もうあなたのものじゃないの。捨てたのを拾ったのだから、わらわのものなのよねぇ」

 ほ、ほ、と笑う女郎蜘蛛に、絵美子は腰を抜かしながら「捨ててなんかない!」と訴えた。

「捨てるなんてそんな……! あなたが桃子を攫ったんでしょう!」

 お願いだから返してくれと、絵美子は震えた声で懇願する。

「攫うなんて、まこと酷い嘘をつく人間ねぇ」

 女郎蜘蛛は絵美子に興味を無くしたように、視線をおくるみに戻した。とぉん、とぉんと、おくるみをつついて、振り子のように揺らし始める。

「嘘なんかじゃない。一週間前、公園のベンチに桃子を寝かせた時! あなたが桃子を攫って走り去ったのをはっきり見たもの!」

 また、ピタと動きを止めて、女郎蜘蛛は絵美子に目を向けた。

「ああ、の」
「あの時は急に電話が来て、抱っこ紐もなくて。ほんの少し目を話しただけだったのに」

 一番小さい繭のそばに移動した女郎蜘蛛は、繭の端を掴んで立たせ、中にいる赤ん坊の顔を見せた。まだ毒針を刺されていない赤ん坊は、顔を真っ赤にして泣いている。

「桃子!」
「ほ、ほ、ほ。それはそれは」

 にっこりと目を細めて、女郎蜘蛛は天井からぶらさがる、おくるみの糸をぶつりと切った。桃子を抱いて、おかしそうに笑い声を上げる。

「きゃああ、何をするつもりなの! お願いやめて!」
「あんた子どもに手を出したら、ただじゃおかないわよ」

 白乃姫が今にも飛びかかろうとすれば、女郎蜘蛛は桃子を抱いたまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。

(赤ん坊を盾にする気?)

 桃子を眺めながら、白乃姫たちの目前までやってきた女郎蜘蛛は、両手を差し出した。

「返そう」
「……え?」

 白乃姫と絵美子の声が綺麗に重なる。二人は互いに目を合わせ、もう一度、女郎蜘蛛に視線を戻すと、今度は彼女がきょとんとした顔を見せた。

「とおを迎えに来たんでしょぉ。返すというておるのよぉ」

 そのまま桃子は女郎蜘蛛の手を離れ、すっぽりと絵美子の腕におさまった。
 てっきり最後は戦いになると思っていたが。突然の手の平返しに、絵美子も状況についていけず、我が子の帰還を喜ぶこともできない。

「女郎蜘蛛、あんたどういうつもり?」
「とおの母、ごめんなさいねぇ。あの時、わらわはとても急いでいたから。そう、とおは捨てられていなかったのねぇ」

 勘違いだったと、女郎蜘蛛は眉を下げて謝罪を告げた。

「ああ、とおの母。こんなにやつれて。ほんに申し訳ないことをしたねぇ。ずうっと心配だったろうねぇ」

 おろおろと、絵美子を気遣う女郎蜘蛛の姿は、白乃姫との争いを避けるための演技には見えない。

「勘違いって……あんた、人攫いじゃないの?」
「はじめからそう言っているでしょぉ。わらわは捨ててあるから拾ったのよぉ、でも、そうね。とおは違ったのねぇ」

 白乃姫は十個あるおくるみを全て覗いていく。内の五つは空っぽで、中にいる子どもは、赤ん坊が二人。幼児が三人。外に出ている桃子とここのつを含め、七人全員が人の子だった。

「じゃあ他の子は……人が人を捨てたっていうの?」
「そうよぉ」

 今の女郎蜘蛛に敵意は欠片もないが、手放しには信じられない。人攫いでなかったとしても、子どもを集める理由はなんだというのだ。
 仮に悪意はなくとも、妖の感覚は人間とずれていることがある。空っぽになった繭の中身は今、女郎蜘蛛の腹の中かもしれない。
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