23 / 35
22話 乙女の暴走
しおりを挟む
* * *
桜ノ神社までノンストップで駆けて来た白乃姫は、慌ただしく社殿の戸に手をかける。何十年も修理を行っていない木製扉はすんなりと開閉できず、がたがたとやかましい音を立てた。
中は十二畳ほどの小さな社殿だが、慣れ親しんだ大切な場所だ。我が家に帰ってきたような安心感を得て、乱れた呼吸が整えられていく。
呼吸と同時に乱れまくった心も整ってくれれば良かったのだが、現実はそう甘くないらしい。
ぺたりと腰を落として、凪とのやり取りを思い返す。
「好きって、こんな……急に、どうしてそうなるの⁉」
受け入れられない理由もあった。
これまで白乃姫は凪と一緒に居て、何度か赤面したことがある。必死に隠そうとしても、ふいに凪に男を感じて、表に溢れてしまうことがあった。対して凪はどうか。
「顔赤くするどころか、私のこと女の子として見てるようには見えなかったのに」
去年だろうか。着替え中に凪と鉢合わせたことがある。慌てたのは半裸状態の白乃姫だけだった。肌を見た凪は、平然とした顔をしていたくせに。それを突然、なんだというのだ。
けれど、あれを幼馴染としての好意だと取るほど愚鈍ではない。白乃姫が持つ「好き」と同じ。完全に愛の告白だ。
「可愛いなんて、言ったことないじゃない。もっもっと、小出しにしてくれたっていいでしょ⁉」
だから今の今まで、女性としての自信はなかった。幼馴染を越えた、一方通行な想いを凪に抱いていることに、どれだけ頭を悩ませたことか。
「す、好きなんて言われたことない」
それこそ凪がまだ四歳くらいだろうか。無邪気に「白乃、白乃」と後をついて回っていた頃に言われたのが最後である。互いが異性になるずっと前の話だ。
「一生離す気がないって……え? それって、プロポーズじゃない?」
体温の上昇と共に「んんんっ」と声にならない声が漏れた。ドンドンと拳を床に叩きつけて、乙女心の暴走を止めることに努める。
「駄目、駄目よ!」
いけない。頭の中の花畑が満開である。落ち着いて、ひとつひとつ順番に考えなくては。
脳裏に凪の姿を思い浮かべる。幼少期を思い返すと、隣には白乃姫の姿を簡単に思い浮かべることが出来た。ただ、今は凪の隣はいつも黒い人影がいる。白乃姫がずっと恐れている、まだ見ぬ女性の存在。そこには凪と番になる人間が現れるはずだった。
その黒い人影に、おそるおそる白乃姫自身を当てはめてみる。
隣り合った凪は白乃姫に向き直ると、そっと頬をなでて、静かなのに熱いまなざしを向けた。そしてそのまま、白乃姫の唇に――。
「い、いい加減にして!」
脳内キスをする直前で、煩悩まみれの妄想を振り払う。先ほど凪が白乃姫にした一連が、どうにも頭から離れてくれない。
長年恋をしているが、こちとら恋愛初心者なのである。この恋は壁打ち専門だったのだ。返球は想定外で、もちろん試合をするつもりもなかった。
寝そべって足をばたつかせていると、開きっぱなしになっている戸から、外の景色が見える。どれほどの時間をここで凪と過ごしたのだろうか。目を閉じると、どの年代でも凪は決まってそばにいた。幼い頃から二人でよく遊び、ときおり気が乗った珠が参戦してくれると二人で大いに喜んだものだ。
「凪との思い出ばっかり。……もう! 私は妖で、凪は人間なのよ!」
ふと出てきた言葉に、はっとする。ぽやぽやと日が差していた花畑に、暗い雲が覆った。
そうだ。その問題を前に、何を舞い上がっていたのか。
「なんだ? 神主に告白でもされたか?」
「きゃああっ⁉」
「うおっ、なんだよ。急に大きい声出すなよ!」
権左衛門は「俺は耳がいいんだ」と、顔をしかめて文句を垂れる。
桜ノ神社までノンストップで駆けて来た白乃姫は、慌ただしく社殿の戸に手をかける。何十年も修理を行っていない木製扉はすんなりと開閉できず、がたがたとやかましい音を立てた。
中は十二畳ほどの小さな社殿だが、慣れ親しんだ大切な場所だ。我が家に帰ってきたような安心感を得て、乱れた呼吸が整えられていく。
呼吸と同時に乱れまくった心も整ってくれれば良かったのだが、現実はそう甘くないらしい。
ぺたりと腰を落として、凪とのやり取りを思い返す。
「好きって、こんな……急に、どうしてそうなるの⁉」
受け入れられない理由もあった。
これまで白乃姫は凪と一緒に居て、何度か赤面したことがある。必死に隠そうとしても、ふいに凪に男を感じて、表に溢れてしまうことがあった。対して凪はどうか。
「顔赤くするどころか、私のこと女の子として見てるようには見えなかったのに」
去年だろうか。着替え中に凪と鉢合わせたことがある。慌てたのは半裸状態の白乃姫だけだった。肌を見た凪は、平然とした顔をしていたくせに。それを突然、なんだというのだ。
けれど、あれを幼馴染としての好意だと取るほど愚鈍ではない。白乃姫が持つ「好き」と同じ。完全に愛の告白だ。
「可愛いなんて、言ったことないじゃない。もっもっと、小出しにしてくれたっていいでしょ⁉」
だから今の今まで、女性としての自信はなかった。幼馴染を越えた、一方通行な想いを凪に抱いていることに、どれだけ頭を悩ませたことか。
「す、好きなんて言われたことない」
それこそ凪がまだ四歳くらいだろうか。無邪気に「白乃、白乃」と後をついて回っていた頃に言われたのが最後である。互いが異性になるずっと前の話だ。
「一生離す気がないって……え? それって、プロポーズじゃない?」
体温の上昇と共に「んんんっ」と声にならない声が漏れた。ドンドンと拳を床に叩きつけて、乙女心の暴走を止めることに努める。
「駄目、駄目よ!」
いけない。頭の中の花畑が満開である。落ち着いて、ひとつひとつ順番に考えなくては。
脳裏に凪の姿を思い浮かべる。幼少期を思い返すと、隣には白乃姫の姿を簡単に思い浮かべることが出来た。ただ、今は凪の隣はいつも黒い人影がいる。白乃姫がずっと恐れている、まだ見ぬ女性の存在。そこには凪と番になる人間が現れるはずだった。
その黒い人影に、おそるおそる白乃姫自身を当てはめてみる。
隣り合った凪は白乃姫に向き直ると、そっと頬をなでて、静かなのに熱いまなざしを向けた。そしてそのまま、白乃姫の唇に――。
「い、いい加減にして!」
脳内キスをする直前で、煩悩まみれの妄想を振り払う。先ほど凪が白乃姫にした一連が、どうにも頭から離れてくれない。
長年恋をしているが、こちとら恋愛初心者なのである。この恋は壁打ち専門だったのだ。返球は想定外で、もちろん試合をするつもりもなかった。
寝そべって足をばたつかせていると、開きっぱなしになっている戸から、外の景色が見える。どれほどの時間をここで凪と過ごしたのだろうか。目を閉じると、どの年代でも凪は決まってそばにいた。幼い頃から二人でよく遊び、ときおり気が乗った珠が参戦してくれると二人で大いに喜んだものだ。
「凪との思い出ばっかり。……もう! 私は妖で、凪は人間なのよ!」
ふと出てきた言葉に、はっとする。ぽやぽやと日が差していた花畑に、暗い雲が覆った。
そうだ。その問題を前に、何を舞い上がっていたのか。
「なんだ? 神主に告白でもされたか?」
「きゃああっ⁉」
「うおっ、なんだよ。急に大きい声出すなよ!」
権左衛門は「俺は耳がいいんだ」と、顔をしかめて文句を垂れる。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる