妖派遣はじめました

もじねこ。

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22話 乙女の暴走

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* * *

 桜ノ神社までノンストップで駆けて来た白乃姫は、慌ただしく社殿の戸に手をかける。何十年も修理を行っていない木製扉はすんなりと開閉できず、がたがたとやかましい音を立てた。
 中は十二畳ほどの小さな社殿だが、慣れ親しんだ大切な場所だ。我が家に帰ってきたような安心感を得て、乱れた呼吸が整えられていく。
 呼吸と同時に乱れまくった心も整ってくれれば良かったのだが、現実はそう甘くないらしい。
 ぺたりと腰を落として、凪とのやり取りを思い返す。

「好きって、こんな……急に、どうしてそうなるの⁉」

 受け入れられない理由もあった。
 これまで白乃姫は凪と一緒に居て、何度か赤面したことがある。必死に隠そうとしても、ふいに凪に男を感じて、表に溢れてしまうことがあった。対して凪はどうか。

「顔赤くするどころか、私のこと女の子として見てるようには見えなかったのに」

 去年だろうか。着替え中に凪と鉢合わせたことがある。慌てたのは半裸状態の白乃姫だけだった。肌を見た凪は、平然とした顔をしていたくせに。それを突然、なんだというのだ。
 けれど、あれを幼馴染としての好意だと取るほど愚鈍ではない。白乃姫が持つ「好き」と同じ。完全に愛の告白だ。

「可愛いなんて、言ったことないじゃない。もっもっと、小出しにしてくれたっていいでしょ⁉」

 だから今の今まで、女性としての自信はなかった。幼馴染を越えた、一方通行な想いを凪に抱いていることに、どれだけ頭を悩ませたことか。

「す、好きなんて言われたことない」

 それこそ凪がまだ四歳くらいだろうか。無邪気に「白乃、白乃」と後をついて回っていた頃に言われたのが最後である。互いが異性になるずっと前の話だ。

「一生離す気がないって……え? それって、プロポーズじゃない?」

 体温の上昇と共に「んんんっ」と声にならない声が漏れた。ドンドンと拳を床に叩きつけて、乙女心の暴走を止めることに努める。

「駄目、駄目よ!」

 いけない。頭の中の花畑が満開である。落ち着いて、ひとつひとつ順番に考えなくては。
 脳裏に凪の姿を思い浮かべる。幼少期を思い返すと、隣には白乃姫の姿を簡単に思い浮かべることが出来た。ただ、今は凪の隣はいつも黒い人影がいる。白乃姫がずっと恐れている、まだ見ぬ女性の存在。そこには凪と番になる人間が現れるはずだった。
 その黒い人影に、おそるおそる白乃姫自身を当てはめてみる。
 隣り合った凪は白乃姫に向き直ると、そっと頬をなでて、静かなのに熱いまなざしを向けた。そしてそのまま、白乃姫の唇に――。

「い、いい加減にして!」

 脳内キスをする直前で、煩悩まみれの妄想を振り払う。先ほど凪が白乃姫にした一連が、どうにも頭から離れてくれない。
 長年恋をしているが、こちとら恋愛初心者なのである。この恋は壁打ち専門だったのだ。返球は想定外で、もちろん試合をするつもりもなかった。
 寝そべって足をばたつかせていると、開きっぱなしになっている戸から、外の景色が見える。どれほどの時間をここで凪と過ごしたのだろうか。目を閉じると、どの年代でも凪は決まってそばにいた。幼い頃から二人でよく遊び、ときおり気が乗った珠が参戦してくれると二人で大いに喜んだものだ。

「凪との思い出ばっかり。……もう! 私は妖で、凪は人間なのよ!」

 ふと出てきた言葉に、はっとする。ぽやぽやと日が差していた花畑に、暗い雲が覆った。
 そうだ。その問題を前に、何を舞い上がっていたのか。

「なんだ? 神主に告白でもされたか?」
「きゃああっ⁉」
「うおっ、なんだよ。急に大きい声出すなよ!」

 権左衛門は「俺は耳がいいんだ」と、顔をしかめて文句を垂れる。
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