妖派遣はじめました

もじねこ。

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21話 幼馴染

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* * * 
 
 今度の妖派遣は、失敗だった。結果、依頼人の朝陽は満足しているようだが、白乃姫は何もしていない。ただ喚いて、うだうだと文句を言って、移り気な座敷童子を責めたのに、彼女がいざ翔太と生きる覚悟を決めればどうしてと納得出来ない。先に進んだ暮椿。自分が成せない覚悟が羨ましかった。
 白乃姫は凪と離れることなんて出来ないのに、進むことも出来ない。
 凪にはいつか、恋人が出来るのだろう。学校か、それとも会社か。同じように歳を取り、同じ目線で生きることが出来る人間とつがいになるのだ。

(嫌だ、どうにかなりそう)

 想像しただけで、狂おしい嫉妬心が体の隅まで支配していく。
 凪の世界が広がって、楽しく過ごして欲しいと願う気持ちも本当だ。一方で、全てを白乃姫だけに向けて欲しいと思うほど、恋焦がれてもいる。恋をすると、矛盾がいとも簡単に成立するのは何故なのだろうか。
 前向きな気持ちだけでいられたら、胸が苦しくなることも、自らの嫉妬心に疲れてしまうこともないのに。

「私も人間になりたい」
「なんで?」

 幼き頃からの切望だった。置いて行く側の人間には、分からないのだろう。失うのが怖いと言った暮椿に、仕方ないと返せてしまう凪には。白乃姫の頭から、ずっと離れない問題も、凪にとっては「仕方ない」の一言で片付けられるものなのだ。
 隣にいるのに、遠くに感じるこの現象をなんと呼ぶのだろう。

「暮椿も上手くいったろ。妖とか人間とか気にしすぎなんだって。あいつらもきっと大丈夫だ」
「ずいぶん暮椿を気にするのね。暮椿も凪を気に入ってたみたいだし。ああ、もしかして凪もそうだったの?」
「は? 今そんな話してたかよ」
「だって、傷だらけになってまで助けたかったんでしょ?」

 どうしようもなく苛立っていた。凪が自己犠牲を厭わず、軽率に大怪我を負ったことも。その理由が他の女を助けるためだったことも。長年、白乃姫が葛藤している問題を分かち合えないことにも。凪が大切で、嫉妬して、悲しい。ぐちゃぐちゃになった感情は、凪にぶつけられていた。

「本当は、凪が付き合いたかったんじゃないの?」
(やだもう、可愛くない)

 誰も得をしない言葉が、どうしてこうも出てきてしまうのか。こんな自分が心底嫌いだった。

「可愛い妖だったしね。あの容姿じゃ惹かれるのも無理ないわ」

 早く、謝らなくては。「ごめんね、本当はそんなこと思ってないの」早くそう言って、仲直り。またいつものように笑い合う二人に戻るのだ。そう思っているのに、言葉の棘は抜けない。
 どうする。もしも凪が頷いてしまったら。どうすればいい。ずっと、怖いのだ。

「はぁ?」

 いつもより低い凪の声に、びくりと肩をすくませる。小さい頃こそ、しょうもない喧嘩もたくさんしたが。もう十年以上、凪を怒らせたことも喧嘩をしたこともなかった。

「それ、本気で言ってんの?」

 不機嫌に細められた凪の視線が、白乃姫に刺さる。嫌な汗が背を伝った。凪は穏やかな人で、こんな風に怒りを露わにすることはない。
 嫌われたら、生きていけない。白乃姫にはもう、凪しか残されていないのに。凪を失うだけで、世界はこんなにも簡単に暗くなる。

「な、凪、ごめんなさ――っ」

 謝罪を遮るように、凪の手が頬に触れた。ごつごつした手は頬を撫で、滑らせるように頭の後ろまで回った。

「俺が、暮椿を好きだって?」
「な、ぎ?」

 至近距離で凪と視線が混じる。後ずさりしようにも、凪の手がそれを許さなかった。

「白乃」

 低くて甘い声が、耳に直接響く。思わず視線を下げるが、凪は続けた。

「俺はずっと、白乃のことしか見てねぇ。他の女なんて知るかよ」
「ちょ、ちょっと、凪。待って」

 鼓動がうるさくて仕方なかった。離れようと凪の胸を押しても、びくともしない。幼馴染の男の子はとっくにいなくて、いつからか男の人になっていた。

「好きだ。白乃」
「凪、待って。そんな、突然」
「わりぃけど、一生離す気ねぇから」

 ぎゅっと心臓が掴まれたような痛みを訴える。どうしてこうなったのだろう。誰か説明してくれないか。さっきまで喧嘩をしていたはずなのに、白乃姫は今、最愛の人から愛をささやかれている。

「白乃。こっち向いてくれ」

 どうすればいいか分からなくて、凪の靴ばかり見ていた。おずおずと顔を上げると、凪の瞳に、真っ赤になった白乃姫の姿が映る。こんな顔を見られていると思うと、恥ずかしくて逃げ出したくなった。
 漂う色気をそのままに、凪の表情はふと和らぐ。

「やべ。可愛い過ぎんだろ。そろそろ限界なんだけど」
「げ、限界って何が」
「何って……愛情?」

 頬に凪の唇が触れた。一度、二度、三度、回数を重ねるたびに、唇に近付いてくる。
 凪に魅入られたかのように、体が固まってしまう。一度離れた唇が、今度はゆっくりと正面から近付く。
 ぎゅっと目をつぶれば、こつんと額が合わさった。目を開けると、もう少しで触れ合いそうな距離で凪は言った。

「白乃、止めねぇと知らねぇぞ」
「っ――――私、私っ」

 愛おしむような、そんな目で見ないで欲しい。
 どんっと、凪の胸を押すと距離が出来て、ようやく息が出来た気がした。何か言いたいことはあるはずなのに、ぱくぱくと口は動くばかりで肝心の言葉が出てこない。

「私っ」そのあとを紡ぐことが出来なくて、白乃姫はくるりと踵を返した。逃走だ。これ以上ここにいると、きっと心臓がもたなくて死んでしまう。
 走りながら、白乃姫は大混乱状態の中で考える。

「ずっと私しか見てないって、何よ⁉︎ 好きって、なんなのよ⁉︎」

 一体、いつから。分からなかった。一生手離す気がないなんて、今まで一度も聞いたことがない。

 ただ分かっているのは。
 今まで散々、凪が好きだ大切だと言い続けてきた白乃姫が、いざとなると恋に臆病であることを凪は知っていたのだ。
 白乃姫のために、凪はずっと幼馴染のままでいてくれたのだと、気付いてしまった。

* * *

 その場に一人残された凪は、爆走して去っていく想い人の背中を見つめていた。

「あーくそ、こんなタイミングで言うつもりじゃなかったんだよ」

 けれど、白乃姫があまりに凪の想いを知らないから。大人げなく、告げてしまった。
 ぐしゃぐしゃと頭をかいて、その場にしゃがみ込む。手で覆った凪の顔もまた、赤く染まっていた。
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