妖派遣はじめました

もじねこ。

文字の大きさ
上 下
3 / 35

2話 猫カフェに通う化け猫

しおりを挟む
「はぁ。やっぱり神主さんにもなると、妖との関わり方が違うんですね」

 感心したように、五月は大きく一度うなずいた。まだ柔軟な思考を持っている人間らしい。
 挨拶もそこそこに、五月は話を戻した。事態は逼迫ひっぱくしているようだ。

「昨年から猫カフェ経営を始めたんですが、うちにいる子はみんな保護猫なんです。まだ人慣れしていない子もいますが、みんな可愛いんです。カレンは特に賢くてですね」

 猫の紹介という名目で始まった親バカ語りが、四匹目に入ったところで制止する。

「可愛いのはもうわかったから。それで? 何を頼みに来たの?」
 
 五月はまだ話し足りないのか「そうですか?」とやや不満気ながらも、本題に入った。

「ツンが過ぎる子たちなんですけど、ニッチなファンの方がいて。なんとかお店は回ってたんです。でも、先月から化け猫がカフェに度々来るようになりまして」
「化け猫?」
「はい。三毛模様で尻尾が短くて、体の大きな子です。どうにも、うちで一番美人のカレンを狙っているみたいで。最初はお店の外から覗いているだけだったんです。でもついに先週、カレンをお風呂に入れていたら、中まで入って来ちゃって……。幸い、お客さんや猫に怪我はなかったんですけど、化け猫を怖がってお客さんの足が遠のいてしまいました」

 もともと少数の常連客でギリギリのラインを保っていた店だ。すぐに経営は赤字になり、保護猫たちの生活が危ぶまれているとのこと。
 そこで友人から〈桜ノ神社にいる神主が、なんでも願いを叶えてくれる〉と聞き、すがる思いでやってきたらしい。

「ふぅん……」

 なんとまあ、凪の存在が誇張されているものだ。なんにせよ、話は分かった。そして、五月が捨てられた猫を放っておけない善良な人間であることも。

「でもね、凪は今忙しいの。だから、あなたには妖を派遣してあげる」
「は? おい白乃?」
「妖を……派遣、ですか?」

 突拍子のない発言だったのだろう。凪たちの時が止まっていた。

「凪にもやることがあるのよ。だから、凪の代わりに妖を派遣してあげる」
「あの、お店はその妖に悩まされているわけで……」

 少々遠まわしではあるが「妖を派遣などされても困る」五月はそう言いたいようだ。失礼な話だ。人間に危害を加えるような妖と、一括りにしないでもらいたい。
 妖派遣は名案だと思ったが、人間側には不安や不満があるらしい。妖派遣が定着するまで、道のりは長くなりそうだ。

「ようは問題が解決出来ればいいんでしょ? ちゃんと適材適所に妖送るわよ」
「ですが、やはり妖に怖さはありますし」

 話が平行線になりかけた時、道を切り開く者がいた。

「保護猫、のう」

 珠の呟きに、五月がとてつもない速さで反応したのだ。

「猫ちゃん! 喋った! さっきからずぅっと気になってたの。あなたも化け猫なの?」
「下等な化け猫と一緒にしないでもらえるかえ? あたしは上位の猫又よ」

 人間に妖界の階級など分かるはずもないが、珠は気分を害したようだ。

「猫又……やだ、正面から見ると本当に、びじっ、はあっとんでもない美人さん。ちょっ、おねが、一度。一度だけでいいから、もふもふさせて?」

 息を荒くした五月の両手がじりじりと珠に迫る。

「見目麗しいじゃろ?」
「麗しいです」
「ふん、少しなら許そう。触れてみよ」
「ありがたき幸せ。……いやぁぁなにこれ無理。無理無理。はぁぁ、ふわふわ」
「仕方ないの。抱かせてやろうかえ」
「いいんですか。心して抱かせて頂きますぅぅぁああ可愛いいぃぃぃ」

 興奮した様子の五月に、珠の自己顕示欲はとんと満たされたようだ。ご満悦な表情で、
「どれ、あたしが手伝ってやろうかねぇ」と、名乗りを上げた。
「珠、いいの?」

 普段は他人をこき使い、労力を厭う珠が自ら志願するなんて。明日はきっと雨が降る。

「保護猫、と言ったな。元は人間が勝手に増やし、逃がしたり捨てたことが原因じゃろうが……まあお前さんのその精神は悪くない」

 確かに他人の罪科を償っているのだから、五月も寛容なことだ。凪以外に興味がない白乃姫には、理解出来ない愛護精神である。

「猫など、あたしに遠く及ばん種族ではあるが、不憫な目に遭っているのは気分が良くないからの」

 猫と蛇、哺乳類と爬虫類の差だろうか。珠には少なからず同胞意識があるらしい。そういえば、珠を慕い、神社に顔を見せにくる妖がしばしばいる。頼りになる姉御、そんな面もあるのかもしれない。

「しばらく、猫カフェとやらに行ってやろうかえ」
「ほ、本当? あ、明日ももふもふしていいですか?」
「ふん。少しだけならの」
「お願いします。ありがとうございます」

 猫様を前に下僕化する人間がいると、噂で聞いたことがあるが、都市伝説ではなく実在する話だったらしい。

「あ、あなた、さっき妖の派遣なんて怖いって言って、んむっ」
「ううん。気のせいでしょう。ほら早く、珠ちゃんの気持ちが変わらないうちに行きましょう」

 サッと口を押えられ、五月は店までの案内を申し出る。
 白乃姫の時はためらっていたくせに、珠相手だと一瞬で陥落したことは、少々納得がいかないが。凪の負担を減らすことは出来たようなので、留飲を下げることにしよう。

「白乃姫、おまえさんも来い」
「え?」

 突然の誘いに、間抜けな声が出てしまった。
 しかし、妖を派遣すると提案したのは白乃姫だ。言いだしっぺが何もせず、珠だけに任かせるのは確かに良くない。

「うん、そうね。私も猫の世話とか手伝いに」
「違う。おまえさんは白蛇の姿になれ」
「どうして。嫌よ。猫カフェでしょ? 私が蛇になってどうするの」

 珠は白乃姫に視線も向けず、ちゃっかり抱いたままの五月の顎を触る。柔らかな肉球にタッチされ、幸せそうに前足の匂いを嗅ぐ五月には、少々恐怖感を覚えた。

「店主よ。白乃姫は白蛇の妖での。二メートルを超える大蛇じゃ。猫と白蛇が一緒にいる姿は、おまえさんたちの世界でほれ。なんと言ったかの。そう、〈ばずる〉のではないかえ?」
「確かに。犬と猫とか、ハムスターと猫の仲良し動画とか、再生回数がものすごいですね。違う可愛いと違う可愛いが、掛け合ってるんだもん。そりゃ爆発的に可愛いですよ」

「ええ……」と、白乃姫から非協力的な声が漏れる。
 だが、五月は経営難を打破したいと望んでいる。
 仮に化け猫を珠がどうにかしても、客足が戻らなくては結局赤字だ。客寄せとして、白乃姫に価値があるのなら行くべきだろう。

「白乃、いい。無理すんな」
 
 悩んでいることが伝わったのか、白乃姫よりも先に凪が答える。
 凪は心配してくれたのだろうが、それは後押しする言葉になった。そうだ。白乃姫がやらなくては、凪が動いてしまうのだから。それでは意味がない。

「ううん。やる! お店はどこ? 行きましょう」
「おい、白乃」
「大丈夫だってば。凪はテストの勉強してて」

 こうすると決めた白乃姫は、頑として動かないことを凪も知っている。そんな時、いつも道を譲るのは凪だった。

「はあ……俺も行く」

 勉強しなさいと言う前に、道を譲る代わりの切符を徴収される。

「俺は店で勉強する。それならいいだろ?」

 凪は勉強して、白乃姫は凪のそばにいられる。なんとも魅力的な運賃だ。
 それなら、と頷くと。凪は店主の許可を待った。

「はい。神主さんがいると安心ですし。お店も空いてますから、お好きに使って下さい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

処理中です...