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結人と夜月の過去。
結人と夜月の過去 ~小学校二年生④~
しおりを挟むそして結人は、頭の中に友達である彼らを思い浮かべる。 本当は真宮がいる時に思い出したくなんてなかったが、その感情を無理矢理押し込めながら。
「それじゃあ、誰から話そうかなぁ・・・。 んー・・・。 じゃあ、未来から!」
その名を聞いて、真宮はキョトンとした顔を見せながら結人に向かって口を開く。
「ミライ? 女子か?」
「いや、男子だよ」
質問に苦笑しながら答えると、素直に驚いた表情を見せてきた。
「男子で未来か! 珍しいな」
びっくりする中でも憧れを抱いているような彼の目を見て、結人も内心少し嬉しく思う。 だって真宮が憧れている人物と、今は友達なのだから。
「うん、そうだよね。 僕も、未来はいい名前だと思う」
「で、その未来くんはどんな子?」
その質問を機に、未来のことを思い出しながらゆっくりと言葉を紡いでいった。
「未来は、元気で明るい子なんだ。 うるさいくらいが丁度いい、っていう感じ。 多少強引なところもあるけど、未来の場合、その強引さがいいんだよ。
何か思い付いたらすぐに行動を移すし、何事にも恐れない活発な子かな」
強い意志を常に持っている未来は、結人にとって憧れでもあった。 彼みたいにちゃんとした意志を持っていれば、今こうして、友達との関係に悩んでなんかいなかっただろう。
「へぇ、元気でうるさい子かぁ。 確かに、グループに一人は、必要な存在だよな」
未来の特徴を聞いて、羨ましそうに空を見上げながら真宮は言葉を発する。 そんな彼に向かって、元気よく返した。
「うん! そんな未来には、何度も助けられているんだ」
「そうか。 よかったな」
“本当に未来には感謝している”という表情で口にした結人に、彼も微笑み返してくる。 そして続けて、違う少年の話になった。
「そして、次は悠斗。 悠斗と未来は、幼馴染でさ。 いつも二人は一緒に行動しているんだ」
またもやその発言を聞いて、真宮はキラキラとした目で結人を見つめ返す。 そして身を少し乗り出しながら、口を開いた。
「幼馴染か! 幼馴染だと互いをよく知っていて、喧嘩とかあまりしなさそうだな。 それに、これから先もずっといい関係を築いていけそう。
ということは、悠斗くんも未来くんと同じで、活発な子だったり?」
それを聞いて、苦笑しながら首を横に振る。 だけど結人はどこか、少し嬉しそうな表情も見せていた。
「ううん。 それが、悠斗と未来は性格が正反対なんだよね。 悠斗は常に大人しくて、未来の後ろを黙って付いていっている感じだよ」
すると真宮は何か確信したのか、身をブランコに戻しながら独り言のように呟いていく。
「そうなのかぁ・・・。 でも互いに並ぶよりどちらかが後ろを付いていく関係の方が、いい状態は長続きするのかもなぁ・・・」
自分自身で納得している彼に、結人は微笑み返した。 そして続けて、悠斗に関しての情報を与えていく。
「そうだね。 悠斗はとにかく、優しい子でさ。 いつも僕や他の友達を、気にかけてくれるんだ。 それに強引な未来を止められるのは、悠斗くらい。
そのくらい二人は信用し合っていて、周りから見ても本当に仲のいい二人だと思う」
「そっか。 元気でうるさい子と、大人しくて優しい子。 グループにいるなら、バランスのとれたグループだな。 他には?」
二人のことをシンプルにまとめ上げた真宮は、次の子を紹介するようさり気なく促した。 結人は言う通りに、次の友達の名を口にする。
「うん、次は理玖。 理玖は・・・うん、そうだな。 理玖は、未来と悠斗を足して2で割ったような感じかな」
今のところ一番接しているのは理玖なのだが、彼の特徴を上手く掴めず迷いながらもそう説明した。 だがそれを聞いて、真宮は笑いながら返事をする。
「はは、出たよその例え。 そういう説明、いまいち想像ができないんだよなぁ」
「あぁ、ごめんごめん」
素直に謝りを入れ、理玖のことを再び思い出しながらゆっくりと言葉を綴った。
「でも、本当にそんな感じだよ。 いつも明るくてニコニコしていて、とても人思いの子なんだ。 それに、僕たちのムードメーカーでもある。
そして何より、僕たちの中心にいる存在かな」
「中心?」
少し首を傾げながら尋ねてくる彼に、大きく頷く。
「そう。 僕たちの中の、リーダーみたいな。 理玖を中心にして、僕たちは行動している・・・。 そんな感じかな」
本当は結人も、理玖と出会った時、自分と似たような存在だと感じていた。 もともと結人は人思いで、いつも明るくニコニコしているのが特徴。
友達といる時も、自ら相手を引っ張っていくような立ち位置だった。 だけどいつの間にか、そんな結人は過去のものとなっていたのだ。
今も確かに色折結人という少年は生き続けているのだが、今はそのような元気で活発な者ではなくなっている。 そうなってしまった原因は――――自分でも、理解していた。
だから結人は“僕も理玖みたいな子だったらよかったのに”と、何度思ったことだろう。
だがここで出しゃばってしまうと、理玖たちとの関係がより壊れる気がして、あの時の性格を取り戻そうとは思わなかった。
「へぇ。 元気でうるさい子と大人しくて優しい子、そして二人を足して2で割った、人思いで明るいリーダー的な子かぁ・・・」
真宮は自分に言い聞かせるように、何度も同じことを言い繰り返す。
「めっちゃいいグループじゃんか! で、で? 最後は?」
今のところまで各々に特徴がありグループ内でいい役割を果たしている彼らに、真宮はラスト一人に胸を膨らませた。
早く最後の一人を聞きたいのか、再び身を乗り出してくる。 そんな彼を見て、思わず笑ってしまった。
「うん。 最後は、夜月くん。 夜月くんって、カッコ良い名前だよね」
「夜月くん・・・」
夜月の名を出した瞬間、真宮は一瞬難しそうな表情を見せる。 だがそんな彼の異変に気付いていない結人は、夜月の情報を淡々とした口調で与え始めた。
一番思い出したくない少年だが、必死に気持ちを静めながら慎重に言葉を選んでいく。
「夜月くんは、僕たちとは全然違って大人っぽい子なんだ。 いつも騒がしい僕たちを、夜月くんは後ろから静かに見守ってくれている感じ」
感情をあまり表には出さないよう気を付けながら、平然を装い続けた。 そんな結人の発言を、真宮は少し俯いて黙って聞いている。
「それに、夜月くんは凄くカッコ良いから、よく女子に話しかけられているのを見かけるよ。 だから、凄く羨ましい。
あ、それと、夜月くんは未来や悠斗とも仲がいいけど、僕たちのグループの中では特に理玖と」
「ちょっと待って」
「?」
必死に頭をフル回転させ言葉を頑張って繋ぎ合わせていると、突然ストップがかかった。
止められた意味が分からず真宮のことを見据えると、彼も結人と目を合わせ一つのことを尋ねてくる。
「どうして、夜月くんだけ“くん付け”なの?」
「え。 ・・・そりゃあ・・・まだ呼び捨てで呼んでもいいっていう許可を、もらっていないからかな」
その問いに対して気まずそうに答えると、彼は必死な顔になりながら問い続けた。
「え? でも色折たちはその5人でいつも行動してんだろ? 他の子は呼び捨てなのに、どうして夜月くんだけ」
「それ、は・・・」
そこまで言い口を噤んでしまうと、真宮は少し感情的になってしまった自分に反省をし、再びブランコに身を戻した。
「まぁ・・・いいよ。 夜月くんについて、続きを聞かせて」
戸惑いながらも、その言葉に小さく頷く。
「あぁ・・・。 うん。 夜月くんは・・・さっきも言った通り、凄く大人っぽくてクールな子なんだ。 それにね、いつも僕たちを後ろから見守っていて・・・」
―――・・・あれ?
ここで結人は、自分の異変に気付いた。
―――僕・・・何を言っているんだろう。
―――この話は、さっきもしたはずなのに。
だけど必死に夜月のことを思い出し、口を動かし続ける。 なおも平然を装いながら、感情を――――“無”にしながら。
「ッ、色折・・・」
突然隣から真宮の苦しそうな声が聞こえてくるが、結人の耳にはそんな小さな声は届いておらず、夜月の情報を口にし続ける。
「それにね、夜月くんは凄くカッコ良いから、女子によくモテるんだ。 休み時間とか、よく囲まれたりして。
あと夜月くんは、理玖と一番仲がよくて・・・とても理玖を大切にしている。 理玖のためなら何でもするっていう感じだから、本当に憧れるよね。 それに強いし」
―――あれ・・・何で同じことばかり話しているんだろう。
―――夜月くんのいいところは、他にもいっぱいあるのに。
「だからね、夜月くんは本当に理玖のこと」
「色折!」
「ッ・・・」
真宮が名を思い切り叫んだことにより、結人は暗闇の世界から一瞬にして現実に戻された。 そして――――今置かれている自分の状況を、やっと理解する。
「あれ・・・? 僕・・・」
ふと顔に違和感を感じ、両手で頬に触れてみた。
―――どうして・・・僕は泣いているんだろう。
自分が泣いてしまった意味が分からず、結人は何事もなかったかのように拭き始める。 だが涙は、そう簡単には止まってくれなかった。
「色折・・・」
そこで真宮は居ても立っても居られなくなり、ブランコから降りて結人の目の前に立つ。 結人はなおも、涙を拭き続けていた。
「あれ、僕・・・どうしたんだろうね。 今は友達のことを思い出して楽しい話をしているはずなのに、どうして涙なんかが出るんだろう。 ・・・はは、おかしいよね。
もっと夜月くんのことについて、話したいのに」
無理に笑顔を作りながら、そして涙を拭きながらそう言葉を発していると――――彼は突然、結人の片方の腕を掴んだ。
突然の行動に涙を拭く動作を止め、目の前にいる真宮のことを見上げる。
「真宮・・・?」
小さな声で名を呼ぶと、彼は少し苦しそうな顔をしながら口を開いた。
「・・・無理に、涙を止めなくてもいい」
「でも、僕は今苦しくなんか」
「その夜月くんっていう子と、何かあったんだろ?」
「ッ・・・」
「・・・何があったのか、話してくれよ」
そう言って、結人の腕から自分の手を放す。 そんな彼に、一つ質問をした。
「・・・どうして、僕のことが分かるの?」
そのことに関しても――――真宮は、変わらない優しい表情で言葉を返す。
「僕は色折の心が読めるって、前から何度も言っているだろ。 でも今は、色折の口から聞きたい。 僕は何もできないかもしれないけど、心の叫びなら聞くことができる」
「・・・」
「・・・色折は今、どんな気持ちなんだよ?」
彼は結人の変化にすぐ気付いてくれた。 いや、もっと言うならば、涙を流してしなくても最初から気付いてくれていた。
そんな一番の友達に優しい言葉をかけられ、結人はより一層涙を流す。
“真宮が友達でよかった”と心の底から感謝をしながら、そして、涙で濡らした頬を真宮に堂々と見せつけながら――――結人は今の思いを、彼に向かって吐き出した。
「・・・真宮、今、僕は苦しいよ」
「・・・うん」
「苦しいんだ! ・・・僕が、みんなと一緒のグループにいることが。 僕がいるだけで、夜月くんは僕のことを邪魔だとか思っているし、凄く迷惑がかかっている」
結人は今まで夜月にされてきたことを思い出しながら、必死に今と向き合っている。 今までは安全な道を選び通っていたが、今となってついに崩れてしまったのだ。
「だから、みんなとは離れて距離をおこうと思ったんだけど、理玖たちはそれを許してはくれない。 ・・・僕はもう、どうしたらいいんだよ。
いつまで苦しい思いをしていたらいいんだよ! いつまで・・・理玖たちのグループに、いたらいいんだよ。 いつまで僕は、みんなの前で無理に笑っていたらいいんだよ!」
―ハッ。
その言葉を口にした瞬間――――結人は、自覚してしまった。 今言った最後の発言は――――どこからどう見ても、完全に、偽善者がしていることなのだと。
―――ッ・・・やっぱり、僕は・・・!
夜月に言われた通り自分はやはり偽善者なのだと思い、悔しくなってより涙を流した。
「・・・色折」
そんな結人を、心配そうな表情で見つめる真宮。 そして結人はゆっくりと顔を上げ――――彼のことを見た。
ここで目が合った真宮は、結人の顔を見て少し驚いてしまう。 それは酷く苦しくどこか悲しそうでとても寂しそうな、複雑な思いが全て混ざり合っている可哀想な表情だった。
同情なんてしたくはないが、ここは嫌でも、真宮は結人に同情してしまう。
「真宮・・・助けてよ」
「ッ・・・」
結人は必死に、目の前にいる本当の友達と呼べる彼に、助けを求め続けた。
「真宮、お願いだよ・・・」
何度も、何度も、何度も―――――
「僕を、一人にしないで・・・」
結人はひたすら泣き続けた。 涙が枯れ果てるまでにはかなりの時間がかかり、休むことなく流し続ける。
だって結人は――――夜月と出会ってから今まで、涙を流したことなんて一度もなかったのだから。 苦しい思いを無理に押し殺し、今まで平然を装って生きていた。
だけどそれが今となって崩れ、全てが解き放たれたのだ。 今流している涙は今まで泣いてこなかった分、すぐには止まらない。
結人は楽になるまでしばらく泣き続け――――最後には今までの苦しい思いが、この時全て涙となって、静かに地面に流れ落ちた。
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