忘れられた聖女とひとりぼっちの薬師 ~薬草農家を営んでいた僕が、禁忌の森で出会った記憶喪失少女と共同生活する話~

雉子鳥 幸太郎

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 まだお昼には少し早いけど、ステラママの食堂は大勢の人で賑わっていた。

 えっと、テラスの一番奥だよな……。
 席を探していると、エプロン姿のステラママが出迎えてくれた。

「あらあら、来てくれたのねぇ?」
「あ、ステラさん、こんにちは」

「ちょうど今くらいの時間から混んでくるのよぉ~、ごめんなさいねぇ」
「いえ、とんでもないです……あの、テラスの奥の方で良いので空いてたりしませんか?」

「ええ、そろそろ空くと思うわ」

 ステラママが奥の方に目を向けると、三人組のお客さんが席を立った。

「ほらね、この店のことは何でもわかっちゃうの、ふふふ」

 可愛らしく笑って、僕を奥の席に案内してくれた。

「ありがとうございます。えっと、じゃあ……何かおすすめのランチをお願いします」
「だめね、シチリちゃん。そんなのじゃモテないわよ?」

「えっ⁉」

「おすすめのランチだなんて……」と、ステラママがため息交じりに顔を振り、
「これがデートだったらどうするの? おすすめのランチを頼む男なんて私ならお断りよ」と両手を腰に置いた。

「そういうものなんですか⁉」
「そうよ、そういうものなの」

 大きくステラママが頷くと、後ろの席から大きな笑い声が聞こえた。

「はははは! ママ、そんなにからかってやるなよ。坊主、気にすんな、どうせランチは日替わりのおすすめしかやってねぇんだから」

 男の人が酒を片手に笑っている。

「え、そうなんですか⁉」
「女の言うことを真に受けちゃだめよ? じゃ、おすすめのランチ、持ってくるわねぇ~」

 ステラママは鼻歌を唄いながら、店の方へ行ってしまった。

「……」

 呆然とステラママの後ろ姿を眺めていると、後ろからさっきの男の人が声を掛けてきた。
 オールバックの白髪、細くて鋭い目だ……。
 一見、怖そうな雰囲気だが、口を開くとその印象は一変した。

「よぉ、兄ちゃん。あんま気にすんなよ? 若いのが来ると、ああやっていつもからかうんだよ」
「そうだったんですね……。どうも、僕はシチリといいます」
「俺はマーカスだ、よろしくな」

 この人がマーカスさんか……見た目と違って気さくな感じだな。
 よし、ここからが勝負。さてさて、どうやって薬を渡したものか。

 モーレスさんの名前を出すわけにはいかないし……とにかく、まずは話をしないとな。

「あの、僕は薬師をしているのですが、マーカスさんは何をされている方なんですか?」
「適当」

「え?」
「だから適当だよ。じゃなきゃ昼間っから飲んでねぇっての」

 マーカスさんはグビグビとエールを流し込む。

「ぷはーっ! うめぇ!」
「……でも、お金とかどうしてるんですか?」

「まぁ、金は天下の回りものっていうだろ? だからよぉ、こんな俺のところにも、たま~に回ってくるのさ。それを逃さず、ガッと掴んで、グッとこう引き寄せてだな、自分のモノにするってだけよ……へへへ」

 大袈裟なジェスチャーを交えながらマーカスさんが答えた。
 何を言っているのかさっぱりだったが、僕は感心したように大きく頷いて見せた。

「なるほど……」
「おっ! シチリ、てめぇは見所があるな! よし、こっちに来て飲め!」

 マーカスさんが自分のテーブルに僕を呼んだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 席を移動すると、すぐにステラママが料理を運んで来てくれた。

「あらあら、いつの間にか仲良しになったのねぇ」
「うわぁ、美味しそうですね!」

 おすすめランチは白身魚と貝の入ったシーフードパスタだった。

「当然だわ、だって美味しいんですもの。ふふふ……じゃあ、ごゆっくり」

 ステラママは小さく会釈をして、他の席に向かった。

「さっき食ったが、そいつは絶品だったぜ。ほら、早く食っちまえよ」
「あ、はい、じゃあ、いただきます」

 ――んんっ⁉

 オイルに絡んだ濃厚な貝の旨味がじゅわっと口に広がる。
 だが、あっさりとした味付けの白身魚のお陰でしつこさを感じない。
 それにこの、プツップツッとした麺の歯ごたえとホロホロとした白身の食感が抜群に合う。

「うーん、これは確かに……」
「な? ホントここは飯が美味いんだ」

「はい、今まで来なかったのが悔やまれます」
「なら、これから通えばいいさ」

「そうですね……」
 マイカに食べさせてあげたいなぁ……。

「そういや薬師って言ってたよな?」
「ふぁい、ふぉうですけど……」
 僕は口にパスタを入れたまま答えた。

「どんな薬を扱ってる?」
「んぐっ……ちょ、ちょっと待ってください。サンプルがあるんで……」
 慌てて背嚢から傷薬のサンプルを取り出す。

「ふぅん……傷薬か」
 マーカスさんは傷薬を手に取って眺めている。

「あの、良かったら差し上げますよ」
「……金はねぇぞ?」訝しげに僕を見る。

「もちろんですよ、お近づきのしるしです。特に高価なものでもないので……」
「そうなのか? でも薬だろ?」

 片眉を上げながら鋭い目を向けられた僕は、一瞬背中に冷たいものが走ったが、
「材料と調合を工夫してありますから安価で作れるんです。効果もそこそこ良いですよ」と、精一杯の笑顔で返した。

「ふぅん……ま、ありがたく頂いておくよ」
 そう言って、ジョッキを飲み干すとマーカスさんは席を立った。

「じゃあな、シチリ。今度は一緒に飲もう」
「はい、ぜひ」

 マーカスさんに頭を下げ、その後ろ姿を見送った。

「ふぅ~……なんとか渡せたな」

 やっと肩の力が抜けた。
 こんなに上手く行くとは思わなかった。

 僕は残りのパスタを存分に味わった後、ステラママに挨拶をして家路についた。
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