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第一章
プリシラの焦燥 1
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「なっ……なんなのよっ! あの女はっ!」
カシャンッとティーカップの割れる音が部屋に響いた。
「聖クリストフ金貨二〇〇〇枚だなんて……ありえないわっ! どこからそんな大金が……」
肩で息をしながら、プリシラが形の良い唇を震わせている。
「ウィンローザ侯爵家……表舞台から姿を消したと伺っておりましたが……」
プリシラの護衛騎士であり、妾腹の弟、ウィスパーが呟く。
「そんなことどうでもいいわっ! ウィスパー! あの女のせいで何もかも台無しよ!」
癇癪を起こしたプリシラが、ウィスパーの胸板を何度も叩いた。
ウィスパーはそれを避けることもせず受け止めている。
「……落ち着いてください、何もプリシラ様の評価が下がったわけでは……」
と、その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「お待ちを――」
ウィスパーはプリシラをソファに座らせ、部屋の扉を開ける。
「こ、これは、ランボルト皇子……」
「突然お邪魔して申し訳ない。プリシラ様と少し話をしたくてね……構わないだろうか?」
ランボルトが遠慮がちに言うと、さっきまでの癇癪ぶりが嘘だったかのように、美しい笑みを浮かべたプリシラが出迎える。
「まぁ、ランボルト皇子! 私に会いに来てくださるだなんて光栄ですわ。さ、どうぞ中へ」
「ありがとう。では、遠慮無く」
プリシラはウィスパーを下がらせ、侍従にお茶を用意するように目配せした。
「良い部屋ですね。レイセオン王国の家具は私好みです。何と言ってもデザインが良い。先進的だ。それに比べて、我が皇国の物は古めかしいデザインが多くて……とても、とても退屈です」
ソファに座ったランボルトは、部屋を見回しながら言った。
「殿下は新しい物がお好きなのですね?」
「どちらかといえば……そうなります」
「……」
ランボルト皇子の顔には、まだ幼さが残っていた。
だが、その瞳の奥には、魔獣討伐を経験した狩人たちと同じ種の『昏さ』が潜んでいるのをプリシラは見逃さなかった。
(まあ、帝位継承権を持つ皇子ともなれば、当然かしら……)
プリシラはウィルギスの情勢に疎かったが、それでもこの皇子がただの箱入りではないことだけはわかった。
少なくとも彼は、自分の命を他人に預けてはいない。
「それで……私に何か御用でも?」
そう切り出すと、ランボルトはソファにもたれて脚を組んだ。
「率直に申し上げても?」
「え、ええ、もちろんですわ」
じっとプリシラの目を見つめながら、ランボルトが口を開いた。
「――どうやら僕は、プリシラ様に心を奪われてしまったようです」
カシャンッとティーカップの割れる音が部屋に響いた。
「聖クリストフ金貨二〇〇〇枚だなんて……ありえないわっ! どこからそんな大金が……」
肩で息をしながら、プリシラが形の良い唇を震わせている。
「ウィンローザ侯爵家……表舞台から姿を消したと伺っておりましたが……」
プリシラの護衛騎士であり、妾腹の弟、ウィスパーが呟く。
「そんなことどうでもいいわっ! ウィスパー! あの女のせいで何もかも台無しよ!」
癇癪を起こしたプリシラが、ウィスパーの胸板を何度も叩いた。
ウィスパーはそれを避けることもせず受け止めている。
「……落ち着いてください、何もプリシラ様の評価が下がったわけでは……」
と、その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「お待ちを――」
ウィスパーはプリシラをソファに座らせ、部屋の扉を開ける。
「こ、これは、ランボルト皇子……」
「突然お邪魔して申し訳ない。プリシラ様と少し話をしたくてね……構わないだろうか?」
ランボルトが遠慮がちに言うと、さっきまでの癇癪ぶりが嘘だったかのように、美しい笑みを浮かべたプリシラが出迎える。
「まぁ、ランボルト皇子! 私に会いに来てくださるだなんて光栄ですわ。さ、どうぞ中へ」
「ありがとう。では、遠慮無く」
プリシラはウィスパーを下がらせ、侍従にお茶を用意するように目配せした。
「良い部屋ですね。レイセオン王国の家具は私好みです。何と言ってもデザインが良い。先進的だ。それに比べて、我が皇国の物は古めかしいデザインが多くて……とても、とても退屈です」
ソファに座ったランボルトは、部屋を見回しながら言った。
「殿下は新しい物がお好きなのですね?」
「どちらかといえば……そうなります」
「……」
ランボルト皇子の顔には、まだ幼さが残っていた。
だが、その瞳の奥には、魔獣討伐を経験した狩人たちと同じ種の『昏さ』が潜んでいるのをプリシラは見逃さなかった。
(まあ、帝位継承権を持つ皇子ともなれば、当然かしら……)
プリシラはウィルギスの情勢に疎かったが、それでもこの皇子がただの箱入りではないことだけはわかった。
少なくとも彼は、自分の命を他人に預けてはいない。
「それで……私に何か御用でも?」
そう切り出すと、ランボルトはソファにもたれて脚を組んだ。
「率直に申し上げても?」
「え、ええ、もちろんですわ」
じっとプリシラの目を見つめながら、ランボルトが口を開いた。
「――どうやら僕は、プリシラ様に心を奪われてしまったようです」
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