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DTを捧げよ

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黒塗りのSUVの後部座席に乗り込むと、奥に理子が座っていた。

「お疲れさま、どうだった、大富豪の家は?」
「ああ、何から言っていいのか……凄かったよ」

バタンとドアの閉まる音が聞こえると、すぐに車が発進した。
窓から覗くが、もう既に見えなくなっていた。

「あ、橘さんに挨拶してないけど」
「いいのいいの、どうせもう会わないんだし」
「そういう事じゃなくない? まぁ、いいか……」

大きく息を吐いて、俺は座席に凭れた。
いやー、疲れたな。
やっぱり俺はこぢんまりした家で十分だわ。

「シルフィは?」
「ん? 連絡あったんじゃないのか?」
「ああ、そうね、そうだった」
「?」

変なやつだなと思いながら窓の外を見る。
車はいつの間にか高速道路を走っていた。

「なあ、これ高速走ってな……」

理子の方に向くと、目の前にピンク色の瞳が迫っていた。
そこで俺の意識がプツンと途絶えた。


 * * *


――フェードインするように意識が繋がった。

「う……うぅ……」

……埃とカビの臭い。
目を開けて焦点が合うと、古いビニルタイルの床が広がっていた。
埃まみれで、劣化した床材の端がめくれ上がっている。

ゆっくりと体を起こした。
ケガは無いみたいだが……俺は何をしてるんだ?

スケルトンになったビルのワンフロア。
天井を見上げると、コンクリの壁から剥き出しの配線が何本か飛び出していた。

真正面には、大きな窓が横一列に並んでいた。
部屋に照明は付いていないが、建物の中に射し込む月明かりがその代わりになっている。
窓から建物が見えないということは、余程高い建物なのか、それとも……。

キィ……と椅子の軋むような音が聞こえた。
咄嗟に音の方向に向くと、薄闇の中でピンク色の光が二つ浮かんでいた。
瞬間、記憶が繋がる――、そうだ、俺は理子と。

「り……理子?」

そう口にすると、闇の中から光が近づいて来た。

「少し魔法が強かったかしら?」
「……⁉」

月明かりに照らされた理子は妖艶な笑みを浮かべる。
おかしい、理子の様子が変だ……いつもの理子じゃない。

「何も知らずに可哀想な子……ふふ、だから森田って可愛いんだけど」
「ちょ、どうしちゃったんだよ? こ、ここはどこ⁉」

理子の瞳が光った。
すると、俺の体が宙に浮き、奥にあった事務椅子に座らせられる。

「え⁉ ちょ、どういうこと⁉」

う、動けない……⁉
首から下の感覚が無かった。
そのまま椅子は理子の前まで吸い寄せられるように移動する。

「森田、ワタシは今ねぇ、すっごく機嫌が良いの! た~っぷり吸精したしね、へへ」
「……き、君は一体、何がしたいんだ⁉」

理子は俺に顔を近づけ、形の良い唇を少し尖らせる。

「あれぇ? 理子って呼んでくれないの?」
「え……」

反射的に照れてしまった。
こんな状況だというのに、俺は何をやってるんだ⁉

「ふふ、やっぱり森田は面白いわね。あのエルフには勿体ないかなぁー」
「……あの、エルフ⁉ ちょ、どうしちゃったんだよ? シルフィは……り、理子の師匠だろ⁉」

理子はスッと離れて、
「ああ、そういう設定だったわね」と投げやりに言った。
「設定って……」

どういう事だ?
何がなんだか……。

「ワタシは依頼された仕事を果たした、それだけ」
「仕事って……一体、さっきから何言ってんだよ?」

「森田は良い感じに鈍いわね、ふふふ。いいわ、教えてあげる」

理子は楽しそうに微笑み、俺の顎を指で持ち上げた。
そして、ふざけた口調で話し始める。

「とある大富豪ちゃんがいました。大富豪ちゃんは頑張り屋さんで、人間の中でも上から数えた方が早いくらいお金を集めることができました。しかし現実は残酷です……。大富豪ちゃんの体は癌に蝕まれ、もう手の施しようがありません。ぴえんぴえん。お医者さんから余命宣告をされ、絶体絶命の大ピ~ンチ! 大富豪ちゃん頑張れ! 大富豪ちゃんはやり残したことがたくさんたくさんあるそうです。なので死にたくありませんでした。そして毎日のように生きたい、生きたい、と神様に願っていました。そんなとき、大富豪ちゃんは知るのですっ! なんと吃驚摩訶不思議! 長命種族であるエルフの遺伝子があれば、全部解決! 無問題モウマンタイ! 太好了タイハオラ~!」

「シルフィは……もしかして九石さざらしに捕まってるのか?」

理子は意味深に笑うばかりで答えようとしない。
焦りが加速する。頭の中が白くなった。

「おい! どうなんだ! 無事なのかっ⁉ なぁ!」
「妬けるわね、そんなに心配?」

「なぁ、頼むよ! 助けてくれよ! 理子……!」

理子が何か言っていたが耳に入らない。
それよりも先に口が勝手に動いていた。

「理子! 頼む! 頼むよ! なぁ! 俺のDTでも何でもやるからさぁ……頼むよ……」

俺は両膝を床に付いた。

「まあ、助かる方法が無いわけでもないけど……」
「本当か⁉ お、教えてくれ! 何をすれば良い⁉」

「そうね……ここでワタシが手を貸すとなると、かなり高~くなっちゃうけど構わない?」

理子が俺の目を覗き込んだ。

「もちろんだ! 10年か⁉ 20年か⁉ 何でも持ってけ!」
「あはは! 本気なのね……。でもね森田、その先はきっと辛いと思うよ?」
「え……」
「シルフィはエルフ……ワタシのような淫魔ならともかく、貴方とはそもそも生きている時間軸が違う」
「……」

躊躇いが無いとは言えない。
でも、俺は――

「わかってるさそれくらい……俺だって考えた。でも、こういうのって理屈じゃないだろ? もう、自分でもどうしようもないんだよ、俺はあいつを……シルフィを助けたいんだ!」

「そっか。なら、こうしましょう。森田……シルフィにDTを捧げなさい」
「……はい?」
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